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28合宿5ふたりだけの朝
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朝練の予定より
かなり早く目を覚ましてしまった
慧人は、二度寝などに
微睡む事も無く、
嫌な寝汗を流すべく
シャワーを浴び、
一人ランニングにでも
赴こう(おもむこう)かと
玄関先、門の手前で
ストレッチに興じていた。
すると背後から玄関を出て来た
夏に、声をかけられる。
『おはよう。慧人君
随分、早いんだね。』
慧人は簡単に答える。
『おはよう。
少し走っておこうかと思ってな。』
『ねえ、
私も一緒しても良いか な?。』
『ああ、構わない。
あの神社で朝練予定だから、
そこまで一緒に軽く流すか。』
学園の直ぐ脇の山道より
少し上がった所に位置する、
石黒 龍が峰 神社。
この土地での龍神伝説の
中心地になっている。
『うん、
わたし、慧人君のペースに
追て行けるかな。』
二人はまだ知り合って間も無い
はずだが、夏は
慧人に対しかなり気を許して
いるような柔らかな口調で
爽やかな笑顔を向けている。
『ペースは夏に併せる。
しかし、俺の方が夏に
置いて行かれるかも知れないがな。』
軽く冗談交じりに微笑で
返す慧人。
『あはは、
そんな事 言ってたら
結局二人とも
ハイペースになっちゃいそうだよ。』
『そうならない様に
気を付けて、始めるか。』
『うん。』
二人は神社へと走りだす。
まだ日の出前の少しひんやりと
した朝の空気が心の中の
燻りをかき消すかのように
真っ新(まっさら)に洗い流して
行く。
慧人も夏も神社に辿り着く頃には
不安や懸念を洗い流し、
爽快な面持ちで
ウォーミングアップを
終えていた。
『夏、皆に教える前に、
昔、習っていたと言う
古武術を少し俺に
享受してくれないか?。』
『慧人君、
私が昔、古武術を少し習って
いたの知ってるんだね。』
夏は何処かに思いを
馳せる様に慧人に尋ねる。
『夏のプロフィールを
見せて貰った。
いろいろな武道を嗜んで
いるのだな。』
『家柄なのかな、
父に武道の精神を
学ぶ重要性を小さい頃から、
説かれていて…。
でもね、古武術だけは
違うんだけどね。』
夏はニッコリ笑った後、
呼吸を整えると
キリッと引き締まった面持ちに
表情を変え、
両手を腰の位置で軽く握り、
脚を肩幅よりやや広く取り
息をゆっくり吐きながら
右腕を前方に滑らかに突き出した。
次に左手を広げながら、
向きを変え左腕を伸ばし
右脚を左踵の位置まで
滑らせる。
そこから向きを変え
左右の腕を入れ替えると同時に
左脚を畳み股間の位置まで
持ち上げた。
これを次に左右を入れ替え
脚を元の位置に戻す。
(太極拳に似た動きだな。
しかしこの動き、
そっくりだ。)
夏は慧人が何か思案する様に
動きに見入っている時もまだ
型をなぞるのを続けていた。
滑らかに柔らかく、
しなやかに、
舞うかの様に。
しばらくすると一通りの
型が終わったようで。
夏がもう一度呼吸を整えている。
『なかなか見事な
動表現だった。
見惚れてしまう程だ。
俺の教わった事の有る
古武術にそっくりだ。』
夏がタオルで汗を拭いながら、
感心あらわな面で、
慧人に尋ねる。
『慧人君も出来るの?。
見てみたいな。ねえ、
見せて欲しいな。』
輝かんばかりの瞳で
慧人の顔を覗き込む。
『ああ、少しやって見せるか。
夏の動きと比べてくれるか?。』
慧人は体の向きを夏の方から
本殿の方へ向け、
呼吸を整えると
滑る様に動き出す。
息の吐きと共に
滑らかに、しかし力強く
しなやかに、素早く、
夏の動きを彷彿とさせながも
更にビシッと決める部分を
織り交ぜ。
(似てる。
と言うか同じ。
あの人と同じ。)
夏は見逃さない様、
慧人の動きを息をつく暇も無く
食い入るよう見つめている。
誰かと比べる様。
何かを思い出す様に。
(お兄ちゃん…。?
私に初めて古武術を
教えてくれた人…。
ううん……。違う。
お兄ちゃんはきっと私と
歳が離れていた。
あんなに、背が高かったんだから。
でも、私が小さかっただけ
なのかも。
それとも今は私が大きくなった。
から……。)
夏は幼かった頃
この境内で、出会った
自分より10㎝以上背が高い
男の子を思い出していた。
お兄ちゃんと慕っていた
人の事を。
そして声に出してしまう。
『お兄ちゃん…。』
慧人は動きを止める。
夏に向き直ると
静かに口を開く。
『お兄ちゃん…?
