5 / 7
第五雪【数年後】
しおりを挟む数年後。
私は、大学卒業後、都内の大学病院の産婦人科に就職した。
大学で学ぶ中で、人が生まれる瞬間に立ちあいたいと思った。
自分は望まれて生まれたわけではないけれど、他の人の望まれて生まれてくる瞬間を見続けたい。
自分の胸にぽっかりと空いた穴を埋めるように。
でも、そう何事もうまくいかないものだ。
「……っどうして!赤ちゃんは助けてって言ったじゃない!!私は死んだって良かったのに!!」
「……っ」
ベットの上で泣きながら怒っている、今日をもって母親になるはずだった女性と父親になるはずだった男性。
しかし、それは叶わなかった。
「手は尽くしました。しかし、赤ちゃんよりも奥様の方が助かる確率が高かったんです。あの時に、赤ちゃんを優先していたとしても、生存は見込めないと判断しました。その旨は、事前にご説明した通りです。この度は、誠にご愁傷様でした。」
「そんなっ!!貴方達、人殺しよ!!」
「やめないか。すいません。妻は動揺してまして……」
「いえ、奥様のお気持ち心中ご察しいたします。とりあえず、奥様の容態も気を抜けない状態ですので、しばらくは安静になさってください。」
ドラマでありそうなセリフだな、と思いながら九条というネームプレートをぶら下げた先生の横で私は黙って聞き続けた。
人を助ける仕事でありながら、選択に迫られれば確率と自身の保身のために、1つの命を見捨てるのだ。あくまで家族の同意の上だが。
患者の病室を後にした後、九条先生がため息ととも私の方を振り向いた。
「赤月、あのご家族は残念だったけど、今回みたいなケースはこの先何回かくるからな。気持ち痛いかもしれないけど、強くなれよ。ちなみに言うと、人なんていつ死ぬかわかんないし後悔しないように生きろよ。これ俺の教訓。」
「……確かに気分が良いものではないですね。あのご家族の隣の部屋では、あの赤ちゃんが死んだ同じ時刻に生まれて家族3人で笑顔で過ごしているのに。残酷ですね。」
「……ほんと普通のトーンでそれを言えるお前は肝のすわった医者になるだろうよ。先生は今後が楽しみです……」
「褒め言葉としていただいておきます。」
でも、実際そうなのだ。
一つの命が亡くなると同時に一つの命が誕生する。
そんな当たり前なことが、この世の中では普通なのだ。
「あ、例の赤ちゃんのご遺体、霊安室に移動しといて。」
「わかりました。」
先程の赤ちゃんは、これから葬儀等行うかもしれないが、とりあえずは霊安室へ保管することとなった。
私はひとり、先程の赤ちゃんと対面した。
顔にかぶせてある布を一度寄せると、そこにはまだ一度も目を開いた姿を目にすることなく、この世を旅立った無邪気な表情が浮かべられていた。
「……っ」
何故かわからないが、自身の頬に触れると涙が流れていた。
「どうして……」
赤ちゃんを助けられなかった不甲斐なさか、先程の女性の言葉のせいか、自分は酷く無力なのだと実感したからか。
ガチャッ。
「あかつき~。そいえば霊安室の場所の暗証番号わかるか……って。」
「……っ!?」
「あ~……まぁ、そんな平気なわけないよな。なにせ、目の前で人の命消えてるわけだし。悪かったよ。お前、もう今日は上がれ。後は、俺やっとくから。」
「……いえ、私は全然、大丈夫です。」
「無理すんな。今まだ慣れてないだろうし、今日は色々忙しかったから。上司命令です。お願いだから、上がってください。」
そう言って、先生は私の横から赤ちゃんの顔に、再度布を被せた。
「……ありがとうございます。では、お先に失礼させていただきます。」
私の直属の上司とも言える、九条先生は、見かけによらず優しい。
私はこのままいたところで邪魔になるだけだろうと思い、お言葉に甘えて帰宅することにした。
そこからのことは、いまいちよく覚えていない。
あの赤ちゃんの亡き顔が頭から離れなくて、気がついたら狭いワンルームのアパートに帰ってきていた。
私は、羽織っていたコートも脱がず、とりあえず、部屋の真ん中に座り込んだ。
「生きるのも死ぬのも残酷だな……」
座り込んだまま、頭の中で今日の出来事がフラッシュバックした。
『後悔しないように生きろよ。』
不意に、受け流しながら聞いていた九条先生の言葉を思い出した。
「私の、後悔……」
そんなもの、一つしかない。
私は、ゆっくりとポケットからスマホを取り出した。
電源を入れると、すでに充電は十パーセントしかなくて、マズイとは思ったが、私は気にせず暗証番号を解き、連絡先一覧を流し見る。
ゆっくり、右手の人差し指で、懐かしい人の番号を探す。
「……あった。やっぱり、消してなかった。」
彼に教えてもらった番号。
数年経った今、決して今も同じだとは思わないけれど、私は、恐る恐る、発信ボタンを押した。
そう、きっと疲れていたのだ。
でなければ、こんなことするはずない。
プル…プルルルル…
繋がって欲しい。
繋がって欲しくない。
一回、二回、三回っと着信音が鳴る。
「……やっぱり繋がらないよね。」
半ば諦めかけたその時だった。
『はい。』
「っ!?」
その声は忘れもしない、まぎれもない彼の声だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる