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番外編
番外編 皇子の夜1
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「ノーマはもう来ているのか?」
「は、2時間ほど前にはこちらに」
「もう来ているなら、なぜ早く言わない!?」
「申し訳ありません。ノーマ様のご支度に時間を頂いておりました」
アンバーはこの日、公務として予定されていた日程をこなし、ようやく皇子宮に戻ったところだった。
いつもなら、どんなに忙しくとも粛々と仕事をこなしていくアンバーが、この日に限ってはひどく気が急いていた。
それもそのはず、今日はノーマが神官に昇格し、アンバーの待つ皇子宮へ転居してくる日。
皇子の伴侶といえど婚姻ではないため、昔からのしきたりで派手な迎えの儀は行わず、ひっそりと迎えることになる。
——ノーマとともに暮らせる日を今か今かと心待ちにしていたアンバーは、ノーマの神官昇格試験の合格を知るや否や、すぐに準備していた祝の品を祝状と贈り、ノーマがこの皇子宮で過ごせるよう手筈を整えた。
今日だって公務がなければすぐにでも会えたものを、こんな時に限って大事な公務が重なるのだ。
本当であれば神官昇格の儀に立ち会うこともできたのに。
苛立ちを隠しながら、アンバーは侍従らがこの日のために用意していた夜着に身を包み、急いで寝室へ赴く。
ノーマを待たせているこの寝室は、3部屋続きの部屋になっていて、今回寝室として利用する中央の部屋には、両側どちらの部屋からでも入れる作りになっている。
ひとりでは広すぎて、これまで使っていなかった部屋だが、これでようやく日の目を見た。
寝室の両側はアンバーとノーマ、それぞれの私室として整えた。
これからはここが二人の部屋だ。
「もう今日はこれでよい。さがれ」
「は。では」
侍従を下がらせると、アンバーはノーマがいるはずの寝室の扉を開けた。
明るすぎず暗すぎず、ほのかな明かりが灯された寝室の、中央に置かれた寝台へ目を向ける。
天蓋から落とされた薄いレースのカーテンの中、寝台の上には蹲る人らしき影。
「ノーマ?」
シーンと静まり返った部屋に返事はない。
(待ちくたびれたか)
アンバーは寝台に近づき、天蓋から落ちるカーテンを片手で捲ると、寝台に充満した花の香りが溢れ鼻先に漂う。
その寝台の真ん中に、白い花に埋もれ、ベールに身を包んだノーマがうずくまっていた。
(花の匂いが濃いな)
少し換気をと、カーテンの端を天蓋の脚へ柱かけると、うずくまるノーマへの道を作るように、花を片側に寄せ、アンバーは寝台の上に乗り上げた。
「ノーマ」
耳元で囁くがノーマは起きない。
今日はノーマにとって、緊張の連続だったのだ。こうして寝てしまうのも無理はない。
アンバーはベールの上からノーマのこめかみへ口づけを落とす。
ちゅっと軽い音をたてると、ノーマがもぞもぞと身じろぐ。
「ノーマ」
「ん……」
「ノーマ、起きろ」
「んん…………アンバー、さま?」
寝起きのせいか、それともベール越しのせいか、ノーマはそこにいるのがアンバーだとすぐには理解できなかった。
まだぼうっと、夢の中にいるような顔だ。
「ノーマ」
ベールの隙間から手を入れ、寝ぼけ眼のノーマの頬に触ると、ノーマが驚いたようにガバッと起き上がった。
「あ、あ、アンバー様!」
「待たせてしまった。遅くなってすまない」
「……いえ、私こそ寝てしまって……」
ノーマはベールの中で、アンバーの手に自身の手を重ね、嬉しそうに微笑んだ。
「アンバー様、会いたかったです」
「ノーマ……俺もだ」
アンバーも愛おしそうに指で頬を撫でると、ノーマがくすぐったそうに笑う。
「顔が見たい」
長いベールを捲りあげると、アンバーの顔をじっと見上げるノーマの顔が現れた。
「……今日はなんだか、いろいろあって、こうしてアンバー様の前にいるのが、まだ信じられません」
ノーマにとって、今日は何もかもが新しい日だ。
「そうだったな。ノーマ、神官昇格おめでとう」
「アンバー様、ありがとうございます」
幸せそうに微笑むノーマが愛おしく、その顔を両手で包み、アンバーは口を寄せた。
最初は額に。そして眦。