夏と俺はそんなに歳は
違わないはずだが。』
『ごめん、
そうだよね。
そんなはず無いよね。
昔、小さかった頃
仲良くしてくれた人に
似ていたものだから。
その人も古武術を嗜んでいたの。
私に最初に武道の楽しさを
教えてくれた人なんだ。』
夏は寂しい作り笑いで、
慧人に語る。
『悪いが自分では無いと思う。
何と言うか子供の頃の
記憶が曖昧で、
その、幼かった頃、事故が有って
精神的に疲弊していた性で、
はっきり思い出せ無いんだ。
済まない。』
事故と表現したが16年前の
惨劇の時、確かに慧人は
精神を疲弊させていた。
加えて、王龍真瑰の再施術により
記憶を断片的に閉ざしてしまって
いた。
惨劇後、襲撃の再発を怖れ
こちらの世界へ移され
龍人とゆかりの有る
神社や世話役の所を転々と
移動しての生活を強いられて
いたのだった。
『ごめんなさい
変な事言ったよね…。』
言葉を途中で遮る様に
慧人が何か思い出したかの
ごとく夏の手を取る。
『『そうだ、
夏に 見せたい
物が有ったんだ。』』
時間の流れがゆっくりと
進む。
あの時の光景を
再現するかのように。
夏は息を飲む、
これから起こる事を
覚る様に。
耳元にあの時聞いた
言葉が
蘇る。
まるでリフレイン
するかのように。
慧人は目的の
本殿脇の庭に植わる
藤棚まで
夏の手を引いて
連れて来ると
『これを夏に
見せ……?』
夏が満面の笑みで、
慧人の唇を人差し指で
塞ぐ。
夏が慧人の言葉の続きを
詩(うた)を紡ぐよう綴る(つづる)。
『俺はこの花が好きなんだ。
蜜香るこの紫色の花が
大好きなんだ。
だから夏に、
これを見せて
あげたかったんだ。』
慧人は面食らった様に
身動き出来ずにいる。
夏は眼尻に涙を浮かべ
泣き笑いの表情を慧人に
向けている。
次の刹那
夏は慧人の胸に
飛び込む様に抱きすがる。
『おかえりなさい。
お兄ちゃん。』
境内脇の藤棚には
日の出に輝く
朝露に濡れた
紫色の花房が輝き
芳醇で甘やかな
花の蜜の香りが
二人の本当の再会を
祝する様に
鼻先をくすぐって
いたのだった。
かなり早く目を覚ましてしまった
慧人は、二度寝などに
微睡む事も無く、
嫌な寝汗を流すべく
シャワーを浴び、
一人ランニングにでも
赴こう(おもむこう)かと
玄関先、門の手前で
ストレッチに興じていた。
すると背後から玄関を出て来た
夏に、声をかけられる。
『おはよう。慧人君
随分、早いんだね。』
慧人は簡単に答える。
『おはよう。
少し走っておこうかと思ってな。』
『ねえ、
私も一緒しても良いか な?。』
『ああ、構わない。
あの神社で朝練予定だから、
そこまで一緒に軽く流すか。』
学園の直ぐ脇の山道より
少し上がった所に位置する、
石黒 龍が峰 神社。
この土地での龍神伝説の
中心地になっている。
『うん、
わたし、慧人君のペースに
追て行けるかな。』
二人はまだ知り合って間も無い
はずだが、夏は
慧人に対しかなり気を許して
いるような柔らかな口調で
爽やかな笑顔を向けている。
『ペースは夏に併せる。
しかし、俺の方が夏に
置いて行かれるかも知れないがな。』
軽く冗談交じりに微笑で
返す慧人。
『あはは、
そんな事 言ってたら
結局二人とも
ハイペースになっちゃいそうだよ。』
『そうならない様に
気を付けて、始めるか。』
『うん。』
二人は神社へと走りだす。
まだ日の出前の少しひんやりと
した朝の空気が心の中の
燻りをかき消すかのように
真っ新(まっさら)に洗い流して
行く。
慧人も夏も神社に辿り着く頃には
不安や懸念を洗い流し、
爽快な面持ちで
ウォーミングアップを
終えていた。
『夏、皆に教える前に、
昔、習っていたと言う
古武術を少し俺に
享受してくれないか?。』
『慧人君、
私が昔、古武術を少し習って
いたの知ってるんだね。』
夏は何処かに思いを
馳せる様に慧人に尋ねる。
『夏のプロフィールを
見せて貰った。
いろいろな武道を嗜んで
いるのだな。』
『家柄なのかな、
父に武道の精神を
学ぶ重要性を小さい頃から、
説かれていて…。
でもね、古武術だけは
違うんだけどね。』
夏はニッコリ笑った後、
呼吸を整えると
キリッと引き締まった面持ちに
表情を変え、
両手を腰の位置で軽く握り、
脚を肩幅よりやや広く取り
息をゆっくり吐きながら
右腕を前方に滑らかに突き出した。
次に左手を広げながら、
向きを変え左腕を伸ばし
右脚を左踵の位置まで
滑らせる。
そこから向きを変え
左右の腕を入れ替えると同時に
左脚を畳み股間の位置まで
持ち上げた。
これを次に左右を入れ替え
脚を元の位置に戻す。
(太極拳に似た動きだな。
しかしこの動き、
そっくりだ。)
夏は慧人が何か思案する様に
動きに見入っている時もまだ
型をなぞるのを続けていた。
滑らかに柔らかく、
しなやかに、
舞うかの様に。
しばらくすると一通りの
型が終わったようで。
夏がもう一度呼吸を整えている。
『なかなか見事な
動表現だった。
見惚れてしまう程だ。
俺の教わった事の有る
古武術にそっくりだ。』
夏がタオルで汗を拭いながら、
感心あらわな面で、
慧人に尋ねる。
『慧人君も出来るの?。
見てみたいな。ねえ、
見せて欲しいな。』
輝かんばかりの瞳で
慧人の顔を覗き込む。
『ああ、少しやって見せるか。
夏の動きと比べてくれるか?。』
慧人は体の向きを夏の方から
本殿の方へ向け、
呼吸を整えると
滑る様に動き出す。
息の吐きと共に
滑らかに、しかし力強く
しなやかに、素早く、
夏の動きを彷彿とさせながも
更にビシッと決める部分を
織り交ぜ。
(似てる。
と言うか同じ。
あの人と同じ。)
夏は見逃さない様、
慧人の動きを息をつく暇も無く
食い入るよう見つめている。
誰かと比べる様。
何かを思い出す様に。
(お兄ちゃん…。?
私に初めて古武術を
教えてくれた人…。
ううん……。違う。
お兄ちゃんはきっと私と
歳が離れていた。
あんなに、背が高かったんだから。
でも、私が小さかっただけ
なのかも。
それとも今は私が大きくなった。
から……。)
夏は幼かった頃
この境内で、出会った
自分より10㎝以上背が高い
男の子を思い出していた。
お兄ちゃんと慕っていた
人の事を。
そして声に出してしまう。
『お兄ちゃん…。』
慧人は動きを止める。
夏に向き直ると
静かに口を開く。
『お兄ちゃん…?
夏と俺はそんなに歳は
違わないはずだが。』
『ごめん、
そうだよね。
そんなはず無いよね。
昔、小さかった頃
仲良くしてくれた人に
似ていたものだから。
その人も古武術を嗜んでいたの。
私に最初に武道の楽しさを
教えてくれた人なんだ。』
夏は寂しい作り笑いで、
慧人に語る。
『悪いが自分では無いと思う。
何と言うか子供の頃の
記憶が曖昧で、
その、幼かった頃、事故が有って
精神的に疲弊していた性で、
はっきり思い出せ無いんだ。
済まない。』
事故と表現したが16年前の
惨劇の時、確かに慧人は
精神を疲弊させていた。
加えて、王龍真瑰の再施術により
記憶を断片的に閉ざしてしまって
いた。
惨劇後、襲撃の再発を怖れ
こちらの世界へ移され
龍人とゆかりの有る
神社や世話役の所を転々と
移動しての生活を強いられて
いたのだった。
『ごめんなさい
変な事言ったよね…。』
言葉を途中で遮る様に
慧人が何か思い出したかの
ごとく夏の手を取る。
『『そうだ、
夏に 見せたい
物が有ったんだ。』』
時間の流れがゆっくりと
進む。
あの時の光景を
再現するかのように。
夏は息を飲む、
これから起こる事を
覚る様に。
耳元にあの時聞いた
言葉が
蘇る。
まるでリフレイン
するかのように。
慧人は目的の
本殿脇の庭に植わる
藤棚まで
夏の手を引いて
連れて来ると
『これを夏に
見せ……?』
夏が満面の笑みで、
慧人の唇を人差し指で
塞ぐ。
夏が慧人の言葉の続きを
詩(うた)を紡ぐよう綴る(つづる)。
『俺はこの花が好きなんだ。
蜜香るこの紫色の花が
大好きなんだ。
だから夏に、
これを見せて
あげたかったんだ。』
慧人は面食らった様に
身動き出来ずにいる。
夏は眼尻に涙を浮かべ
泣き笑いの表情を慧人に
向けている。
次の刹那
夏は慧人の胸に
飛び込む様に抱きすがる。
『おかえりなさい。
お兄ちゃん。』
境内脇の藤棚には
日の出に輝く
朝露に濡れた
紫色の花房が輝き
芳醇で甘やかな
花の蜜の香りが
二人の本当の再会を
祝する様に
鼻先をくすぐって
いたのだった。
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