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突然スタートさせられた異世界生活
☆閑話 その頃のアノーリオン
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ララが旅立ってから二日経った。
いきなり旅立つ事になってあの子は無事かのぅ?ララと日課になった昼寝場所に一人寝そべる。
一人で満足に歩けもせず落ちきった体力に、敵陣に突っ込めと送り出されたのだ。戸惑わないはずが無いし、ましてや敵陣。仇に会うことになるかもしれない。常に緊張を強いられ、心は千々に乱されるだろう。
だがアノーリオンにはある予感があった。きっとララが帰ってくる時、人間も魔族も、良くも悪くも変化の時を迎えるだろう、と。これは永く生きた者の勘だった。
「泣いていなければよいの。いつでも健やかに。」
彼女の口数は決して多くない。いや、そうならざるをえなかったのか。だがあの意志の強い目だけは、いつでも燃え盛っているようだった。目標があるうちはまだ良い。だが、目標が無くなった時彼女は、と考えて珍しくギルミアが訪ねてきた。
「なぜそこまであの人間に肩入れする?」
「これはこれは。お主が訊ねてくるなんて珍しい事もあるもんじゃ!長生きはしてみるもんじゃのぅ。なぁ、森の民 ギルミアよ。」
「質問に答えてくれないかい?アノーリオン。」
「あの子はとっても良い子じゃ。それが理由にはならんか?」
常々思っていた。ここに訪れる異世界人は皆、全てを奪われ絶望していた。だが次第にこの世界に慣れてくると、復讐しようと暴力的になることも無く、ゆっくりと自分で思いを昇華して前を向いて歩いてゆく。前を向けるようになるまで、やり場のない思いに幾度涙しただろうか。何度眠れぬ夜を過ごしただろうか。再び立ち上がろうとする姿はなんと力強く、なんと愛しいことか。
哀れな異世界人の性質は疑うことなく善であると言い切れる。生きようともがく様は、こんな見ず知らずの世界でも生き抜こうとしてくれるのかと思い、一人一人がとても愛おしかった。
そのような哀れな子らの為にしてあげられることはその背中を押し、肩の力を抜いてやること位しかしてやれぬ。
「なるはずがないよね?いくらでも偽ろうと思えば偽れるだろう?」
「森の賢者殿よ。お主のその眼も頭も、大分曇って錆び付いて黴が生えておるようじゃの。ならば聞こう。人の本性が見える時はいつだ?」
「欲望を前にした時だ。そんなの決まってるじゃないか。性欲、物欲、金、権力。それらを目の前に見せつければ食いつかないはずが無い。これは真理だよ。」
「愚か者め。だから森の民は何時までたっても変われぬのだ。」
「僕の種族を馬鹿にするのか!僕たちは完璧なんだ!これ以上の変化を望んでいない!」
「良いか。人は極限まで追い込まれた時に最も多くの本性を垣間見せるのじゃ。それだとて全てではない。ではララの場合はどうじゃ?彼女は被害者じゃ。じゃが、やり場のないその恨みや怒りを我らに一度でもぶつけたことがあるか!?我らの同胞を傷つけた事があったか!?
