神官の特別な奉仕

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番外編

番外編 神官の夜2

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 ノーマは、皇子宮の中にある広い寝室の豪奢な寝台の上にいた。

 ほんわりとした明かりに包まれたその寝台には、白く美しい花々がちりばめられ、周囲にはその花のほのかに甘い匂いが漂っている。

 ——その真ん中で、ノーマはぼうっと座っていた。

 その花々を凝視するかのようにうつむくノーマの頭には、まるで花嫁のような薄いベールがかけられ、そしてその長いベールは、頭部だけではなく座り込むノーマ自身を覆い隠している。

 ノーマが少しでも身動きをすれば、ベールが花びらに触り、カサカサと音を立てて香しい匂いを放つ。
 ノーマはベールの中で、今の自身の格好を確認し、深いため息を吐いた。

(……この格好じゃないと、本当にだめなんだろうか)

 ベールの下はサラサラとしたやたら上等な薄いレースのガウンを纏い、そしてその下に身に着けているものといえば下着のみ。しかもその下着もガウンと同じレースで、尚かつその面積はひどく少ない。

 そう、何もかもが透けているし、下着が下着の役割をほとんど果たしていない。

 こんな服を切る羽目になったのは、そもそも皇子宮の侍従らが妙な気を利かせたのが原因だった。



 ——ノーマにとって、この日は、これまでの人生の中で、転換期ともいえるほど、大きな意味合いを持っていた。

 念願であった神官の位を正式に授かる記念すべき日であり、
 そしてそれは、それまで離れて暮らしていたアンバーと自由に会えることを意味していた。

 あの神兵による事件以降、——自業自得ではあるが、ノーマ単独での夜のお使いは禁止され、アンバーと二人きりでゆっくり会うことができなくなった。
 会いたいけど会えない状況の中、ノーマはアンバーに会いたい一心で、必死で勉強に励み、それがこの度、神官昇格試験に無事合格したのだ。

 ノーマの合格がアンバーのもとに知らされると、ノーマのところにすぐに祝いの品と祝状が届けられた。

 祝いの品は、文箱。
 派手なものではないが、非常に美しい花模様の螺鈿細工が施され、控えめに皇子アンブリーテスの花紋が刻印されている。
 祝状には、昇格についての祝いの言葉と、皇子宮へ転居についての手筈が記されていた。

 そしてそれには、アンバーの字で小さな走り書きが。

『早く会いたい』

 言葉は短いが、アンバーのノーマへの気持ちが溢れている。ノーマはぎゅっとその祝状を抱きしめると、これまで貰った手紙とともに真新しい文箱へ大事にしまった。


 そして今日、神殿で昇格の儀が厳かに執り行われた。

 神官に昇格できたのはノーマを含めたったの5人。

 その中にあのタルの姿はなかった————。

 『神官』という職はただの職名ではない。それなりの地位があり、平民であっても、神官になれれば名門名家の者らと同等と扱われる。

 だからこそ、神官となる者は、治癒の能力だけではなく、さまざまな分野の知識や学問に長けた者でなくてはならず、決して浅学菲才であってはならない。

 だが不合格だった者らが怠けていたのではない。
 ノーマだって、ダイジュの助けがあったからこそ、合格したのだ。タルもあれから心を入れ替えたように熱心に励んでいたのをノーマは知っている。

(合格したからと浮かれていてはいけない)

 ノーマは式の前にダイジュから受け渡された、正式な神官のみが着ることを許された真っ白なローブを前に気を引き締めた。



 儀式は滞りなく終わり、ノーマは今日一日、高揚した気分の中で神官としての初仕事を終えた。

 そして夕刻の祈りの時間のあと、みなと食事を終えると、簡素な荷物を片手にひとり皇子宮へ向かった。
 皇子宮は神殿の隣。神殿から出ると半ば走るようにして皇子宮の門へ向かう。

(やっとアンバー様に会える!)

