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これから始まる令嬢と懲りない愚者
しおりを挟む翌日、愚者であるコンラッドはまた娼館に足を運んだ。
「セシリアは如何してる?」
「セシリア?………あぁ、あのお嬢様ですか」
すっとぼけて、竿師のロッシェがコンラッドに対応している。
「お前がよく相手をしていただろう」
「俺は、この娼館全ての女の竿師ですよ、あのお嬢様1人にばかり相手してませんし」
「調教は出来たんだろうな?」
「あのお嬢様なら身請けされましてね」
「…………な、何だって!」
余程煩かったのか、ロッシェは耳を塞ぐ。
「如何いう事だ!あれ程他の男に近付かせるなと、金を渡したじゃないか!」
「そうは言いましてもね、こっちで事情が変わりまして」
「何処に身請けされた!教えろ!」
「守秘義務、てのに守られてるんですよ、娼館ってのは………分かるでしょう?アンタは常客なんだから」
「主を呼べ!」
「呼ばなくても聞こえてますよ、コンラッド様」
ロッシェが対応しきれないようだったので、娼館の主が出て来る。
「如何いう事だ!約束が違うだろう!」
「アンタ以上の条件を提示した方がみえましてね……あのお嬢様をお任せしたんですよ、簡単な理由ですわ」
「倍出す!いや10倍出す!連れ戻せ!」
「無理ですね、この業界そんな商売したら潰れちまいます……あぁ、そうそう………アンタ様の資産全て投げ売っても、身請けした方に守ってもらってるので、この店は潰させませんよ………あと、この件で他の娼館にも噂立ちましてね、アンタはもうどの店にも出入り禁止になりましたから、お引き取り下さいよ」
「な、何だと!ドラグーン伯爵家を敵に回す気か!」
私情を隠して、お忍びで利用する貴族の男達が多いのに、コンラッドは権力を翳して怒鳴り散らしてしまう。これでは、今後コンラッドは社交界での立場も政治的立場も地に落ちるだろう。
それでも、今迄のそういった噂の数々は、コンラッドの父、ドラグーン伯爵によって捻り潰してきたのだが、この件でドラグーン伯爵がコンラッドを守るか等、この時点では誰も分からない。コンラッド自身は、捻り潰して貰おうと思っているだろうが。
「さぁさ………アンタは出入り禁止だ、帰った帰った!」
「離せ!俺はドラグーン伯爵家の者だぞ!」
この騒ぎは直ぐに、リュシエールやヴェルリックに届く。
「ははははははっ!傑作だ!」
「同情の余地無しですね」
執務室で、お腹を抱え大爆笑するリュシエール。そのリュシエールの悪い癖が始まろうとしている。
「カーター伯爵家の騒ぎも上乗せしたら如何だ?ヴェル」
「嫌ですよ、カーター伯爵があんな愚息に娘を嫁がせるなんて、と言われ始めるでしょうし、婚約破棄の噂が先です」
「それなら、婚約破棄の噂を流して、私とセシリアの婚約発表を同時にするか」
「婚約発表はまだ駄目です!何故、セシリアを噂の的に入れたがるんですか!」
「面白いだろ」
「…………また始まった……」
「また、て何だよ」
面白い事が大好物のリュシエールに振り回されてきたヴェルリックにとって、平穏で過ごせるのが唯一の癒やしだ。
「私の父上からも言われたのでは無かったですか?噂の矢面に立つのは、コンラッドただ1人にして欲しい、と………セシリアには同情の噂だけで今は良いのです!」
「その噂さえも耳に届かない場所で守っているのにか?」
「公妃になったら蒸し返す者も居るでしょう………最小限でお願いしますよ………嫌われたくないんじゃないです?貴方は」
「はっ!」
「………嫌われますね、きっと……セシリアは波風立てず、ひっそりとコンラッドを牽制しながら堪えてきたんです………殿下がセシリアの意思の反対な事をしたら如何なるでしょうね?」
「…………お、お前……」
「私は兄ですよ、セシリアの……兄の私はセシリアを1番理解しているんですから、殿下はまだまだ分かっていらっしゃらない」
「…………クソッ!分かったよ!」
リュシエールは、ヴェルリックに丸め込まれ、大人しくなった。
「セシリアに癒やして貰ってこ……」
「あ!逃げる気ですか!」
「何かあったら呼びに来てくれ」
「あ!」
捕まえられたくないリュシエールは、仮面を着けると、魔法を出す。
ヴェルリックの手が止めようと腕を伸ばすが、間に合わずにリュシエールは一瞬にして消えてしまった。
