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熱帯夜

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 思いのほか声が大きかったことに慌てて口を覆い、息を潜めてトイレ内の空気を読む。志藤の他に誰もいないのか、トイレ内は静まり返っていた。ほっと胸を撫で下ろしたのと同時に少し冷静さも取り戻す。

 二人が付き合っていると考えるからおかしなことになるのだと。二人ともタチ、つまり攻めで男役なのだと結論づける。そうすると、志藤はどことなくホッとした。
 知っている人が男に抱かれているのを想像するのは、まだ幼い志藤には刺激が強すぎた。 

 なにせアイドル事務所にいるのだ。女を魅了してなんぼの世界。そこでまさか男同士で乳繰り合っているなど可笑しな話である。可笑しな話なのだが、あの日の二人の会話ではその可笑しな話が事実存在しているのだとそう言っていた。

(あの日、菊池くんが狙っていたのは雪村さんだったのかな? それともたいちゃんなんだろうか)

 今となってはそれすら分からなくなっている。ユキに限ってそれはない、と言い切ったのは佐久間。加えて、玉砕して追い出されるぞとも彼は言っていた。それを単純に解釈すると菊池は雪村狙いであると結論付けられるが、雪村を親友としている太一狙いなのだとしたら、雪村に噛みつかれてえらい目に合うぞ、という意味にもすり替えられるのだ。

 どちらを狙っていたかによって、菊池のポジションが違う。

 志藤はそう思った。雪村なら菊池は受けだろう。だが、太一を狙っているなら菊池は攻めだ。結果、志藤はやはり菊池の受けが想像できず、太一狙いなのだと結論付けた。

 そうなると、まず菊池のマークは絶対に外せない。彼の “我慢” がいつまで持つか分からないからだ。

(我慢するなんて菊池くんは言ったけど、そういうのって我慢できるものなの?)

 志藤はトイレットペーパーを引き出しながら小首を傾げた。

(好きとか嫌いとかじゃなくて、体の関係だけでいいってこと?)

 自分でそう考え、志藤は頬を赤らめた。

(お……大人すぎるよ。高校二年生ともなるとそういうものなのかな?)

 志藤はひとりでアセアセと洋服を整え、個室を出ようとした時。聞き覚えのある声がトイレ内にこだました。

「何で沖がひな壇最前列なんだよ!」

 苛立ちを隠しもしない声。志藤はハッとして息を潜めた。

「あんな華のない男を最前列に置く意味あるか? まともにトークもできないくせに!」
「まぁまぁ、気持ちはわかるけど」

 宥なだめる声の主も、志藤にははっきりと誰か分かった。黒野影虎と猫居鈴音だ。火曜日のトップナイン二人。志藤は一度外した個室の施錠を掛け直そうかと思ったが、ギリギリでそれを踏み止まった。
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