妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

佐藤 美奈

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第23話

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「そして、最後にはこうも書かれていましたわ。『正直に申し上げます。私にとって、ブラッド殿下は、ただの刺激的な遊び相手でした』と」

決定的な一言が放たれた瞬間、ブラッドはその場で崩れ落ちた。まるで大きな岩が砕けるように、彼の誇り高きプライドは瞬時に粉々に砕け散った。彼の心の中で長年にわたり大切に守ってきた何かが、音を立てて崩れていくのを感じた。その虚無感は、言葉で表現するのも難しいほどの深さを持っていた。

しばらくの沈黙が流れた後、ブラッドはゆっくりとうなだれていた顔を上げた。その表情には、後悔や悲しみといった感情は微塵も感じられなかった。代わりに、彼の瞳に宿っていたのは、まるで追い詰められた獣のような切羽詰まった光だった。

それは、もう選択肢がなく、すべてを失う寸前の絶望的な状況に立たされていることを物語っていた。彼の目に映るのは、希望のかけらではなく、必死で何かを求めるような切迫しているようだった。

「……セリーヌ、頼む! 君の力が必要なんだ! 君の実家である公爵家の経済的な支援がなければ、俺の国は……この国は、近隣国の属国になってしまう!」

彼の声のトーンが、まるで一瞬で変わったかのように感じた。今の彼には強く感じる焦燥感があり、すぐにでも何かをしなければならないという切実な思いが伝わってきた。

(ああ、やっぱり)

セリーヌは心の中で静かにため息をついた。結局、こうなるのだと彼女は思った。愛だの後悔だのといった言葉は、すべて彼が自分を正当化するための見せかけに過ぎなかったのだと、今になって痛感した。

彼が守りたかったのは、私でもクロエでもなく、最終的には自分の地位と国だけだった。どんなに言葉で飾ろうと、彼の本当の気持ちはその程度のものだったと、セリーヌは冷静に理解した。

セリーヌはブラッドの前に歩み寄ると、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。その目は一瞬たりとも逸らさず、確固たる決意を込めて、はっきりと一言だけ告げた。

「無理です」

彼女の言葉は、冷徹でありながらも、どこか強い感情を含んでいた。それは、長い間彼に抱いていた思いを込めた心の奥底から絞り出すような一言だった。

その時、突然部屋の扉が勢いよく開き、クロエが慌てて駆け込んできた。

「ママ!」

彼女には絵本を読み聞かせて、眠っているはずなのに、息を切らしながら部屋に飛び込んできたのだ。母のピンチに気づいて、クロエはすぐに助けようと駆けつけたのだろう。

その小さな体に込められた強い決意が、彼女の姿からはっきりと伝わってきた。恐怖や不安を感じながらも、彼女は母親を守るために一歩踏み出したのだった。

クロエは部屋に漂う異様な雰囲気に気づき、目を凝らしてブラッドの姿を見つめると、思わずぴたりと足を止めた。その顔には恐怖が色濃く浮かんでおり、無意識に母の後ろに隠れるようにして身を縮めた。

ブラッドはクロエの姿を見つけると、突然表情が変わり驚いたように目を見開いた。まるで何かに気づいたかのように、慌てて懐から手を伸ばし、きらびやかな宝石がちりばめられた美しい人形を取り出した。その人形は、彼の焦りを象徴するかのように、手のひらで輝きを放ちながらクロエに向かって差し出された。

「クロエ……! 久しぶりだな。ほら、お前にプレゼントだ」

ブラッドは作り笑いを浮かべながら、人形をクロエに差し出した。しかし、クロエは一歩も動こうとせず、母の後ろに隠れていた。それどころか、彼女の小さな顔は次第に怒りと嫌悪の表情に歪んでいく。

その人形が彼女にとって、何よりも許しがたいもののように見えた。ブラッドの手が差し出す人形に対して、クロエの目は冷たく鋭く光っていた。

「いらない!」

クロエは突然、声を張り上げて叫んだ。その声は部屋中に響き渡り、誰もが驚くほど力強かった。彼女の中に湧き上がる怒りや悲しみが、言葉として一気に溢れ出たようだった。
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