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口説かれても気持ちは決まっていて

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 裕司が店長を勤めるバーの時間はあっという間に進んでいた。
 航が作った料理を食べ終わると、少しずっとバーの客が増え、裕司も村雨と話す暇も無くなっていく。

「悪かったな………あんまいい話はしてなかったよな」
「楽しかったけど?知らない村雨君見れたし」
「黒歴史だけどな」
「その歴史があるからがあるんじゃないの?」

 日本酒だった時間も、カクテルやバーボンに変わっている。
 茉穂は付き合い程度に、酒は飲むし弱くはない。だからこそ、先週の酎ハイからの酔い潰れた様な事は珍しいのだ。村雨が茉穂を見つけたから、異変に気が付いてくれたのは、茉穂には嬉しい出来事以外無かった。

「………茉穂」
「………ん?」

 少しほろ酔いではあった茉穂だが、意識ははっきりしていて、手に持つカクテルグラスに沈むオリーブの実を見つめていた。
 そんな横顔を見た村雨は、少し緊張気味に茉穂に声を掛ける。

「察してるかもしれないが、は、茉穂がいい………」
「っ!」

 好きだから付き合って欲しい、とは村雨は言わない。茉穂の望む言葉ではなかった。
 その意表に、茉穂は村雨を見る。

「手に入れられないと思ってる………だけど欲しいから、今夜から茉穂を口説き落とすんで、そのつもりでいてくれ」
「………私を好きだって事?」
「け、結論言えばな…………」

 ―――照れ屋なんだ……可愛いかも………

 暗がりのバーのカウンターでも分かる程、村雨の耳が赤く染まる。
 そんな顔を見たら、仕事中の揶揄とは別の意味で揶揄いたくなってきそうだった。

「…………分かった……口説き落としてみせてよ………どんな手を使うの?」
「それは………まだ考えてない」

 簡潔に一言、『好きだ』と言えば、茉穂も直ぐに飛び付くのだが、行くに行けなくなって、後には引けなくなりそうな茉穂。
 茉穂が告白しなければ、村雨は自信を持ってくれない可能性もあった。

 ―――村雨君の口説きが毎回聞けるかも……

 そんな、茉穂に取っては萌えるシュチュエーションでしかないが、村雨を勘違いさせたままになりはしないだろうか。
 駆け引きをする事が出来るかどうか、茉穂に掛かっていた。

「そろそろ出ないか?」
「これ飲み終わってからでいい?」
「勿論………裕司!」

 別の客相手にしていた裕司が、村雨の方に来る。

「もう注文しねぇから、チェックしてくれ」
「2人きりにしてやったが、口説けたか?」
「まだ口説き中だよ!」

 クレジットカードを裕司に渡し、会計を済ます村雨。

「ごちそうさまでした。航さんにもお礼言っておいて下さい、裕司さん」
「店にも行ってやってよ、彬良とな」
「行ってみたい、今度連れてってよ村雨君」
「分かったよ……航がいい、て言うならな」
「まだ言ってやがる……羽美は週末以外は手伝ってねぇよ。結婚した相手はとある会社の御曹司で、羽美は次期社長夫人だからな」
「玉の輿に乗ったな、羽美」
「珍しく航が旦那を認めたのに驚いたぜ、航曰く、かなりの癖モンだったらしいぜ」
「羽美が幸せならいいじゃねぇか……航が認めた男ならそれでいい……茉穂、行くぞ」

 会計を済まし、飲み終えた茉穂は村雨に付いて店を出た。
 駅の方へ歩き進めながら、羽美は村雨に言葉を掛ける。

「好きだったんだね、航さんの妹の羽美さん」
「付き合ってたの高校の時だぞ?羽美はまだ中学生……清い交際過ぎて可愛いもんさ……お互いに初めて付き合う相手だったし、ダチの妹だから何かと話が出るしな……もう10年以上会ってないから、街ですれ違っても分からないと思う」
「高校の時の写真無いの?」
「実家に置きっぱなしだな………高校卒業してから帰ってねぇから、親が処分してるかもな」

 茉穂は、村雨の言葉から、村雨は親と疎遠なんだろうと察する。

「仲悪いの?ご両親と」
「…………悪くは無い……ただ、良くは無い……俺は親父の愛人が産んだ子でな……本妻が亡くなって、お袋と引き取られたが、親父には何人も愛人が居て、俺がその中の子の中で1番年上だから、になった……反発して何度も家出して、荒れて裕司や航と攣るんで、親父は俺に無関心になっただけ………もうじゃなくなっただろうな」
「…………ごめん……嫌な話を喋らせて……」

 村雨は横に並び歩く茉穂の手を握り、指を絡め取った。

「………口説かせてくれるんだろ?なら、多少のスキンシップは許してくれ」

 村雨の手が冷たい。
 茉穂が聞いていただけでも、決していい話ではないのだ。村雨も話たくて話した訳では無いと分かる。だが、村雨から『口説く』と言われた以上、村雨も茉穂に隠し事をしないつもりなのかもしれない。全部を知る必要は無いが、付き合っていけばお互いの過去も知る事も出て来るのなら、当人から聞かされる方がいいのだ。
 茉穂は、村雨の手を握り返す。

「手、冷たいね……酔い冷ましには丁度いいかな」
「…………なら、もっと温めてくれ、と言ったら温めてくれるのか?」
「…………手を?」
「………
「っ!」

 村雨は少し照れた様に耳が赤いが、茉穂は察知して顔を俯かせた。

「俺は『口説く』とは言ったが、何も言葉で『口説く』だけじゃない事は肝に銘じとけよ?茉穂」
「………き、今日?」
「…………同意がありゃ、目の前のホテル街直行する」

 茉穂は、村雨の手を解き、腕にしがみついた。
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