 そう、思っていたのだが————。

「ノーマ様、お待ちしておりました。本日はノーマ様が皇子宮へお移りになる記念すべき日。皇子に会う前にお支度がございます。まずはこちららへ」

「え」

 ——皇子宮へ入るなり、ノーマ付きとなった侍従らに、皇子に会う前のお支度だなんだと風呂に連行されてしまったのだ。

 訳もわからぬまま広い風呂場で、複数の侍従侍女らに衣服をひん剥かれ体中を磨かれると、ひどく爽やかな香りのする香油を塗りたくられ、挙げ句、尻にも指を突っ込まれてしまった。

「ぎゃっ」と悲鳴をあげると、夜のために必要でございますと、冷静な返事が返ってきて、反応してしまう自分が恥ずかしくなる。

 顔を真っ赤にしてもじもじとするノーマのことなど侍従らはお構いなしで、彼らが用意していた支度すべてを終えると、用意されていたあのスケスケ衣装を身に着けさせられたのだ。

「……あの、ほんとにこれ……」

「ノーマ様、よくお似合いですよ」

 本当にこの服でアンバーに会うのかと、文句を言おうにも、そうにっこりと微笑まれると、もうノーマは何も言えなかった。
 そしてされるがまま気がついたら、ここで待機ということになっていた。

 ノーマを寝台に乗せたあとも、花を散らしたり、何やら飲み物や香水の瓶、ランプ用だろうか油差しを用意したりなど、慌ただしくしていた侍従らも、もういない。

(アンバー様に見られる前に、どうにかしなきゃ)

 とにかくこの恥ずかしい衣装をなんとかしたい。
 だが動くとせっかくきれいに置かれた花を蹴散らすことになる。

 それでも花を踏むよりはと、花を手で寄せて、自分が通れるだけのスペースを空けた。そして邪魔なベールを脱ぐと、花の上に丸めて置き、そろっと寝台から足を降ろした。

 広い寝室の隅に、先程までノーマが着ていた神官服がかけられているのを見つけると、肌着がないため仕方なくそれをガウンの上から羽織り、しっかりと詰め襟の上までボタンをとめた。

 そうして、次は下衣をと手を伸ばしたとき、コンコンとノックが聞こえ、扉が開いた。

「ノーマ様、失礼致します。今これより皇子がこちらに…………ノーマ様!?」

 先程ノーマの世話をしていた侍従のひとりだった。

 しかし彼は寝台の上にノーマがいないと分かると、血相を変えて部屋に飛び込んできた。

「ノーマ様!? ノーマ様どちら……に……?」

 ノーマがいなくなったと思ったのだろう。広い寝室の中を慌てふためいて探しはじめたところに、部屋の隅で神官服を身に着けたノーマと目があった。

「……ノーマ様……」

 眉尻を下げ、はーっと侍従は胸をなでおろした。

「いなくなられたかと思って少々驚きました。そのお姿……お部屋がお寒かったのでしょうか。申し訳ありません」

「あ、あの申し訳ありません」

「いけません、ノーマ様。ノーマ様は皇子の御伴侶様になる方です。使用人の我々に頭をお下げになるのはいけません。ノーマ様がお寒い思いをしてしまったのは、我々の落ち度でございます。お詫び申しあげます。さ、もう皇子がこちらにお見えになります。そのままでよろしいので、さ、寝台へ」

 結局下を履くことは叶わず、ノーマは細い足をむきだしにしたまま、また寝台に上った。
 侍従はノーマにベールを被せると、寄せた花をきれいに並べ直し、天蓋のカーテンを落とすと、一礼し部屋から出ていった。

「アンバー様が、もうすぐここへ……」

 むき出しの足を隠すように上着の中に入れ、そのままこてんと丸まった状態で横になる。
 鼻先により強く花の香しい匂いを感じながら、ノーマはドキドキと苦しいほど音をたてる心臓を落ち着かせるように目をつむった。
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