「仕事溜まってるのに!」
その消えたリュシエールは、セシリアの部屋へ風を起こす。
「え?窓は開けれないのに風?」
フワッと風が吹き込んだと思っていた矢先、つむじ風の中から金髪の碧眼のリュシエールが入って来た。
「やぁ、セシリア」
「リュ、リュシー様?………お、驚きました…」
「びっくりさせて悪かったね」
あまりにも暇なセシリアの為に、暇潰しになる物を置いていたからか、セシリアは早速刺繍をしていた。
「リュシー様は風を操るのですね」
「得意なのは風魔法だね、セシリアは?」
「私は、水魔法が得意です」
「そうなんだ……私達は、そんな話さえもしてなかったね、私は君の事をもっと知らなければ」
「私もリュシー様の事は何も知りませんよ?」
「教え合わねばね……少しは此処の生活には慣れたかい?」
窓の近くの椅子に座るセシリアに、リュシエールも向かいに座る。
「退屈凌ぎに刺繍が出来ますし、本もあんなに沢山あるので、今は興味が其方にありますから、慣れたとは違うかな、と」
「ヴェルに、君の好みを聞いて揃えたからね……あの本達を読破する迄には、部屋から出れる様には努力するよ」
「読み終えるのは何年も掛かりますよ、あの本の量は」
「そうだね……私もそんなには閉じ込めたくないよ………それでは、セシリアは私を許さないだろう?」
「怒ると思います」
「私は君に怒られたくないなぁ」
マーシャがリュシエールにお茶を出した。
「あぁ、ありがとうマーシャ」
「私はあちらで控えておりますので」
部屋の入口迄下がってしまうマーシャ。会話を聞かないようにしてくれているのかもしれない。
「マーシャは気が利く侍女だね」
「はい………乳姉妹ですので」
「そうなんだね、だから君の嗜好も詳しいのか」
「リュシー様にも乳兄弟はおみえになるんですか?」
「私も居るが、傍には居ないね、彼は騎士として従事しているから………それは、カーター家の紋章?」
「あ、はい………狩猟祭が近いので、カーター家から参加する騎士達にと………婚約者や恋人、伴侶が居ない人には私が刺繍して渡しているんです」
「………コンラッドには縫わなかったの?」
「コンラッド様は参加しませんでしたから」
「あぁ………そういえば見かけなかったな」
毎年、狩猟解禁になる頃、貴族の遊びで狩猟を楽しむ祭りがあり、平民達にも捉えた獣を下賜されて国全体で祝う祭りだった。怪我をしない様に、紋章を縫ったハンカチを腕に巻き、伴侶や恋人、婚約者の無事を祈る貴族の女性達と、好きな令嬢からそのハンカチを受け取りたいと願う、貴族の令息達の1つのイベントにもなっている。
「リュシー様も参加されているのですか?」
「私も参加してるよ」
「では、リュシー様に渡したい令嬢も多いのでしょうね」
「…………私は受け取った事は無いね」
「無いんですか?」
「好きな令嬢には婚約者が居たし、私からは言えなかったからね………『貴女の縫ったハンカチが欲しい』とは………ずっと、片恋だったんだよ、セシリアに」
「…………っ!」
「次の狩猟祭には、君が縫ったハンカチを貰いたいものだな………内々にとは言え、婚約者になったのだから」
「………リュ、リュシー様の紋章が分かれば縫います………」
情熱的な目線を向けられ、セシリアは驚きを隠せてはいない。
「あ、でも私の紋章を教えたら、私の正体が分かってしまうから、狩猟祭前にセシリアが分かったら、縫って貰おうかな……そうしたら、もう他の男達の為に、あげるのは止めてくれる?私は我慢強いが、嫉妬深い男でね」
「カーター伯爵家の侍従達ですよ?それぐらいは大目に見て頂けないですか?」
「侍従達以外は渡さない?」
「渡さないです」
「頼まれても?」
「頼まれたのはリュシー様が初めてです」
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「そっか………君の初めての権利を貰えたのか、私は」
「…………権利だなんてそんな大それた事では……」
「私には大それた事なんだよ……たった1枚のハンカチだろうとね」
「…………私もその様に言って頂ける方は初めてです……」
ほんのりと、照れて俯くセシリアを見たリュシエールは、希望の光が見えた気がした。
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