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第21話
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「……ああ。エミリーとは、もう終わったんだ。本当に俺が守るべきだったのは誰なのか、ようやく思い知らされたよ。遅すぎたと分かっていても、胸が張り裂けそうなほど後悔しているんだ」
「まあ、そうですか」
「どれほど時を巻き戻せたらと願っても、過去の過ちを消せないことくらい分かっている。それでも……心の奥底にあるのは、ずっとセリーヌ、君への想いだけだったんだ。熱にうなされるように、苦しくて、どうしようもないほどに君を想っている」
「エミリー様とは、あんなに、お熱いご関係だったのに」
「やめてくれ! セリーヌ……君を深く傷つけてしまったことは、俺自身が一番よく分かっているんだ。胸の奥で何度も何度も自分を責めてきた。だけど、どうか聞いてほしい。あのとき俺が見ていたのは、本物の愛じゃなかった。ただの幻に心を奪われていただけだったんだ」
「幻、ですか」
セリーヌの視線は冷たく澄みわたり、まるで優雅な捕食者が獲物を値踏みするかのように、ブラッドの頭のてっぺんから足先までを静かに見つめていた。彼は言葉を失い、身動きもできずにその場に固まっていた。
かつて深く愛されていた彼女から、今は冷ややかな眼差しで測られている――その事実が、じわじわと苦しみとなって彼の心を締め付けていく。
「では、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか? エミリー様とのご関係が、いかなる理由で終わりを迎えたのか、お聞かせ願えますか?」
その問いかけは、まるで穏やかな風が耳に触れるかのように軽やかに響いた。しかし、その背後にひそむ鋭さは、繊細に研がれた刃のように鋭く、ブラッドの胸に静かに忍び寄った。彼の心の奥深くにひっそりとしまい込まれた思いが、柔らかな糸が少しずつほどけるように、ゆっくりと表に引き出されるのを感じさせるようだった。
「それは……」
ブラッドは突然の質問に戸惑い、しばらくの間、まるで言葉を飲み込んだかのように、動くこともなく黙って立っていた。彼の青い瞳は、助けを求めるように、焦りと困惑を隠しきれずに揺れ動いている。
彼は、迷っているような切羽詰まった表情で、心の中で何度も言い訳を探しているようだった。セリーヌはその瞳から目を離さず、彼がどんな答えを出すのかを、じっと見守り続けていた。
「どうかなさいましたか? 何か、お答えになりにくいことでも?」
追い打ちをかけるように、セリーヌは冷ややかな微笑みを浮かべた。その微笑みは、ブラッドの答えを待ちきれずに、彼をさらに追い詰めるような鋭さを持っていた。彼はその表情に圧倒されるように、心の中で何度も葛藤を繰り返しながらも、ついに観念したかのように重い口を開いた。
「……実は、エミリーから正式に結婚してほしいって言われたんだ。正直、どう答えるべきか迷った。けれど、その瞬間に、セリーヌとクロエの顔が浮かんだんだ。君たちとの時間や、過ごしてきた日々が、一気に胸に押し寄せてきて……どうしても裏切ることができなかった。だから、断ったよ。だけど、それがきっかけで口論になって……『結婚してくれないなら別れる』って、エミリーのほうから言われたんだ」
エミリーが求めてきた結婚の申し出は、ブラッドにとっては予想外のものであり、その一言が心の中で大きな波を引き起こしたと言う。声には痛みが滲んでいた。その言葉から、彼がどれほど悩んだかが伝わってくる。
心の中で、エミリーを選ぶべきか、それとも自分が大切にしてきたもう一つの関係を守るべきか。しかし、答えはすぐに出たようだ。セリーヌとクロエ――彼の妻と娘。彼にとって、ふたりの存在は何よりも大きく、そして大切だった。エミリーとの結婚を考えたとき、その二人を裏切るわけにはいかないと、心の中で強く思った。
結局、ブラッドはエミリーとの結婚を断ったが、その結果、二人の関係は壊れてしまった。エミリーは彼を手に入れることができなかったと、感情的に別れを告げてきた。
「嘘ばかり並べて、まったく、呆れ果てましたわ。あなたが、エミリー様にプロポーズをなさった。そうでしょう?」
「なっ……! どうして、それを……!」
