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第2章 帰依

五話 埋められない差

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「どっ、 どうしたの?  いきなり悲鳴なんてあげちゃって……」


「――えっ!?」


アミの言葉に我に返り、ミオは自分の身体を見回す。


「嘘……」


其処には斬られた跡等、何処にも無かった。


「どういう……事?」


“確かに斬られた感触まであったのに……”


「――はっ!?」


ミオは思わず目を疑った。先程、刀を抜いて斬り掛かってきた筈のユキ。


そんな形跡等何処にも無いが如く、元の場所で正座したままだったから。勿論、刀も鞘に納められて傍らに置かれたまま。


「どうかしましたか?」


ユキは何事も無かったかの様に、ミオへ問い掛ける。意味有りげな含みを込めて。


そう、何事も無かった。


「そんな……」


その事実を知った時、ミオは力無く膝から崩れ落ちる様にへ垂れ込んだ。


“まさか……今のは“殺気”だけで私を?”


「これで分かりましたか?」


ユキは正座したまま、へ垂れ込むミオを見据え冷静に諭す。


「殺気だけで相手を抑えるのは、埋めようが無い迄のレベル差が無ければ、到底成し得るものではありません」


即ち、闘わずして相手を抑える事を極意とするのが“殺気”。


とはいえ、決してミオが弱いという訳では無い。彼女は少なくとも侍レベル50以上と、ユキは一見しただけで“剣豪”クラスの実力は有る事を判断していた。


むしろユキと変わらぬと思われる歳で、そのレベルにまで到達するのは驚異的と云っていい。


ただ、それはあくまで“通常枠内”での話だ。


特異点の一人で在るユキ。レベル上限を超えた者として称される“臨界突破者”の前では、そもそも強さの“次元”そのものが違うのだから。


侍レベルの上限は『99%』


如何なる才能や努力を以ってしても、常人にこの『1%』の壁を超える事は決して出来ない。


人とは違う存在とされる狂座に於いても“軍団長”ですら、その例外では無い。狂座に於いては僅かな上位軍団長と、当主直属部隊がその例外に当たる。


そして“特異点”と畏怖された、人知を超えた存在。


「アナタは確かに常人よりは、遥かに強い事は感じます。ですが狂座との闘いでは無力に等しく、またこの勝負とやらに於いては無意味な事です。でも安心してください。二人共、私が必ず護りますので」


へ垂れ込んだままのミオに、ユキは冷静に事実を告げるが、その口調はとても穏やかだった。


悪気は無いのだ。感情表現が乏しい為、時として相手を傷付ける事もあるだろう。


「さて、そろそろ夕餉の準備でもしましょう」


もう時刻的には、そろそろ日が落ちる時間帯だ。


ユキの提案に、アミもハッと気付いて立ち上がる。


「そうそう、今日はミオが帰ってきた日だからね。ユキが捕ってきた魚を使って、何か御馳走を作らなきゃね」


「手伝います」


それまで張り詰めていた空気が一変、穏やかな空気へと変わった。


二人は夕食へ向けて、いそいそと準備を始める。


「ほら、何時までもむくれてないの」


アミは納得がいかないのか、へ垂れ込んだまま頬を膨らませているミオの頭に、優しく手を乗せて諭した。
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