妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

佐藤 美奈

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第17話

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ブラッドの手紙は、数日後、彼が別れた妻子、セリーヌとクロエが暮らすセレニティの館に届けられた。柔らかな光が館を包み込む中、手紙は丁寧に包まれて館の玄関に到着した。

封筒には、少し滲んだインクで書かれたブラッドの名前が記されており、その文字のひとつひとつに、彼の想いが込められているように感じられた。その手紙は慎重に取り扱われた。

「セリーヌお嬢様、こちらにお手紙が届いております」

侍女から手紙を受け取ったセリーヌは、差出人の名を見た瞬間、ほんの一瞬だけ、その手の動きを止めた。その名に込められた意味が、彼女の心に微かな波紋を広げたのだろう。

しかし、すぐにその表情は変わることなく、冷静さを取り戻した。手紙の封を開けることなく、セリーヌは静かにそれを手に取ったまま、そばに立っていた侍女に向かってゆっくりと差し出した。

彼女の目は少しも揺るがず、まるでその一連の動作がすでに決まっていたかのように無言で侍女に渡した。侍女はその視線を受け止め、何も言わずに手紙を受け取ると、セリーヌの静かな意図を理解したかのように、すぐにそれを預かるのだった。

「……これは、もう私には必要のないものです」

「お嬢様……?」

「暖炉に入れて」

その声には、一片の揺らぎもなく、何事もなかったかのように落ち着いていた。言葉の端々には感情が見え隠れせず、冷徹な決意が感じられた。

侍女は、セリーヌの静かな命令を受けると、一言も言わずにただ黙って頷いた。その頷きには、深い理解と従順さがにじみ出ていた。手紙をそっと手に取ると、無駄な動きは一切なく静かな足取りで部屋を後にした。扉が閉まる音さえも、空気に溶け込むように静かだった。

セリーヌは、窓の外に目を向け、広がる夕暮れの空を見つめた。空は、彼女が離宮でよくブラッドと一緒に眺めたあの日と変わらず、オレンジ色から深い藍色へと、静かにその色を変えていく。穏やかな色の移り変わりが、まるで時間の流れを象徴しているかのようだった。

しかし、その美しい景色の中には、もう一つの感情が混じっていた。かつて彼と共に過ごした時間が、この空とともに思い出されるものの、セリーヌの心にはもう、あの頃の温かさや愛情が色濃く残ることはなかった。

彼女はその空を眺めながら、もう決して彼の色に染まることはないと心の中で誓った。過去を振り返ることはあっても、今の彼女の心は新たな道を歩んでいるのだと強く感じていた。

「お嬢様、よろしいですね?」

「ええ」

その後しばらくして、侍女は手紙を暖炉にくべる前に、改めて確認の言葉を口にした。セリーヌは少し沈黙した後、静かに頷きながら返した。その一言には、迷いもためらいもなく、確固たる決意が込められていた。侍女はその返事を受けて、無言で手紙を暖炉の中へと放り込んだ。

手紙は瞬く間に炎に包まれ、その文字が燃え尽きるまでに、まるでブラッドの未練がひとしずくずつ溶けていくように感じられた。ぱちぱちと小さな音を立てながら手紙は燃え上がり、やがてその形を失い灰となった。

炎が消えた後、残ったのはほんの一握りの白い灰だけ。セリーヌはその光景を静かに見守りながら、心の中で何かが静かに終わったことを感じ取っていた。彼女の中で、ブラッドとのつながりが完全に消え去った瞬間だった。

過去は、完全に燃え尽きた。



「一体どうして! どうしてセリーヌから何の返事もないんだ!」

数週間が過ぎても、セリーヌからの返事は一向に届かなかった。ブラッドはそのことに不満を募らせ、何度も執事や使用人に確認した。ちゃんと手紙がセリーヌに届いたのか? 館に何か問題が起こっているのではないか? と彼は、あらゆる可能性を考えて焦っていた。

彼の顔には、深い不安と怒りが入り混じり、腹立たしさを抑えきれず、何度も床を力強く踏みしめていた。胸の中で焦燥感が渦巻き、次第にそれが全身に広がっていくのを感じていた。セリーヌからの沈黙、それはまるで拒絶されているかのような冷たい無言のメッセージであり、ブラッドの心を締めつけ、ますますその思いが強くなっていった。
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