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10 *晄視点
しおりを挟む晄が麗禾のマンションから出て来ると、部下達と睨み合う朔也の姿があった。
「如何した」
「若頭…………それが……神崎の若いもんが、お嬢の部屋に通せ、と」
「あ!黒龍の若頭!お願いです!お嬢の元に行かせて下さい!」
「帰れ…………お前の後の神崎の組員も引き止めに来てんじゃねぇのか?」
朔也を止めに入って追って来た数人の組員も、朔也の腕を掴んでいるが、朔也の体力が勝るのか引きづられていた。
「申し訳ありません、黒龍の若頭…………直ぐに連れて行きますんで…………朔也!いい加減にしろ!」
「兄貴達は悔しくねぇのか!お嬢が嫁に行くんだぞ!」
「頭と姐さんの決めた事だ!通報されちまう!引け!」
「絶対にアイツは通すなよ」
「へい、若頭」
晄は朔也を相手にする事はない。
麗禾同様に、ピーチクパーチク吠えているチワワより、少しだけ強さをひけらかせている雑種の番犬にしか晄は見えないのだ。
車に乗り込み、晄は煙草に火を点けると、同乗した榊にまた指示を出した。
「あの番犬も調べておく必要がありそうだ………榊、任せた」
「承知しました…………ところで、今夜の若頭は楽しそうですね」
「……………あぁ……久々に楽しいな………チワワを手なづけるのなんて、なかなか経験出来ない」
「本気で結婚されるおつもりで?」
「そのつもりだ…………組もデカく出来る………いずれは神崎のシマも黒龍のもんになるしな」
「裏切るつもりで?」
「……………それは分からん………神崎の動き次第…………後は青葉の動向次第………」
確かに晄が一人娘の麗禾と結婚すれば、神崎組の後継者は居なくなる可能性が高い。有能な部下も居る事も晄は知っているが、穏便に事を進められれば、そのまま傘下の組として付き合いは続けるつもりではあった。
今は晄の父と神崎組の組長とは、平穏な関係ではあるが、誰が神崎組を継ぐかによっては均衡は崩れるだろう。
「大分遅れましたね」
「待たせておけばいい…………たかが、愛人の1人や2人…………麗禾との話が進めば、切る女達だ」
「若頭とあろう方が、操を立てるおつもりで?」
「隙は誰であろうとも見せる気は無い…………もう一生な…………」
晄は咥え煙草をしたまま、自身の腕を擦る。
ズキッ、とした引き攣りはもう無いが、過去の勲章と言えばそれ迄で、忘れられない古傷があった。
油断し、自分を守れず大怪我を負い、自分の行動を恥じている。もう、そんな過ちはしない、と自分に枷を掛けたのだ。
女も然り。
晄は女にも隙を見せようとはしない。付き合った女は数多くあれど、気を許した女は過去にも1人として居なかった。
「神崎のお嬢に対して、でもですか?」
「……………何が言いたい……榊………」
晄が擦る腕を握り潰すかの様に、力が入る。
「あ、いえ………悪気無い意見としてお聞き下さい…………あまりにも若頭がお嬢とされる会話が楽しそうだったんで………」
「揶揄いがいがあっただけだ………キャンキャン吠えて、自己主張するだけで何も自分から行動しないのは、以前から変わってなかったからな…………」
「懐かしいですね」
「……………あぁ………だが、あの時はまだ小学生のガキだったし、今も何も食指沸かねぇよ」
益々、掴む手に力が入る晄。
過去に何があったのか等、麗禾は忘れてしまった様だ。麗子からの話では、あの時起きた事は、麗禾に恐怖しか与えず、今程極道を毛嫌いしていた訳では無いという。その恐怖心を晄も植え付けてしまった責任はあると感じてはいるが、それを麗禾への愛情的な感情は持ち合わせてはいなかった。
その時の出来事がきっかけで、晄の父と麗禾の父の間で、結婚させようと話が出たのはそれからだったが、極道の家の産まれで、惚れた相手を巻き込む危険性は避けねばならず、何処かで一線引いた関係性の方が、気が楽だと思っている。
だからこそ、愛情は貰っても決して愛情を与えない付き合いが出来る女としか、付き合っては来なかったし、今後もそうするつもりではあったが、結婚相手が麗禾というならば話は別だ。義両親になる神崎にも隙を見せる気も無いので、大事に育てた娘を極道の世界から離さないならば、筋を通し愛人達を切り捨てる事に決めて、麗禾と会ったのだ。
どうせ結婚するならば、自分を好きにさせておけば、女が男を作る裏切りをする確率は減り、その手管なら充分持っている。
---かなり、美人で好みの女にはなったんだがな………俺が麗禾を好きになる事はねぇ………
好きなフリなら出来るのだ。
金を渡し、雰囲気の良い場所に連れて行けば、直ぐに女は落ち、セックスで酔わせれば、直ぐに股を開き、気を許す女等、晄は相手にし尽くしている。それを麗禾に同じ事をするだけなのだから。
「そうでしょうか………普段から若頭を見てきている俺から言わせれば、お嬢は他の女とは違う気がします」
「……………最初だけだ……吠えるのはな………股開いてツッコんでやりゃ、直ぐに女はいつもの様に縋ってくる…………ただ、俺は掌の上で転がされてるフリして、悦ばせてやりゃ良いだけだ………これで、あの女と結婚し孕ませば、お役ごめん、で済む…………後は勝手にやらせときゃ良い…………離婚しようが、愛人作ろうが、俺も他の女ん所に行って性欲処理するだけ………神崎の組長が死ぬ迄は、良い夫で居るぐらいの我慢はするけどな」
自分でも反吐が出る下衆振りだと思うが、極道の世界で生き抜く為には仕方無い。
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