リュウのケイトウ

きでひら弓

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88二人だけの永遠

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『この格好でも俺だと分かったんだな。』
 
『うふふ

あの時、慧人さんの事は
覚えたって言ったじゃありませんか。』

『こう言う事だったんだな。
ドアが勝手に開いたのもそうか?。』

『はい。
最後のゲートからこの部屋の中までは
私のゾーンなんです。

ですから私の許可した者しか入れません。』

『ならば、此処にいれば安全なのか?。』

『いえ、私の術を破る者が向こうにも
居りますので、完全ではありません。』

『亜堕賦か?。』

『はい、あの者も私の術を無効化します。』

『分かった。
ならば直ぐにでも此処を出よう。

俺が亜堕賦に掛けた術が解ける前に。

その窓と格子は開けられるか?。』

『はい、今開けますね。』

病室の窓には頑丈な
鉄格子が設えて(しつらえて)あり
窓からの逃亡を阻害しているが
そもそも7階という高さから
普通の人間ならば降りる事を考える
はずも無いだろう。

この頑丈な格子付きの窓でさえ
意図も簡単に開け放してしまう
千輝のゾーンと言うスキル。

このスキルは自身の半径5m以内を
思うがままに操る事が出来る。

『合流ポイントまで少しの間、
我慢してくれるか。』

『我慢だなんて。
ご褒美の間違いではないのでしょうか…。
うふふ…。』

千輝は慧人の耳へ届かない程の
小声で呟く。
慧人は千輝が少し愉しげ(たのしげ)に
笑っているのに気付いて
質問してみる。

『ん?。どうかしたのか?。』

『いえ、何でも有りません。
急ぎましょうか。』

千輝は病室から滅多に出る事も無い。
其れなのに初めての自分からの
外出が、窓から飛び出すと言う
大冒険に最早胸の高鳴りが
抑えられずにいた。
それを、慧人に見られてしまい
少しだけ気恥ずかしく感じると
努めて真面目な顔で返事を
してしまうのだった。

『了解だ。』

慧人は千輝をお姫様抱っこすると
窓へ向かう。

『まぁ~てぇーっ!。
逃しはしませぇ~んよ。』

病室の扉を開け放ち
亜堕賦が駆け込んで来て
歌舞伎のミエの様なポーズを決める。

その亜堕賦に向け、
一瞬振り向き様に
先程、亜堕賦より奪った
ダガーを爪先に投擲すると
足の甲を貫通し床面に縫い付けられる様に
串刺しにする。

『悪いが少し其処で
大人しくしていてくれ。

ダガーは床面の組織としばらく同化している。
下手に動かない方が身の為だ。』

亜堕賦の方へ向かずに
慧人は告げると
病室の窓から空へと飛翔し
その場を後にするのだった。

『まぁ~てぇーっ!。

あだっ、あだだっ あだっ!。

なぁ~んて事しやがりますかぁ~。

ぬ、ぬ、ぬけぇ~~ん わいっ!。』

亜堕賦しか居なくなった病室で
芝居がかった声だけが
虚しく響いた。


慧人に横抱きに抱えられた
千輝が声を掛ける。

『慧人さん、
マスクだけ解除する事は出来ますか?。』

慧人は飛行しながらも
その か細い声を拾う。

『ああ、これで良いか?。
むさ苦しい見映えだもんな。』

見る者によっては
禍々しく感じる
龍の形相にもにたフェースの部分が
割開く様に展開し、その部分は
サイドのパーツへ格納された。

マスクが外れ顔が露になると
千輝は慧人の首へ腕をまわし
自身の顔を近づけて行く。

不意に慧人の唇に千輝の唇が
重ねられた。
それは、優しく触れるだけの
口付け。

刹那、お互いの記憶、想いが
流れ込む。

『慧人さんの事がもっと知りたくて
キスしてしまいました。
うふふ。

私が思っていた通りの人でした。
勝手な事してゴメンなさい。
怒りましたか?。』

千輝は少し悪びれて
肩をすくめ慧人に謝る。

『いいや
しかし、君は大胆な人なんだな。

そして俺も君の事が分かったよ。

身体の不調は病気と言うより
体質的な物だな。
君の強力なマナに身体の数カ所の
マナの通り道が細く耐えられないんだ。
其処さえ治してあげれば
身体も言う事をきくようになる。

少し早急かも知れないが
通心の魏を取り行ってみないか?。

君の覚悟が有ればだが。』

『はい。
是非、私を慧人さんの巫女に
してください。』

『躊躇い(ためらい)や戸惑いは
無いようだな。』

『むしろ夢の様です。
私は今までこの為に生きて来たのだと
確信しました。』

『分かった。
では、略式だが執り行う。』

慧人は左手の装甲を解除すると
親指の腹を少し噛みちぎり
出血させる。
其れを口へ含むと
千輝へ静かに口付けたのだ。

千輝の口内へ慧人の血液が流れ込む。

千輝はそれをゆっくりと飲み下した。

千輝は今まで感じた事の無い
活力と澄み渡る思考感覚に
驚きと感動を覚える。

『君の身体は次第に活力で
満ち溢れ、動けなかった今までが
嘘の様に振る舞える様になるだろう。

しかし、俺がいなければ
君は最悪 絶命してしまう。』

慧人の少しネガティヴとも
取れる言葉だったのだが
千輝は慧人の目を見据え
輝く様な笑顔を向けていた。

『とんでもありません。
こんな素敵な事、生まれて初めてです。

一生、お側に置いて下さい。
此れから宜しくお願い致します。

旦那様。』

『こちらこそ、よろしく頼む。』

千輝はこの身を全て慧人に捧ぐ
決意を表した。

此れから何れだけの時間一緒に
居られるかは分からない。
しかし、今この時、二人で
居られる間がいっときの事で有っても
この瞬間は永遠でありますようにと
希うのだった。
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