頬に口づけ、そして唇へ優しく唇を落とす。
そしてそっと離れると、そこには頬を真っ赤に染めたノーマの顔があった。
——はじめてノーマに会ったとき。いや、そのとき彼はディーと名乗っていたが、まったく笑わぬ表情の乏しい男だった。
最初は見知らぬ街での好奇心から始まった。
むしゃくしゃしていたところにたまたま出くわした神官。見れば神官らしくない短髪の、遠い異国を思わせる美しい風貌の生真面目な男。それがノーマだった。
つれない態度でなかなか心を許さない相手に、アンバーはどんどん夢中になり、結果彼を助けるために、自国の兵まで動かした。
そう、このそっけなく無愛想で自分に無関心の男を我がものにするために——。
「……アンバー様、さっきから胸がすごくドキドキするんです」
ノーマが彫刻のような切れ長の目を丸くし、顔を真っ赤にしたまま、自身の胸を押さえている。
「どれ」
胸に手をやると、確かにやけに心拍数が高い。
(ああ、なるほどな)
アンバーは周囲に散らばる花に目をやった。原因はこれだ。
「ノーマ、この花を知っているか」
アンバーは白い花を手に取ってノーマにみせた。
「……いえ、私は花には詳しくないので……」
この花の意味も知らずにここで寝ていたのかと、アンバーは呆れて笑った。
「この花の匂いには、人を高揚させる作用があってだな。いわゆる興奮剤として、処女の者と初夜を迎える場合に用いられる」
「は」
こうふんざい?
しょじょ?
しょや?
とノーマは理解できないようにたどたどしく単語を繰り返した。
「お前が神官だということで、こういうことに慣れていないと思ったのだろう。うまくことが運べるよう、侍従が気を利かせたようだ。いざというときに拒まれんようにな」
「は」
顔を真っ赤にしたノーマがぽかんと口を開けた。
「他にもあるぞ」
アンバーが寝台の側に置いてある瓶を手に取っては説明し始めた。
そう、今アンバーが手に持っている物、それらはこの部屋に連れて来られたとき、侍従らが準備していたものだ。
「ほら、これも興奮剤だ。良い香りがする。あとこれもだな」
そう言って香水の瓶やら、水差しやらの中身を解説する。
極めつきは油差しだった。ノーマはランプの油差しだと思っていたが、実はそうではなかった。
「これは行為の前に、後ろの穴に使うんだ。媚薬が混ざっていて、ひどく気持ちがいいらしい」
そうニヤッと笑うとノーマを寝台に押し倒した。
「わっ」
「ここではサリトールのときのような無粋な丸薬などは使わん。その代わりこういった愛し合うためのものがたくさんある」
「ア、アンバーさ、ま」
白い花の中で顔を真っ赤にしたノーマが、アンバーの名を震える声で呟く。
アンバーは堪らず、その唇を唇で覆うと、ノーマの口からは吐息が漏れた。
「あ……ん……あふ…………」
——アンバーはこれまで、ノーマの顔色をうかがいながら行為を行ってきた。
サリトールの神殿で特別な奉仕を行っていたノーマだったが、本来潔癖で必要以上の性行為は行わない。
サリトールでは何度か最後までやることはあったが、無理強いはせずノーマのタイミングに合わせていた。
いつも後ろからゆっくりと、彼の顔色をうかがいながらの行為。
一度だけ、喘がせてやろうとアンバー主導でやったことはあったが、その後しばらくは警戒して触らせて貰えなかったことがあったことから、嫌われたくないと慎重になっていたということもある。
サーシャにはらしくないと笑われたが、アンバーからしてみれば、嫌われるくらいなら我慢するほうがよっぽどいい。
だが今日は違う。
ノーマはすっかり気を許し、アンバーに身を委ねてくれている。
痛みに怯え恥ずかしがるノーマを後ろからではなく、正常位で、顔を見ながら行為に耽ることができるのだ。
そして久々に鼻をくすぐるノーマの甘い芳香。
周囲の花々にも決して負けない、こうして顔を寄せないと嗅ぐことのできぬアンバーだけの香りだ。
ノーマの口内を舌で蹂躙すると、その流れで匂いの濃い首の後ろに舌を這わせた。
「あ、ん、アンバー様……」
ノーマがもじもじと膝を擦り合わせるのを、アンバーが片手で割開く。
「……下衣は履いていないのだな」
「ひゃっ! や、ちょ、アンバー様」
