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しおりを挟む翌日、医者の診察の元、アルマはまだ寝室で謹慎をさせられていた。
「公爵閣下」
「何だ」
「奥様の月の穢れの周期から考えますと、恐らく妊娠は無いかと」
「…………だが、確実に次の周期が無いとそれは言えないのだろう?」
アルマの前で、あまりジークハルトに聞かせたくないデリケートの話で、身の回りを世話する侍女達も、顔を赤らめている中、アルマだけは青褪めている。
終始、診察中ジークハルトがアルマを見つめ、アルマは突き刺さるその目線に合わせる事が出来ないでいた。
普段優しく微笑むジークハルトではないのが、アルマには辛かったのだ。
「体温から察するに明日明後日には周期が来るかと…………ご懐妊を求めるなら、その日から2週間前後になさるのがよろしいです」
「…………俺が求めるのは、それではない。妻はまだ若い。成長期の妻に妊娠は出来ても出産は負担を掛ける」
「…………あ………アマリリス様の………あの方は奥様より若かったのです!あの方と奥様は違いますし………」
「黙れ…………俺がその事で譲歩する事はない。今の妻に子供は要らん…………終わったなら下がれ………侍女達もだ」
空気がピリピリとしている。
アマリリスという女の名はアルマは知らず、ジークハルトの以前の恋人なのか、とも思った。その名が医者から出るという事は、この領地でその医者に診て貰っていた、と分かる。
そして、妊娠と出産を経験し、その女はジークハルトの大事な人なのだ、と直感した。
だからこそ、妻になったアルマの妊娠と出産は過敏になっていた、という事だろう。
侍女や医者を下がらせ、2人きりになった寝室。
ジークハルトの視線が痛くて、アルマは俯いてしまう。
「アルマ」
「は、はい………」
「月の穢れが来たら直ぐに教えなさい。いいね?」
「は、はい………分かりました」
「…………何か読みたい本があれば持って来るが、あるか?」
「いえ…………ありません………あ、あのジーク様………セルトは如何なりますか?」
「アルマが気にする事はない。処罰するだけだ」
「生命を奪わないで頂けませんか?あんな人でも、リンデル伯爵領では大事な騎士だったのです」
こんな時期にお願いしていい話ではないと、アルマも思っているが、生命だけは助けてあげたいので、早く話そうとお願いしたのだ。
「…………夫の前で、前の恋人の生命の心配か……」
「セルトにはもう愛情なんてありません!私は………貴方の妻です!裏切ってしまった事はどんな事をしても償います!如何か………もし、離縁すると仰るなら離縁も従います!リンデル伯爵領の救済も止めて頂いて構いません!私は一生、リンデル伯爵領から出ずに領地管理に力を注ぐ所存です!」
「離縁したら、あの男と結婚するのか?」
「しません!今、もう彼に愛情なんてありませんから!」
ジークハルトに好きだ、と言えば楽かもしれない。
でも、その一言が出ないのはジークハルトが怒っているからで、煽てる様な捉え方をされるのではないかと懸念したからだ。
「だが、離縁したらリンデル伯爵領に戻るのだろう?そして、もし俺があの男を釈放したらあの男もリンデル伯爵領に帰るだろう、君を追ってな…………そんな事を想像したら虫唾が走る!…………離縁はしない。君はこの地で俺の妻で居るんだ」
「…………分かりました……ジーク様の仰る通りに致します」
傍に居られて嬉しい筈なのに悲しい。
このアルマの好きという気持ちが、ジークハルトに伝えられない事や、裏切った行為への後ろめたさで、許してくれないジークハルトに何を言っても信じてくれないのではないか、と思うとまた涙が溢れて、ドレスを膝上で握り締めた手の甲にポツポツと濡らした。
「っ!…………また後で様子を見に来る」
「……………お気遣い感謝致します……」
腰掛ける椅子に座ったまま、ジークハルトに頭を下げるぐらいしか出来なかったアルマ。
本当であれば立って見送るのが礼儀だろうに、その気力も無い。
その姿にアルマが見れない角度でジークハルトは握り拳を作り震えていたのは、ジークハルトもまた言い過ぎた、と後悔している様だった。
ジークハルトがその夜顔を出しに寝室に来る迄、アルマはずっと1人、誰も呼ぶ事もなく、昼食さえ食べなくなった。
「何?食べてない?」
「はい…………お持ちした物に一切口を付けておらず………カラトリーも汚れていませんでしたから、触りもしなかったと」
その日の夜、執務室で夕食をつまみながら仕事中のジークハルトに伝わったのは、アルマが昼食を食べていない、という話だった。
侍女が夕食を運びに行くと、手付かずの昼食が残され、その間も様子を見にお茶を淹れに部屋へ訪れた侍女が、昼食の事をアルマに聞くと、食べると返してきたのでそのままにしておいたという。
「朝は?」
「…………朝は少量だそうで」
「っ!……………アルマに会いに行く」
「旦那様」
「何だ?」
執事がジークハルトを引き留めた。
「旦那様は奥様にお気持ちをお伝えなさいましたか?」
「…………なっ……」
「旦那様は奥様に慕われている事がお分かりになられていない。奥様への怒りを先ずは沈めねば、すれ違いのままかと」
「…………言い過ぎたのは認めている。一番辛いのは彼女だ……それを追い詰めたのも分かってる………だが、この怒りをあの男の生命で償わせようとしたら、アルマが止めた!」
「当然かと………」
「当然?」
執事はジークハルトが子供の頃から邸に勤めている男だ。その年の功で助言出来る事は言いたいのだろう。
「旦那様はあの男とは面識は無いですが、奥様はございます。別れたとはいえ、一時は愛情があった男に、ご自分が慕う旦那様が生命を奪うのは見ていられないのでしょう。お優しい奥様ならあり得る事かと………もし、止める事がなかったなら、私共侍従は奥様を慕っておりませんよ。アマリリス様の親愛する方のお嬢様なんですから、奥様は」
「……………っ!」
それでもジークハルトの心配は尽きないので、執事の言葉を胸に執務室を出て行った。
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