神官の特別な奉仕

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番外編

番外編 神官の夜1

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空がいつもよりも濃紺で、眩しいくらい月が輝いていた夜、ダイジュはノーマを探して寄宿舎の中を歩き回っていた。

(今日は明日の支度をするため、部屋にいるものだとばかり思っていたけれど、荷物を放置してどこにいったのやら)

 まあ夜に彼がいるところとなると、限られている。

(談話室……にはいないか)

 ダイジュは売店、自習室、図書室と近場から順に覗いて回り、それらにはいないとわかると、やれやれと寄宿舎の一番奥にある塔の階段に向かった。

(ノーマ殿はこの上ですね)

 案の定、階段の手前に設置された台には、火の消えたランプがひとつ、置いてある。
 これはこの階段を使った者がひとりいるという証拠だ。

 この塔の階段は非常に狭く、男の肩幅ほどしかない。上がるには少し窮屈で、サイズの大きなランプは邪魔になる。そのため上がるには、ランプをここに置くしかない。

 ダイジュは手に持ったランプの火を吹き消し、台の上にあるランプの横に並べて置いた。

 ぶつからないよう壁を手でつたいながら、コツコツと暗い石造りの螺旋階段をダイジュは上がる。細い階段の壁に開いた小さな窓からは星が見え、その明かりを頼りに踏み外さないよう慎重に狭い踏板に足をかけていく。

 少し息があがりかけたとき、段の上に広い部屋が現れ、ダイジュはほっと少し息をついた。

 そこが塔の最上階。


 ————“星見の窓”に彼はいた。


 この塔は、星占いをするために作られた塔で、階段と最上階にある星見の窓と呼ばれている部屋のみで構成されている。

 神殿で一番高いこの場所から眺める星は壮大で、ずっと見上げていると、まるで星の海に飲み込まれてしまうような錯覚に陥ってしまう。

 だが残念なことに、神殿の者ですらこの美しい場所を知る者は少なく、訪れる者は殆どいない。

 その星見の窓に、ノーマが神官昇格の試験勉強に疲れたときなど、たびたび息抜きに訪れていたのをダイジュは知っていた。
 とはいえ、ノーマにここを教えたのはダイジュ自身。星について学習をするのに、一度だけここを使ったのだ。


 ダイジュは階段を上がりきると、奥に目をやる。ノーマは星見用の屋根は開けず、その代わり窓を大きく開き、そこに腰をかけて星を眺めていた。

 そこはまるでスポットライトのように月光に照らされ、そこにいるのはいつものノーマなのに、銀の髪がキラキラと光り、それがあたかも後光のようで神々しくもある。

(……こうして見るとノーマ殿の陰気な雰囲気は神秘的ともとれますね。人によっては、さすが皇子が見初めただけはあって謎めいた美しさだ。……と思う人もいるでしょうね)

 実際はどうあれ、静かに佇むノーマは美しい。

 ダイジュは、その様子を少し眺めてからノーマに声をかけた。

「……ノーマ殿。星はよく見えますか」

 物思いにふけていたノーマは、その声にハッとし、こちらを振り返った。

「ダイジュ監督官! なぜこちらに。もしかして私をお探しでしたか」

「ノーマ殿、どこかに行くなら私に一言くれないと」

 ダイジュが怒ったそぶりで眉を寄せると、先程みせた神秘的な雰囲気などどこへやら、ノーマは慌てふためいて窓から降りてかけ寄ってきた。

「申し訳ありません! あの事件の日からもう外部の者は、寄宿舎のほうには入れなくなっているので、つい」

 困ったようにもじもじと弁明するノーマに、ダイジュは呆れ苦笑する。

 ——ノーマが神兵のひとりに攫われそうになった日以降、神殿側と神兵の詰め所側の寄宿舎を繋ぐ扉には鍵がかけられるようになった。
 おかげでこれまで蔓延っていた悪習も消え去り、寄宿舎はダイジュの望みどおり静謐そのものである。

「まあ、今日はもういいですよ。明日からはあなたも神官なのだし、もう自由です。あらためまして、ノーマ殿。神官昇格おめでとうございます」

 ダイジュがノーマに深く腰を折る。それはまことにダイジュらしい、正しく美しい敬礼だった。

「あ、ダイジュ監督官! ありがとうございます……!」

 慌ててノーマも腰を折り、礼を返した。

「試験に合格できたのもすべてダイジュ監督官のお陰です。ダイジュ監督官がいなかったら、力も制御できないままで、試験も受けることはできませんでした」

「私もあなたのお陰で、よい研究対象ができて研究が捗りました。明日から神官としての活躍を期待していますよ」

「はい!」

「……そして明日からは皇子宮ですね」

 明日、神殿では今回の試験に合格した者らが集められ、昇格の儀が執り行われる。

 昇格の儀をもって正式に神官として就任するのだが、ノーマは早速、見習いのときには認められなかった“長期外泊”の申請を行い、アンバーの望み通りに寄宿舎から皇子宮へ引っ越しをすることになった。

 家族を持つことができない神官は、基本神殿内の寄宿舎で生活をするのだが、なかには恋人と暮らしたい者や、外での暮らしを希望する者に長期外泊という制度にて、外での暮らしを許可してきた。

 もちろん都度更新手続きや、それなりに規約や制限もあるので誰でもというわけにはいかなかったが、それはさすがに相手は皇子の伴侶となるべくノーマだ。

 皇子直筆の印が入った申請書が却下されるはずもなく、お陰でノーマは、神官就任当日に皇子宮へ引っ越しすることになったのだ。

「はい。明日神殿で夕刻の祈りを捧げたら、皇子宮へ行くことになっています」

「もう夜に私を訪ねてくることもないと思うと、少し寂しいですね。……なんだか娘を嫁にやる父親の気分です」

「なんですかそれ」

 しんみりとした表情でノーマを見るダイジュに、ノーマはおかしそうに笑った。ダイジュのほうが確かに年上だが、親子ほどは離れていないのに。
 そもそもノーマは、部屋を引っ越すだけで、嫁にいくわけではない。

「夕刻の祈りの時間までは、いつも通り会えますよ。朝も夜も食事はここですし」

 そう、朝は早くから朝の祈りの時間のために神殿にいき、夜は夕刻の祈りの時間まで。食事もすべて神殿で済ませる。
 結局のところ、皇子宮には寝に帰るだけのようなものだったりする。
 そう考えると、アンバーとは一緒にいたいが、毎日皇子宮からの出勤はちょっと面倒でもある。

「……そうですね。なんとなく感慨深くなってしまいましたね。そうだ、明日の式典で使うものを渡そうと思っていたんです。それでノーマ殿を探していたんですよ」

「あ、それで! 申し訳ありません。では部屋に戻ります」

「もうここは良いですか? 良い星は見られましたか」

「ええ! それに私の星は、明日見ることができますから」

「なるほど、星、ですか」

 ダイジュがニヤリとすると、ノーマが顔を真っ赤にし照れたように笑った。

「はい、自分で言っておいて照れない! 明日は皇子に思う存分、皇子に星を見せて貰ってくださいね」

 はいはいという感じにパンパンと2回手を打つと、ノーマを階段のほうへ追いやった。

 そして窓を閉め、鍵をかけると、二人は階段の小さな窓から溢れる月明かりを頼りに、ゆっくりと階下へ降りていった。
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