白雪

柊 奏

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第五雪【数年後】

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 数年後。

 私は、大学卒業後、都内の大学病院の産婦人科に就職した。

 大学で学ぶ中で、人が生まれる瞬間に立ちあいたいと思った。
 自分は望まれて生まれたわけではないけれど、他の人の望まれて生まれてくる瞬間を見続けたい。
 自分の胸にぽっかりと空いた穴を埋めるように。

 でも、そう何事もうまくいかないものだ。

「……っどうして!赤ちゃんは助けてって言ったじゃない!!私は死んだって良かったのに!!」

「……っ」

 ベットの上で泣きながら怒っている、今日をもって母親になるはずだった女性と父親になるはずだった男性。
 しかし、それは叶わなかった。

「手は尽くしました。しかし、赤ちゃんよりも奥様の方が助かる確率が高かったんです。あの時に、赤ちゃんを優先していたとしても、生存は見込めないと判断しました。その旨は、事前にご説明した通りです。この度は、誠にご愁傷様でした。」

「そんなっ!!貴方達、人殺しよ!!」

「やめないか。すいません。妻は動揺してまして……」

「いえ、奥様のお気持ち心中ご察しいたします。とりあえず、奥様の容態も気を抜けない状態ですので、しばらくは安静になさってください。」

 
 ドラマでありそうなセリフだな、と思いながら九条というネームプレートをぶら下げた先生の横で私は黙って聞き続けた。

 人を助ける仕事でありながら、選択に迫られれば確率と自身の保身のために、1つの命を見捨てるのだ。あくまで家族の同意の上だが。

 患者の病室を後にした後、九条先生がため息ととも私の方を振り向いた。


「赤月、あのご家族は残念だったけど、今回みたいなケースはこの先何回かくるからな。気持ち痛いかもしれないけど、強くなれよ。ちなみに言うと、人なんていつ死ぬかわかんないし後悔しないように生きろよ。これ俺の教訓。」

「……確かに気分が良いものではないですね。あのご家族の隣の部屋では、あの赤ちゃんが死んだ同じ時刻に生まれて家族3人で笑顔で過ごしているのに。残酷ですね。」

「……ほんと普通のトーンでそれを言えるお前は肝のすわった医者になるだろうよ。先生は今後が楽しみです……」

「褒め言葉としていただいておきます。」

 でも、実際そうなのだ。
 一つの命が亡くなると同時に一つの命が誕生する。
 そんな当たり前なことが、この世の中では普通なのだ。

「あ、例の赤ちゃんのご遺体、霊安室に移動しといて。」

「わかりました。」

 先程の赤ちゃんは、これから葬儀等行うかもしれないが、とりあえずは霊安室へ保管することとなった。

   
 私はひとり、先程の赤ちゃんと対面した。

 顔にかぶせてある布を一度寄せると、そこにはまだ一度も目を開いた姿を目にすることなく、この世を旅立った無邪気な表情が浮かべられていた。

「……っ」


 何故かわからないが、自身の頬に触れると涙が流れていた。

「どうして……」

 赤ちゃんを助けられなかった不甲斐なさか、先程の女性の言葉のせいか、自分は酷く無力なのだと実感したからか。


 ガチャッ。

「あかつき~。そいえば霊安室の場所の暗証番号わかるか……って。」

「……っ!?」

「あ~……まぁ、そんな平気なわけないよな。なにせ、目の前で人の命消えてるわけだし。悪かったよ。お前、もう今日は上がれ。後は、俺やっとくから。」

「……いえ、私は全然、大丈夫です。」

「無理すんな。今まだ慣れてないだろうし、今日は色々忙しかったから。上司命令です。お願いだから、上がってください。」

  そう言って、先生は私の横から赤ちゃんの顔に、再度布を被せた。

「……ありがとうございます。では、お先に失礼させていただきます。」

 私の直属の上司とも言える、九条先生は、見かけによらず優しい。
 私はこのままいたところで邪魔になるだけだろうと思い、お言葉に甘えて帰宅することにした。

    

 そこからのことは、いまいちよく覚えていない。

 あの赤ちゃんの亡き顔が頭から離れなくて、気がついたら狭いワンルームのアパートに帰ってきていた。

 私は、羽織っていたコートも脱がず、とりあえず、部屋の真ん中に座り込んだ。

「生きるのも死ぬのも残酷だな……」

 座り込んだまま、頭の中で今日の出来事がフラッシュバックした。

『後悔しないように生きろよ。』

 不意に、受け流しながら聞いていた九条先生の言葉を思い出した。

「私の、後悔……」

 
 そんなもの、一つしかない。

 私は、ゆっくりとポケットからスマホを取り出した。
 電源を入れると、すでに充電は十パーセントしかなくて、マズイとは思ったが、私は気にせず暗証番号を解き、連絡先一覧を流し見る。

 ゆっくり、右手の人差し指で、懐かしい人の番号を探す。

「……あった。やっぱり、消してなかった。」

 彼に教えてもらった番号。
 数年経った今、決して今も同じだとは思わないけれど、私は、恐る恐る、発信ボタンを押した。

 
 そう、きっと疲れていたのだ。
 でなければ、こんなことするはずない。

  プル…プルルルル…

 繋がって欲しい。
 繋がって欲しくない。

 一回、二回、三回っと着信音が鳴る。

    

「……やっぱり繋がらないよね。」

  半ば諦めかけたその時だった。

『はい。』

「っ!?」


 その声は忘れもしない、まぎれもない彼の声だった。







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