膝からすすすと手を滑り込ませると、ノーマの口からは悲鳴のような声が上がっり、手がそれ以上中に来ないよう足を閉じ、手で押さえつけた。
「は、2時間ほど前にはこちらに」
「もう来ているなら、なぜ早く言わない!?」
「申し訳ありません。ノーマ様のご支度に時間を頂いておりました」
アンバーはこの日、公務として予定されていた日程をこなし、ようやく皇子宮に戻ったところだった。
いつもなら、どんなに忙しくとも粛々と仕事をこなしていくアンバーが、この日に限ってはひどく気が急いていた。
それもそのはず、今日はノーマが神官に昇格し、アンバーの待つ皇子宮へ転居してくる日。
皇子の伴侶といえど婚姻ではないため、昔からのしきたりで派手な迎えの儀は行わず、ひっそりと迎えることになる。
——ノーマとともに暮らせる日を今か今かと心待ちにしていたアンバーは、ノーマの神官昇格試験の合格を知るや否や、すぐに準備していた祝の品を祝状と贈り、ノーマがこの皇子宮で過ごせるよう手筈を整えた。
今日だって公務がなければすぐにでも会えたものを、こんな時に限って大事な公務が重なるのだ。
本当であれば神官昇格の儀に立ち会うこともできたのに。
苛立ちを隠しながら、アンバーは侍従らがこの日のために用意していた夜着に身を包み、急いで寝室へ赴く。
ノーマを待たせているこの寝室は、3部屋続きの部屋になっていて、今回寝室として利用する中央の部屋には、両側どちらの部屋からでも入れる作りになっている。
ひとりでは広すぎて、これまで使っていなかった部屋だが、これでようやく日の目を見た。
寝室の両側はアンバーとノーマ、それぞれの私室として整えた。
これからはここが二人の部屋だ。
「もう今日はこれでよい。さがれ」
「は。では」
侍従を下がらせると、アンバーはノーマがいるはずの寝室の扉を開けた。
明るすぎず暗すぎず、ほのかな明かりが灯された寝室の、中央に置かれた寝台へ目を向ける。
天蓋から落とされた薄いレースのカーテンの中、寝台の上には蹲る人らしき影。
「ノーマ?」
シーンと静まり返った部屋に返事はない。
(待ちくたびれたか)
アンバーは寝台に近づき、天蓋から落ちるカーテンを片手で捲ると、寝台に充満した花の香りが溢れ鼻先に漂う。
その寝台の真ん中に、白い花に埋もれ、ベールに身を包んだノーマがうずくまっていた。
(花の匂いが濃いな)
少し換気をと、カーテンの端を天蓋の脚へ柱かけると、うずくまるノーマへの道を作るように、花を片側に寄せ、アンバーは寝台の上に乗り上げた。
「ノーマ」
耳元で囁くがノーマは起きない。
今日はノーマにとって、緊張の連続だったのだ。こうして寝てしまうのも無理はない。
アンバーはベールの上からノーマのこめかみへ口づけを落とす。
ちゅっと軽い音をたてると、ノーマがもぞもぞと身じろぐ。
「ノーマ」
「ん……」
「ノーマ、起きろ」
「んん…………アンバー、さま?」
寝起きのせいか、それともベール越しのせいか、ノーマはそこにいるのがアンバーだとすぐには理解できなかった。
まだぼうっと、夢の中にいるような顔だ。
「ノーマ」
ベールの隙間から手を入れ、寝ぼけ眼のノーマの頬に触ると、ノーマが驚いたようにガバッと起き上がった。
「あ、あ、アンバー様!」
「待たせてしまった。遅くなってすまない」
「……いえ、私こそ寝てしまって……」
ノーマはベールの中で、アンバーの手に自身の手を重ね、嬉しそうに微笑んだ。
「アンバー様、会いたかったです」
「ノーマ……俺もだ」
アンバーも愛おしそうに指で頬を撫でると、ノーマがくすぐったそうに笑う。
「顔が見たい」
長いベールを捲りあげると、アンバーの顔をじっと見上げるノーマの顔が現れた。
「……今日はなんだか、いろいろあって、こうしてアンバー様の前にいるのが、まだ信じられません」
ノーマにとって、今日は何もかもが新しい日だ。
「そうだったな。ノーマ、神官昇格おめでとう」
「アンバー様、ありがとうございます」
幸せそうに微笑むノーマが愛おしく、その顔を両手で包み、アンバーは口を寄せた。
最初は額に。そして眦。
頬に口づけ、そして唇へ優しく唇を落とす。
そしてそっと離れると、そこには頬を真っ赤に染めたノーマの顔があった。
——はじめてノーマに会ったとき。いや、そのとき彼はディーと名乗っていたが、まったく笑わぬ表情の乏しい男だった。
