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懐かしき平穏
しおりを挟むその日の放課後。高校の図書室で教科書を広げ、玲良と穂高は並んで勉強をしている。
「そこ、間違ってる」
「え?何処?」
「問5………式がその公式じゃない」
「………………おっ……ホントだ」
「凡ミスが多そうね、富樫君」
自分の参考書の問題を黙々と解いていく玲良に、穂高のミスを指摘する。
「…………名前……」
「……慣れないのよ……」
「じゃ、呼べなかったらキスの罰な」
「え?…………んっ……」
「………っ!……噛むなよ!」
「図書室には人も居るのよ!」
「名前呼ばない玲良への罰だから」
ヒソヒソ話は聞こえる図書室の片隅で、目立たない場所で、こんなやり取りをしていた。
「な、慣れるから………学校では止めて……」
「………なぁ……」
「何?」
「今度の試験に俺の順位が上だったらご褒美くれよ」
「…………何のご褒美?」
「デート」
「…………これもデートみたいなものじゃない……『図書室デート』」
「………っ!試験勉強はデートじゃねぇよ……俺が言いたいのは映画行ったり遊園地に行ったり、遊ぶ方」
穂高の背に隠される様に、玲良の姿は他の生徒達に見えない視覚になっている。ほんのり赤らめた頬の玲良を、穂高は他の生徒に見せたくなかった。先程のキスの名残りの赤い頬に触れる、穂高の手。
「………可愛い」
「………っ!」
「……マンション行かね?………シたい……」
「…………試験終わって、私より順位が上だったらね……」
「んなっ!」
「負ける気なんだぁ?」
「…………クソっ……やってやる……」
「………プッ……」
玲良も、穂高の優しさに絆されていったのは感じている。だがそれが好きという感情なのかは分からない。試験迄の日数、穂高を見ていくつもりだったのもあり、簡単に身体を許すのには抵抗があった。
授業が終わると図書室デートは日課になり、平日の放課後は図書室に玲良と穂高の姿を見ない日は無かった。
「明日かぁ……頭に詰め込み過ぎたぜ」
「殆ど、私が教えてた気がする………」
「助かった、マジで」
「頑張ってね、試験」
「………おぉ……性欲溜まって仕方ねぇ」
「…………頭良くても、そういう欲はあるんだね……じゃ、私は駅だから……また明日ね」
夕日が校舎を照らし、校門を出る玲良と穂高。玲良は駅の方向へ歩き、穂高はマンションへ帰るのだが、穂高は玲良と離れたくなくて、手を掴むと駅の方向へ歩く。
「送る」
「駄目だよ、往復なんてさせられない」
「せめて駅迄」
「…………駅迄ね」
いつの間にか、穂高の手は玲良の手の指を絡め繋がっていた。
「電車乗換なんだよな」
「………乗換駅から自転車で帰ってる……5駅分体力使っちゃうけど」
「何で?………あぁ、痴漢のトラウマ?」
「……………うん……それに同中の子達と会う可能性あるから」
「俺みたいに独り暮らしすりゃいいじゃないか」
「言わなかった?私今独り暮らしよ」
「え!」
「…………お父さんの持ち家だし、家主のお父さんはアメリカだから」
遠い目をして、語る玲良。横顔からは考えている事が読めない。
「お祖母さん居たろ?」
「お婆ちゃんは別の家に居る。お父さんのお兄さん夫婦と同居なの……お父さんはアメリカでの仕事が忙しいし、私の受験中だったし、お母さんが卒業した高校に入りたかったから我儘言っちゃったんだ………お母さんがやりたかった研究も半ばで亡くなってしまったから、私が続けたい……」
「…………医学部志望なんだ……」
「とが…………穂高君は?医者になるの?」
「…………まぁ、とりあえず……母さんが開業医だし、跡継げって言われてはいるけどなぁ…………そんなもんは、まだ決められるかよ」
「何の開業医?」
「………産婦人科」
「………あぁ…………だから……知識だけはある……」
「言うと思った」
駅に着き、穂高の手から逃れた玲良。
「じゃあね」
「気をつけてな」
「…………うん」
お互いに、温もりが無くなっていく手を見つめ余韻に浸った。
☆☆☆☆☆
試験が終わり、勉強以外の時間で会うのは久々の玲良と穂高。高校の最寄り駅にあるカフェで昼食を食べていた。試験の答え合わせと称し、穂高が玲良を誘ったからだ。
「だぁ!!また負けたんじゃねぇ?これ」
「……………私が合計点986点……穂高君が980点……自己採点ではそうみたい………英文和訳が自信なかったからその点数や、間違ってる問題省いてはいるけど……」
10教科の試験での結果だ。自己採点の為確定ではないものの、書いた答えから導く点数からしたら、穂高の凡ミスの方が多い。
「頭良過ぎだろ……」
「充分、穂高君も成績いいじゃない」
玲良は自然に、名前呼び出来る様になっていた。苗字呼びする都度キスをされては堪らない。
「…………呼び捨てのがいいんだけどなぁ…」
「そんな事言ってるから、私に負けるんじゃない?」
「…………よし……次の掛けしようぜ」
「え?また?」
「どれか1教科でもいい、俺の方が高い点数のがあったら、マンションで家デートな!」
「…………なし崩しされそうなんだけど…」
「……………掛けに玲良が勝てば諦める!」
「…………自己採点で私のが取れてない教科あるんだけど…………」
試験用紙を見て、何とも説明はしようがない表情をする玲良。複雑で、付き合ってる恋人同士と認識されつつある関係ではあるが、まだ2回目はシていない。
「……………はぁ……」
「何だよ、溜息なんて付いて」
「いいよ、『お家デート』………試験結果後でいい?」
「!!………あぁ!!」
嬉しそうな顔をする穂高を見て、玲良は悪い気はしなかった。
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