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壊れた信頼

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「誰のための休憩だ。ちゃんと休め」

 険悪なムードはここ最近ずっと続いている。雪村だって苛立っている。だがそれを「まぁまぁ」なんて落ち着かせられる強者は、正直メンバーの中にはいない。あえて言うなら、それはすべて志藤の役目だったのだ。しかしその志藤と雪村が険悪なのだからどうしようもない。
 こういう時、太一は無力だ。怒っている雪村を止めた試しなどないから。エッグがどやされているのを、太一はいつも遥か後方から見ていただけ。雪村の隣に並べなかった期間の方が圧倒的に長いから、怒っている雪村への免疫も対処法も何も分かっていないのだ。

 誰も助けてくれないこの状況。頼りなくしょんぼりしているだけの太一と一ノ瀬。志藤の張り詰めたこの状況は、いつ切れたっておかしくなかった。

 だというのに、4月はもう20日余りが過ぎ、ゴールデンウィークに刻一刻と近づいていく。決戦日は、5月2日。運命の日はもうすぐそこまで迫っている。心は焦るばかりだ。

 決戦日は、日曜日。ドリームキャッチはその日だけ曜日を移動し、特番として全国にそのライブビューイングを流すことになっている。

 CD特典として付いている投票権の回収は、すでに始まっていた。
 音楽ホールで行われる決勝戦のチケットは、発売早々一時間も経たずに完売となり、超激戦の倍率だったと情報番組で話題にもなった。

 運命の期日はもう目前。
 太一の荷造りも着々と進んでいた。勝っても負けても家を出ることになる。二度と帰ってくることはない。十五年間暮らした家は、中古物件として売られていくのだ。その手続きももう済まされていて、家は決戦後の五日に明け渡すことになっていた。
 母親の荷物も、その殆どがすでにアメリカへと送られている。

 がらんとしている殺風景な家にいると、太一は寂しさと共に激しい焦りに狂いそうになる。志藤の精神状態も限界だったけど、もちろん太一だって同じくらい追い詰められていた。

 そしてこの日、遂にすべてが爆発した。

「志藤、てめぇ! やる気あんのか!?」

 聞きなれた怒号がダンススタジオの一室に響き渡り、流れていた音楽は一旦停止された。すみません、と謝ることすら出来ず、志藤は肩で息をしながら俯いた。

「お前何考えて踊ってんだ? 全然周り見えてねぇし、ビックリするほど雑だ! それで踊れてるつもりかよ!? ろくに振りも覚えられてねぇくせに他のこと考えながら踊ってんじゃねぇよ!」

 言葉を選びもしない容赦ない言葉が浴びせられ、志藤は頭に巻いていたタオルをダンスフロアに叩きつけると、初めてダンスレッスンの最中に雪村へ言い返した。

「うるせーよ! ちゃんとやってんよ! ガミガミガミガミ偉そうに怒りやがって! お前一体何様なんだよ!」

 志藤がこんな風に怒るのは、極めて稀だ。
 彼が雪村と喧嘩する時は、意見が合わなかった時だけ。ああじゃない、こうじゃないと意見交換に熱が入り始めて喧嘩になる、というのがいつものパターン。だから注意を受けて逆ギレするなんてまず誰も想像していなかった。
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