最初は見知らぬ街での好奇心から始まった。
むしゃくしゃしていたところにたまたま出くわした神官。見れば神官らしくない短髪の、遠い異国を思わせる美しい風貌の生真面目な男。それがノーマだった。
つれない態度でなかなか心を許さない相手に、アンバーはどんどん夢中になり、結果彼を助けるために、自国の兵まで動かした。
そう、このそっけなく無愛想で自分に無関心の男を我がものにするために——。
「……アンバー様、さっきから胸がすごくドキドキするんです」
ノーマが彫刻のような切れ長の目を丸くし、顔を真っ赤にしたまま、自身の胸を押さえている。
「どれ」
胸に手をやると、確かにやけに心拍数が高い。
(ああ、なるほどな)
アンバーは周囲に散らばる花に目をやった。原因はこれだ。
「ノーマ、この花を知っているか」
アンバーは白い花を手に取ってノーマにみせた。
「……いえ、私は花には詳しくないので……」
この花の意味も知らずにここで寝ていたのかと、アンバーは呆れて笑った。
「この花の匂いには、人を高揚させる作用があってだな。いわゆる興奮剤として、処女の者と初夜を迎える場合に用いられる」
「は」
こうふんざい?
しょじょ?
しょや?
とノーマは理解できないようにたどたどしく単語を繰り返した。
「お前が神官だということで、こういうことに慣れていないと思ったのだろう。うまくことが運べるよう、侍従が気を利かせたようだ。いざというときに拒まれんようにな」
「は」
顔を真っ赤にしたノーマがぽかんと口を開けた。
「他にもあるぞ」
アンバーが寝台の側に置いてある瓶を手に取っては説明し始めた。
そう、今アンバーが手に持っている物、それらはこの部屋に連れて来られたとき、侍従らが準備していたものだ。
「ほら、これも興奮剤だ。良い香りがする。あとこれもだな」
そう言って香水の瓶やら、水差しやらの中身を解説する。
極めつきは油差しだった。ノーマはランプの油差しだと思っていたが、実はそうではなかった。
「これは行為の前に、後ろの穴に使うんだ。媚薬が混ざっていて、ひどく気持ちがいいらしい」
そうニヤッと笑うとノーマを寝台に押し倒した。
「わっ」
「ここではサリトールのときのような無粋な丸薬などは使わん。その代わりこういった愛し合うためのものがたくさんある」
「ア、アンバーさ、ま」
白い花の中で顔を真っ赤にしたノーマが、アンバーの名を震える声で呟く。
アンバーは堪らず、その唇を唇で覆うと、ノーマの口からは吐息が漏れた。
「あ……ん……あふ…………」
——アンバーはこれまで、ノーマの顔色をうかがいながら行為を行ってきた。
サリトールの神殿で特別な奉仕を行っていたノーマだったが、本来潔癖で必要以上の性行為は行わない。
サリトールでは何度か最後までやることはあったが、無理強いはせずノーマのタイミングに合わせていた。
いつも後ろからゆっくりと、彼の顔色をうかがいながらの行為。
一度だけ、喘がせてやろうとアンバー主導でやったことはあったが、その後しばらくは警戒して触らせて貰えなかったことがあったことから、嫌われたくないと慎重になっていたということもある。
サーシャにはらしくないと笑われたが、アンバーからしてみれば、嫌われるくらいなら我慢するほうがよっぽどいい。
だが今日は違う。
ノーマはすっかり気を許し、アンバーに身を委ねてくれている。
痛みに怯え恥ずかしがるノーマを後ろからではなく、正常位で、顔を見ながら行為に耽ることができるのだ。
そして久々に鼻をくすぐるノーマの甘い芳香。
周囲の花々にも決して負けない、こうして顔を寄せないと嗅ぐことのできぬアンバーだけの香りだ。
ノーマの口内を舌で蹂躙すると、その流れで匂いの濃い首の後ろに舌を這わせた。
「あ、ん、アンバー様……」
ノーマがもじもじと膝を擦り合わせるのを、アンバーが片手で割開く。
「……下衣は履いていないのだな」
「ひゃっ! や、ちょ、アンバー様」
膝からすすすと手を滑り込ませると、ノーマの口からは悲鳴のような声が上がっり、手がそれ以上中に来ないよう足を閉じ、手で押さえつけた。
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