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第三章:目印

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 その顔は見る見るうちに真っ赤になって、でも瞳は逸らさず真剣で、俺より頭半個分大きな彼は、まるで女の子みたいに小さく震えて俺の手をぎゅっと、ぎゅうっと強く握った。

 えっと……えー……っと。予想外の展開だぞ、これは。つまりこれは……、どういう?

 俺の方が先に視線を彷徨わせてしまい、握り込まれた手に可笑しな汗が溜まっていくのを感じた。

「またいつか……ではダメとなると、つまり、うちの式場の……専属アーティストにな……りたいというご希望で、よろしいでしょうか?」
「ちがっ、そうじゃなくて!」

 馬鹿野郎!と顔に書き、華頂さんは俺の手を離すと、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。そして躊躇いもせずに真っ直ぐと言った。

「連絡先教えてください」
「はぁ!?」

 さすがに可笑しな声を出してしまった。それは可笑しいだろうよ!

「え? 口説いてるってことですか!?」
「ぅわ、やめてください、そういうこと言うの! そういうことじゃなくて!」
「じゃ、どういうことですか!?」

 そりゃ、俺の声も大きくなるってもんだ。
 どういうつもりなんだよ! 俺は男で、一組の夫婦を通じてたまたま一緒に仕事をすることになっただけの、しがないウエディングプランナーだぞ!?
 結婚式の仕事以外で俺達が関わる必要は今後一切ないわけで、「またいつか一緒に仕事」がしたいのなら、個人携帯番号なんか必要ないだろ! 三か月前に渡した名刺の情報だけで十分のはずだ!

「どういうことって……、えっと……その」
「い……嫌ですよ! 個人の番号教えるなんて!」
「えっ! そ、そんなこと言わずに! お願いします!」
「はぁあ!?」

 そこは食い下がるところだろ! ど直球に断ってんだから!

「知ってどうするんですか?」
「はい! では、ご飯に行きましょう!」
「いやそれ! 口説いてますよね!?」
「口説いてないですよぉ!」

 彼は「お願い! ね、この通り!」と俺に手を合わせて頭を下げる。
 どういうつもりなんだ? どういうことだよ?

「ちょっと……、目的が本当に分からないんですけど」

 困惑する俺に、彼は眉を下げると、廊下を行きかうスタッフ達に気を配りながら、そっと俺の隣に並ぶように立った。そして──。

「貴方に会ってから、この三ヶ月……、俺可笑しくて……」
「可笑しい? まぁ、今もかなり可笑しいですけどね」
「はは、厳しいなぁ……、否定は出来ないんですけど。でもなんというか、その、夢を……見るんです」

 夢? 俺の夢をか?

「貴方の声が、俺じゃない俺の名前を呼ぶんです」
「どういうことですか」

 “華頂茜”以外の貴方の名前なんて、俺は知らないんだけど。

「俺も分かりません。何と呼んでいるのかも、起きてしまえば忘れてしまうんですけど、優しくて、温かくて、……こんなことを言うと気持ち悪がられそうな気がするんですけど……、俺を……俺のことを……」

 華頂さんは自分の両手をぎゅっと握り込み、俺の目を見ることなく、震える唇で、小さく小さく、本当に小さく続きの言葉を発した。

「可愛い、と言ってくれる……ん、です」
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