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第2章

『ほらあなたにとって大事な人ほど』

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「あいつ、一体どこに逃げたの!?」

  ショッピングモールのゲーセンで、恥をかかせた相手にリベンジをするために、わざわざ六花大附属高校まで行って待ち伏せていた『西野莉奈』は、自分の顔を見た瞬間に逃げ出した男を追って路地裏に迷い込んでいた。
 先へ進めば進むほど闇は濃くなり、人の気配も薄くなっていく。また背後から迫る追跡者に、莉奈の心は否応なく不安に苛まれる。

 ショッピングモールで去り際に「再戦してくれる」と約束をしたのに、あれ以来あの男は一度もショッピングモールに顔を出さなかった。
 連絡を取ろうにも、考えてみれば連絡先も交換していない。

 (何か事情があって来れないのかもしれない)と考えた莉奈は、学校を早退し、こうしてわざわざ六花大附属高等学校まで出向いたのだが……
 学校の正門で目が合った瞬間に逃げ出した勇志を見て、莉奈は確信した。

「あいつ最初から私と再戦するつもりなんて、これっぽっちもなかったんだわッ!」

 自分自身を奮い立たせるように、莉奈は路地裏を走りながら叫んだ。

 「健気に毎日隣町のショッピングモールまで来ていた私の純情をもてあそんだのよ! ぜったいに許せない!!」

 「探し出して捕まえて、私が満足するまで対戦相手になってもらうわ」と心に誓い、ここまで追い掛けて来たのはいいが、勇志が路地裏に逃げ込んだのを最後に見失ってしまった。
 それだけならまだ良かったが、莉奈の後を学校の正門からしつこく追い掛けて来た4人のナンパ男たちが、すぐ後ろまで迫ってきていた。
 おかげで悠長に勇志を探している暇がない。

(あー、もうほんと迷惑! 身の程をわきまえろっての!)

 男はみんな、例外なくケダモノだ。
 いやらしい目で見てきたり、ひどい時には手を出してきたりする。
 莉奈に言いよる男たちは、いつも下心を持っていたし、純粋に彼女のことを知ろうという者は誰一人いなかった。

 自分の感を頼りに路地裏の先へと進んで行くが、勇志の気配はおろか、人の気配すらしない。
 
「――あっ……」

 気がつくと目の前は行き止まりで、急いで引き返そうと振り返ると、すでに目の前には先程のナンパ男たち4人が通路を塞いだ後だった。

「おっとー! ここは通行止めでーす」
「なあ、逃げた男なんて放って置いて、オレたちと楽しいことしよーぜ?」
「しよーぜ、しよーぜ!」
「どうしても嫌だって言うんなら、ここでオレらと楽しいことしてもいいんだぜ?」
「ないよ!?逃げ場ないよ!?」

 4人の中の1人が、ゆっくりと莉奈に近付き、肩にそのいやらしい手を置く。

「ふんッ!!」

 その瞬間、莉奈は持ち前の運動神経を駆使し、全身をバネのようにしならせて、思いっきり男の股間目掛けて右膝蹴りをお見舞いした。

「――ぁうッふん!!」

 言葉にならない叫び声をあげ、そのナンパ男①は膝から地面に崩れ落ちた。

「こいつ!?やりやがったな!」
 「てめぇ~! 女だと思って優しくしてやりゃ調子乗りやがってーッ!」
「先に手を出したのはそっちでしょ!?」
「うるせぇッ!!」

 残りのナンパ男たちも一斉に、莉奈に向かって飛びかかる。
 莉奈は再び身体をしならせて膝蹴りを放つが、ナンパ男②に両手で受け止められて、そのまま右膝を抱えられてしまった。

「――っとー、同じ手は食わねえよ!」
「こら!離せッ!」
「はいよっと!」

 ナンパ男②に膝ごと背後ろに押し飛ばされ、莉奈は抵抗虚しく地面に尻もちをついてしまった。

「ヒュー、 いい眺めじゃねぇか」
「水色だぜ!? 可愛いなぁ、おい」

 ナンパ男たちは体育座りの姿勢になってしまった莉奈のスカートの中を覗き込むようにして、鼻の下を伸ばしていた。
 莉奈は急いで足を閉じて隠すが、時すでに遅し。こんな奴らにパンツを見られてしまったという嫌悪感と恥ずかしさで、莉奈はその場から動けなくなってしまった。