セリーヌから、その言葉が放たれた瞬間、ブラッドは体中に冷徹な冷気が走ったような気がした。彼女は、その事実を知っていた。嘘をついてまで復縁しようとしていた彼が、彼女の前で完全に無力だという事実を、今更ながらに突きつけられたのだ。ブラッドの想いは、今や完全に封じられた。
「まあ、そうですか」
「どれほど時を巻き戻せたらと願っても、過去の過ちを消せないことくらい分かっている。それでも……心の奥底にあるのは、ずっとセリーヌ、君への想いだけだったんだ。熱にうなされるように、苦しくて、どうしようもないほどに君を想っている」
「エミリー様とは、あんなに、お熱いご関係だったのに」
「やめてくれ! セリーヌ……君を深く傷つけてしまったことは、俺自身が一番よく分かっているんだ。胸の奥で何度も何度も自分を責めてきた。だけど、どうか聞いてほしい。あのとき俺が見ていたのは、本物の愛じゃなかった。ただの幻に心を奪われていただけだったんだ」
「幻、ですか」
セリーヌの視線は冷たく澄みわたり、まるで優雅な捕食者が獲物を値踏みするかのように、ブラッドの頭のてっぺんから足先までを静かに見つめていた。彼は言葉を失い、身動きもできずにその場に固まっていた。
かつて深く愛されていた彼女から、今は冷ややかな眼差しで測られている――その事実が、じわじわと苦しみとなって彼の心を締め付けていく。
「では、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか? エミリー様とのご関係が、いかなる理由で終わりを迎えたのか、お聞かせ願えますか?」
その問いかけは、まるで穏やかな風が耳に触れるかのように軽やかに響いた。しかし、その背後にひそむ鋭さは、繊細に研がれた刃のように鋭く、ブラッドの胸に静かに忍び寄った。彼の心の奥深くにひっそりとしまい込まれた思いが、柔らかな糸が少しずつほどけるように、ゆっくりと表に引き出されるのを感じさせるようだった。
「それは……」
ブラッドは突然の質問に戸惑い、しばらくの間、まるで言葉を飲み込んだかのように、動くこともなく黙って立っていた。彼の青い瞳は、助けを求めるように、焦りと困惑を隠しきれずに揺れ動いている。
彼は、迷っているような切羽詰まった表情で、心の中で何度も言い訳を探しているようだった。セリーヌはその瞳から目を離さず、彼がどんな答えを出すのかを、じっと見守り続けていた。
「どうかなさいましたか? 何か、お答えになりにくいことでも?」
追い打ちをかけるように、セリーヌは冷ややかな微笑みを浮かべた。その微笑みは、ブラッドの答えを待ちきれずに、彼をさらに追い詰めるような鋭さを持っていた。彼はその表情に圧倒されるように、心の中で何度も葛藤を繰り返しながらも、ついに観念したかのように重い口を開いた。
「……実は、エミリーから正式に結婚してほしいって言われたんだ。正直、どう答えるべきか迷った。けれど、その瞬間に、セリーヌとクロエの顔が浮かんだんだ。君たちとの時間や、過ごしてきた日々が、一気に胸に押し寄せてきて……どうしても裏切ることができなかった。だから、断ったよ。だけど、それがきっかけで口論になって……『結婚してくれないなら別れる』って、エミリーのほうから言われたんだ」
エミリーが求めてきた結婚の申し出は、ブラッドにとっては予想外のものであり、その一言が心の中で大きな波を引き起こしたと言う。声には痛みが滲んでいた。その言葉から、彼がどれほど悩んだかが伝わってくる。
心の中で、エミリーを選ぶべきか、それとも自分が大切にしてきたもう一つの関係を守るべきか。しかし、答えはすぐに出たようだ。セリーヌとクロエ――彼の妻と娘。彼にとって、ふたりの存在は何よりも大きく、そして大切だった。エミリーとの結婚を考えたとき、その二人を裏切るわけにはいかないと、心の中で強く思った。
結局、ブラッドはエミリーとの結婚を断ったが、その結果、二人の関係は壊れてしまった。エミリーは彼を手に入れることができなかったと、感情的に別れを告げてきた。
「嘘ばかり並べて、まったく、呆れ果てましたわ。あなたが、エミリー様にプロポーズをなさった。そうでしょう?」
「なっ……! どうして、それを……!」
セリーヌから、その言葉が放たれた瞬間、ブラッドは体中に冷徹な冷気が走ったような気がした。彼女は、その事実を知っていた。嘘をついてまで復縁しようとしていた彼が、彼女の前で完全に無力だという事実を、今更ながらに突きつけられたのだ。ブラッドの想いは、今や完全に封じられた。
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