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第23話
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イザベラからの挑発に振り回され、もやもやとした日常が続く中で、私の生活に一つの転機が訪れた。それは、学園で開催されることになった伝統の運動会のことだった。
クラス対抗でさまざまな競技が繰り広げられるというそのイベントに、学園全体がどこか浮き足立っているのがわかった。普段はあまり盛り上がらない学生たちも、この時ばかりはどこかウキウキとした雰囲気に包まれている。
「借り物競争、出るんだって?」
夜、いつものように私の部屋で、ソファに寝そべりながら本を読んでいたカイルに尋ねてみた。私たちは、何も気にせずに話せる関係なので、自然と遠慮なく、思っていることをそのまま口にしてしまう。
「ああ。くじで当たった。あまり気乗りしないが」
「どんなお題が出るんだろうね」
「さあな」
彼は無表情で、どこか面倒くさそうに答えた。それでも、ちらりと私の方へ視線を送ってきた。その視線には、どこか意地悪い輝きが宿っていて、私をわざと気になるようにさせる。次の瞬間、彼は冷たく笑みを浮かべながら続けた。
「……まあ、お前に関係あるものだと楽しめるけどな」
その一言に、私の胸は予期せぬほど激しく高鳴り始める。期待と不安が入り混じり、心臓がドキドキと音を立てて、跳ねるように速くなるのがわかる。自分でも、こんなことで心が揺れ動くなんて単純すぎると分かっている。
だが、どうしようもなく、彼の言葉ひとつで私は天国にでも地獄にでも引き寄せられるような気持ちになる。彼が発したその言葉が、私をどこへでも連れて行けるような力を持っていると感じるのだ。
こんな風に、たった一言で心が動かされてしまう自分が、どうしようもなく情けなくもあり、同時に彼に強く惹かれている証拠だと思う。
◇
一方、その頃、私の知らないところで、まったく別の物語が静かに進行していた。運動会を間近に控え、学園の雰囲気が高揚する中で、ユリアの物欲は次第にエスカレートしていった。
競技に向けた準備で騒がしい日々の中、彼女の心はただ一つ、贅沢を求める欲望に支配されていた。新しいドレス、輝く宝石、次々に欲しいものを手に入れようとする姿勢には、学園の生徒たちの間で誰もが注目するほどの勢いを誇っていた。
「ねえ、フレックス様。わたくし、応援に行くために新しいドレスが欲しいわ。それから、この宝石、ドレスにぴったりだと思わない?」
ユリアの甘い声が、フレックスの耳に届く。その声に誘われるように、彼は一瞬ためらいながらも、かなり無理をしてでも彼女のために完璧な笑顔を浮かべる。そして、少し固くなった表情をなんとか保ちながら優雅に答えた。
「もちろんさ、ユリア。君のためなら、なんだって買ってあげるよ」
その言葉には、どこか自信に満ちた響きがあった。彼女のためなら何でもできるという確信を持っているかのようだった。しかし、ユリアの前で完璧さを演じ続けるフレックスの心の奥には、深い疲労の色が隠れていた。
ユリアの無駄遣いは、彼の小遣いの範囲を遥かに超えており、それが次第に彼の手に負えない問題へと発展していた。彼女からの度重なるおねだりに、フレックスはもう、パブロフの犬のように条件反射で胃が痛むようになっていた。
ユリアが何かを頼むたび、彼は胸の奥で不安と胃の痛みを感じ、身体が折れそうになるような感覚を覚えていた。それでも、彼は彼女の笑顔を思い浮かべながら、無理をしてでも応えようとする自分に苦しんでいた。
「エリーゼと婚約していた頃は、こんな苦しみを感じることは一度もなかったのに……」
フレックスは、一人になると、毎日のように過去と現在を比べていた。エリーゼとの穏やかな日々と、今の複雑で重い状況にどうしても焦点を合わせてしまう。そして、心の奥底には後悔の気持ちがじわじわと湧き上がっていた。
クラス対抗でさまざまな競技が繰り広げられるというそのイベントに、学園全体がどこか浮き足立っているのがわかった。普段はあまり盛り上がらない学生たちも、この時ばかりはどこかウキウキとした雰囲気に包まれている。
「借り物競争、出るんだって?」
夜、いつものように私の部屋で、ソファに寝そべりながら本を読んでいたカイルに尋ねてみた。私たちは、何も気にせずに話せる関係なので、自然と遠慮なく、思っていることをそのまま口にしてしまう。
「ああ。くじで当たった。あまり気乗りしないが」
「どんなお題が出るんだろうね」
「さあな」
彼は無表情で、どこか面倒くさそうに答えた。それでも、ちらりと私の方へ視線を送ってきた。その視線には、どこか意地悪い輝きが宿っていて、私をわざと気になるようにさせる。次の瞬間、彼は冷たく笑みを浮かべながら続けた。
「……まあ、お前に関係あるものだと楽しめるけどな」
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だが、どうしようもなく、彼の言葉ひとつで私は天国にでも地獄にでも引き寄せられるような気持ちになる。彼が発したその言葉が、私をどこへでも連れて行けるような力を持っていると感じるのだ。
こんな風に、たった一言で心が動かされてしまう自分が、どうしようもなく情けなくもあり、同時に彼に強く惹かれている証拠だと思う。
◇
一方、その頃、私の知らないところで、まったく別の物語が静かに進行していた。運動会を間近に控え、学園の雰囲気が高揚する中で、ユリアの物欲は次第にエスカレートしていった。
競技に向けた準備で騒がしい日々の中、彼女の心はただ一つ、贅沢を求める欲望に支配されていた。新しいドレス、輝く宝石、次々に欲しいものを手に入れようとする姿勢には、学園の生徒たちの間で誰もが注目するほどの勢いを誇っていた。
「ねえ、フレックス様。わたくし、応援に行くために新しいドレスが欲しいわ。それから、この宝石、ドレスにぴったりだと思わない?」
ユリアの甘い声が、フレックスの耳に届く。その声に誘われるように、彼は一瞬ためらいながらも、かなり無理をしてでも彼女のために完璧な笑顔を浮かべる。そして、少し固くなった表情をなんとか保ちながら優雅に答えた。
「もちろんさ、ユリア。君のためなら、なんだって買ってあげるよ」
その言葉には、どこか自信に満ちた響きがあった。彼女のためなら何でもできるという確信を持っているかのようだった。しかし、ユリアの前で完璧さを演じ続けるフレックスの心の奥には、深い疲労の色が隠れていた。
ユリアの無駄遣いは、彼の小遣いの範囲を遥かに超えており、それが次第に彼の手に負えない問題へと発展していた。彼女からの度重なるおねだりに、フレックスはもう、パブロフの犬のように条件反射で胃が痛むようになっていた。
ユリアが何かを頼むたび、彼は胸の奥で不安と胃の痛みを感じ、身体が折れそうになるような感覚を覚えていた。それでも、彼は彼女の笑顔を思い浮かべながら、無理をしてでも応えようとする自分に苦しんでいた。
「エリーゼと婚約していた頃は、こんな苦しみを感じることは一度もなかったのに……」
フレックスは、一人になると、毎日のように過去と現在を比べていた。エリーゼとの穏やかな日々と、今の複雑で重い状況にどうしても焦点を合わせてしまう。そして、心の奥底には後悔の気持ちがじわじわと湧き上がっていた。
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