よく考えよ!!ギルミア!!」
目の前の青年は言葉を荒げたことでようやく目の前の老獪な生き物が怒っている、という事を理解した。普段の温和な様子からは想像できないほどに苛烈だった。
「ララちゃんは守とは違う。ララちゃんは被害者だけど、その被害者であろうと今の平穏を乱す事は許されない。そうだろう?そうじゃなきゃ、犠牲になった人達の死が無駄になる。」
「守と同じように犠牲にならなければ認められぬという事か?森の賢者よ、教えておくれ。今の平穏は真の平穏と言えるのか?この世界の問題はこの世界で生きる者達だけで解決すべきじゃ。
……お主はララの立場になって想像したことがあるか?ララだけではない、独り立ちすらしていない守られるべき雛達がどんな想いでここに辿り着くか一度でも慮った事があるか?儂はこの世界に生きる者として胸が潰れそうじゃ…」
「彼らだってこの世界に来た以上はこの世界のルールに従うべきだ。」
ギルミアは背を向け、来た道を戻っていった。
かの青年の背が小さくなった頃、ため息と同時に呟いた。
「彼はもはや森の賢者の名に非ず。最早制約は形骸化しているというに、未だしがみつくか。」
そこには幾千の修羅場を越えてきた老獪な生き物が世界の行末を案じていた。
いきなり旅立つ事になってあの子は無事かのぅ?ララと日課になった昼寝場所に一人寝そべる。
一人で満足に歩けもせず落ちきった体力に、敵陣に突っ込めと送り出されたのだ。戸惑わないはずが無いし、ましてや敵陣。仇に会うことになるかもしれない。常に緊張を強いられ、心は千々に乱されるだろう。
だがアノーリオンにはある予感があった。きっとララが帰ってくる時、人間も魔族も、良くも悪くも変化の時を迎えるだろう、と。これは永く生きた者の勘だった。
「泣いていなければよいの。いつでも健やかに。」
彼女の口数は決して多くない。いや、そうならざるをえなかったのか。だがあの意志の強い目だけは、いつでも燃え盛っているようだった。目標があるうちはまだ良い。だが、目標が無くなった時彼女は、と考えて珍しくギルミアが訪ねてきた。
「なぜそこまであの人間に肩入れする?」
「これはこれは。お主が訊ねてくるなんて珍しい事もあるもんじゃ!長生きはしてみるもんじゃのぅ。なぁ、森の民 ギルミアよ。」
「質問に答えてくれないかい?アノーリオン。」
「あの子はとっても良い子じゃ。それが理由にはならんか?」
常々思っていた。ここに訪れる異世界人は皆、全てを奪われ絶望していた。だが次第にこの世界に慣れてくると、復讐しようと暴力的になることも無く、ゆっくりと自分で思いを昇華して前を向いて歩いてゆく。前を向けるようになるまで、やり場のない思いに幾度涙しただろうか。何度眠れぬ夜を過ごしただろうか。再び立ち上がろうとする姿はなんと力強く、なんと愛しいことか。
哀れな異世界人の性質は疑うことなく善であると言い切れる。生きようともがく様は、こんな見ず知らずの世界でも生き抜こうとしてくれるのかと思い、一人一人がとても愛おしかった。
そのような哀れな子らの為にしてあげられることはその背中を押し、肩の力を抜いてやること位しかしてやれぬ。
「なるはずがないよね?いくらでも偽ろうと思えば偽れるだろう?」
「森の賢者殿よ。お主のその眼も頭も、大分曇って錆び付いて黴が生えておるようじゃの。ならば聞こう。人の本性が見える時はいつだ?」
「欲望を前にした時だ。そんなの決まってるじゃないか。性欲、物欲、金、権力。それらを目の前に見せつければ食いつかないはずが無い。これは真理だよ。」
「愚か者め。だから森の民は何時までたっても変われぬのだ。」
「僕の種族を馬鹿にするのか!僕たちは完璧なんだ!これ以上の変化を望んでいない!」
「良いか。人は極限まで追い込まれた時に最も多くの本性を垣間見せるのじゃ。それだとて全てではない。ではララの場合はどうじゃ?彼女は被害者じゃ。じゃが、やり場のないその恨みや怒りを我らに一度でもぶつけたことがあるか!?我らの同胞を傷つけた事があったか!?
よく考えよ!!ギルミア!!」
目の前の青年は言葉を荒げたことでようやく目の前の老獪な生き物が怒っている、という事を理解した。普段の温和な様子からは想像できないほどに苛烈だった。
「ララちゃんは守とは違う。ララちゃんは被害者だけど、その被害者であろうと今の平穏を乱す事は許されない。そうだろう?そうじゃなきゃ、犠牲になった人達の死が無駄になる。」
「守と同じように犠牲にならなければ認められぬという事か?森の賢者よ、教えておくれ。今の平穏は真の平穏と言えるのか?この世界の問題はこの世界で生きる者達だけで解決すべきじゃ。
……お主はララの立場になって想像したことがあるか?ララだけではない、独り立ちすらしていない守られるべき雛達がどんな想いでここに辿り着くか一度でも慮った事があるか?儂はこの世界に生きる者として胸が潰れそうじゃ…」
「彼らだってこの世界に来た以上はこの世界のルールに従うべきだ。」
ギルミアは背を向け、来た道を戻っていった。
かの青年の背が小さくなった頃、ため息と同時に呟いた。
「彼はもはや森の賢者の名に非ず。最早制約は形骸化しているというに、未だしがみつくか。」
そこには幾千の修羅場を越えてきた老獪な生き物が世界の行末を案じていた。
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