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第一章:記憶

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「お疲れ様です。お仕事は落ち着いたんですか?」

 華頂さんがにこやかに微笑んで尋ねて来てくれるから、苦笑を返す。

「お客さんとの打ち合わせがキャンセルになりまして。急に暇になったんです。どうです、こちらは終わりましたか?」
「えぇ、もうほぼ終わりました。コーヒー、いただいてます」

 俺が出したわけではないけど、どうぞどうぞとジェスチャーする。だけど華頂さんは上着のポケットに手を入れたまま、「土田さんもコーヒー飲みましょうよ」と言ってポケットから小銭を取り出した。

「いや、いいですいいです!」

 それを受け取るわけにはいかないだろ!

「どこかに自販機はなかったかな」
「無いです無いです! コーヒーなら入れてきますから!」
「ほんと?」
「ほんとです、ほんと。ありがとうございます」

 まぁでも、入れてはこないけど。

 無事に断り終えると、華頂さんは宴会場の階段を見上げた。

「千佳ちゃん、あそこから降りて来てよ。花嫁気分になれるかもよ?」
「やめてくださいよ、セクハラですよ、それ」
「おー、こわ」

 軽快なやり取り。ここで俺が、お二人でどうぞ、とか言えばいいんだろうけど、場の空気的にやめておいた方が良さそうだ。森井さんは若そうだから大丈夫だろうけど、細谷さんと小野崎さんはきっと華頂さんを狙っているだろうから。どちらかを指名すれば大喧嘩になりそうだ。それくらいバチバチな気がするぞ。

「じゃ、俺上ろう~! 上っていいですか、土田さん!」

 そう言って、華頂さんは無邪気に目をくりくりさせる。

「え? えぇ、もちろんです。どうぞ」
「やった! あきらくんも一緒に行こう!」

 華頂さんは、ビックリする真田さんの腕を掴んで駆け出すと、二人で一気に階段を駆け上がった。そして、上りきった先にある入場扉を開けようとしたけど、残念ながら鍵を掛けてあるから開けられない。登場シーンを再現できないことに華頂さんは笑いながら残念がったが、気を取り直して真田さんの腕に自分の腕を通した。

「やだぁ、茜、女の子になっちゃ~う!」
「やめてください、気持ち悪い。冗談は名前だけにしてくださいよ」
「おい! 失敬な! 人の女みたいな名前をここぞとばかりに弄んじゃねぇ!」
「自分で言ったんでしょうが」

 二人のやり取りに、フロアの俺達は声を上げて笑った。でも、華頂さんも楽しそうに笑って、真田さんも笑顔だ。クリーンな職場みたいだな。そりゃ社長があれだったら、どう頑張ってもブラックにはならないか。

 華頂さんはノリノリでこちらに手を振り、真田さんと優雅に階段を下りてくる。けど、華頂さんは楽しそうというだけでなく、どこか幸せそうに見えて、何故かふと「あぁ、そうか。二人はお付き合いしているのか」と思ってしまい、瞬時に首を振った。
 そんな馬鹿な。

 あり得ない自分の思考回路に若干困惑しながら、その考えをぺいっとよそに捨て去る。
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