 この後、自分の身に何が起こるかなど容易に想像できてしまい、悔しさと恐怖で涙がどんどん込み上げてくる。それを両手で押し留めるように、莉奈は自分の涙を一生懸命拭った。

「じゃあそろそろ―― 」

 ナンパ男の1人がゆっくりと莉奈の方へとにじり寄る。
 莉奈はグッと強く目を瞑り、心の中で叫んだ。

(誰か…… 助けて!)

「ん? 何だてめぇ!? 誰だ?  グゥハッ!!」
「よくもやりやがったな! ひでぶッ!!」
「卑怯だぞ!正々堂々と出てこい!姿を見せろ! あッ……あぁぁぁあああぁあ!!」

  ナンパ男たちの悲痛な叫び声が聞こえ、莉奈は固く閉じた瞼を開けてゆっくりと顔を上げると、残り3人のナンパ男たちも、莉奈の周りでそれぞれ個性的な格好で地面に倒れ込んでいた。
 それとは別にもう1人、先程までいなかった人物がそこにはいた。

「まったく、4人がかりで迫っておいて何が『正々堂々』だっての……」

 男たちを見下ろすようにして立っていたのは、散々、莉奈から逃げ回っていた『入月勇志』だった。

「――んで…… 何であんたがここにいるのよ……!?」
「何でって…… お前が俺を追い掛けて来たんだろ? 」
「そうだけど!」
「それより大丈夫か、怪我はないか?」
「……う、うん」
「よし、ならこいつらが起きて来る前にさっさと逃げるぞ!」

 そう言いながら、勇志は莉奈の手を強引に掴んで、その場から走り出した。

(なになになになに!? 一体何なのよコイツ!?そして何なのよ! この胸のドキドキは!?)

(これって……、これってもしかして…… 『恋』?)

(ウソウソウソウソウソ、あり得ない! なんで私がこんな奴に恋なんてしなきゃいけないのよ!)

(こんな嘘つきで基本的にやる気無さそうだけど、いざってときに助けてくれて、横顔とかちょっとカッコいいかな……? なんて思ってなーーーいッ!!)

(そうよ!こうして手を繋いで走ってるから胸がドキドキしてるだけよ! きっとそうだわ! そうに違いない!!)

「――よし、この辺りに隠れるぞ」
「へ?」

  莉奈は勇志に引っ張られ、路地裏を出て少し走った先の公園に逃げ込むと、そのまま公園の中の林に連れ込まれた。

「いいから早く!」
「ちょッ、ちょっと押さないで! キャッ!?」

 勇志に急に背中を押された莉奈は足がもつれてしまい、そのまま2人で向かい合う形で地面に倒れてしまった。
 仰向けに倒れた莉奈の上に、勇志が覆い被さるようにのしかかり、全く身動きが取れなかった。
「どきなさいよ!」と叫ぼうとした瞬間、勇志に片手で口を塞がれて叫ぶこともできなかった。

(え…… うそ?何なの!? 私ここでこいつに襲われちゃうの!?)

(ダメッ!!まだお互いのことを全然知らないのにダメよ! 早すぎるわ!)

(そそそそ、そんな顔を近付けられたら……!いやッ! ダメ…… キャーッ……!!)

 莉奈の脳内は爆発寸前、そしてついに覚悟を決めて目を瞑るが、一向にその時は訪れなかった。

 ついに待ちきれなくなりそっと目を開けると、勇志は口元に人差し指を当てて、ただ「シー」っとジェスチャーをしているだけだった。

 莉奈が頭の整理が追いつかず放心していると、公園の入り口の方からドタバタと足音が聞こえてきた。

「おい、いたか!?」
「いや、こっちにはいないな」
「いないよー?あいつらいないよー?」
「よし、駅の方を探そうぜ!」

 勇志が木々の隙間からこっそり公園の様子を覗くと、ちょうどナンパ男たちが公園の中を通り過ぎて行くところだった。

「――行ったみたいだな……」

 そう言って、勇志はあっさり莉奈の上から起き上がった。

「西野、だっけ? 危ないからもうこういうことはするなよ!じゃあな、もう追って来んなよー!」

 そう言い残してその場を去ろうとする勇志の肩を、莉奈が背後からガシッと両手で掴む。

「――のよ…… 」
「ん? なんだって?」

 モゴモゴとしゃべっていてよく聞き取れなかった勇志は、耳の後ろに手を当てて莉奈の方へと向けた。

「だから!!!どうしてこんな可愛い子が目の前にいるのに手を出さないのよって言ってるの!!?」
「ぬアーッ!?み、耳がッ、耳がーッ!?」

 耳元で大声で叫ばれた勇志は、反射的に両の耳を手で押さえる。

「それに! 再戦するって約束したのに来ないし!校門で待ってたら顔を見た瞬間に逃げ出すし! そうかと思ったら、今度はカッコ良く助けてくれたりして!もうなんなのよ!!」
「最初の方は全然聞き取れなかったけど、言いたいことはわかった、約束破ってごめん……」
「――それはもういい……」

 緊張が解けたのか、莉奈の目から大粒の涙が溢れ始めた。『女の子の涙』が弱点の勇志は、莉奈の突然の号泣にどうしたら良いのかパニックになる。

「いや、ほんと、いや、えーっとその~……」
「…… うぅ、グスッ…… 」
「ほんと悪かったって…… 今度はちゃんと待ち合わせに行くから、もし心配なら連絡先教えるから、な?」

 勇志はスマホを取り出し、莉奈の方へ差し出す。莉奈は反射的にスマホを取り上げて、すぐに自分のスマホに勇志の情報を登録した。

「手際いいのな……」
「JK舐めんじゃないわよ……グスッ……」

  勇志に携帯を返す頃には泣き止んでいたが、まだ鼻水をすすっている莉奈を見兼ねて、勇志は莉奈を駅まで送ることにした。

 2人並んで歩くが会話はない。お互いに顔を合わせたのはこれが2回目、無理もない。
 お互いのことなど何も分からない状態で、共通の話題はゲームの話くらいだが、それも今はお互いに話せる雰囲気でもなかった。
 駅前の道は人通りも車通りも多くて騒がしいが、2人の周りだけは静寂な空気が流れているような気がした。

「――怖い思いさせて悪かったな……」

 勇志が沈黙に耐えかねて、莉奈に声を掛ける。
 顔は前を向いているが、視線だけ莉奈の方をチラチラ伺っていた。

「別に…… あんたのせいじゃないわよ……」

 莉奈のボソッとつぶやくような喋り方と、落ち着いているように見せる表情に、勇志は「こういう一面もあるんだな」と呑気に考えていた。

「――その…… さっきはありがと……」
「え……?」

 ホームに電車が到着する騒音もあったが、余計なことを考えていたせいで、勇志は咄嗟に莉奈の謝罪を聞き返してしまった。

「『ありがと』って言ったのよ!何度も言わせんじゃないわよ……」
「お、おう……」

 電車に乗り込んだ莉奈にぎこちなく片手を持ち上げて別れを告げる。そんな勇志にアッカンベーをして、莉奈を乗せた電車は走り出した。

 莉奈は空いてる席に座った途端に、どっと疲れが込み上げてくるのを感じた。
 何も考えずボーっとしているはずなのに、頭の中にはずっと勇志あいつのことでいっぱいになっている。

 考えないように考えないようにと、意識すればするほど逆に考えてしまい、抜け出せないスパイラルに囚われている気がして莉奈は腹が立った。

(なんかいや! 悔しい!)

 これじゃあ本当に私が勇志あいつのことを好きみたいじゃない!
 とりあえず今度こそゲーセンでコテンパンにして勇志に恥をかかせてやるんだから!
 べ、別にアイツに会う口実なんかじゃないんだからね!

 心の中で忙しなく自問自答を続けながら、莉奈の指は新しく連絡先に追加された『入月勇志』の名前を何度もなぞっていた。
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