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婚約破棄Ⅰ
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ルインに相談してから数日後のことである。珍しく父上が私に声をかけてきた。
「エレナよ、週末、クローム公爵家でパーティーが行われるので一家ともども来て欲しいという招待状が来た」
「そうですか」
私は気のない返事をしてしまう。前までなら喜んだところだが、オリバーの本音を知ってしまった以上もはや喜べない。
オリバーは表でマリーと会うために家族ぐるみでパーティーに誘うなどということをしてきたのだろうか、などと勘ぐってしまう。
「いつもはオリバーに会いたがっているのに今日はやけに興味なさそうだな」
「そ、そんなことはありません」
一応否定はしてみるが、それを父上が信じるかどうか。とはいえ父上はそんなこともどうでも良さそうではあった。
「まあいい。何にせよ、我が家の者として恥ずかしくないよう準備しておくように」
また都合のいい時だけ家の名を持ち出された。いつもは私など家にいないも同然の扱いをしている癖に。
もっとも、今はそれすらどうでも良かった。私はあの時のルインの「必ず近いうちに何とかしよう」という言葉を固く信じている。それまではじっと我慢するしかない。
そしていよいよパーティーの朝である。この時私はオリバーとマリーの間で何が企まれているかなど知る由もなく、普通に準備をしていた。
いくらオリバーが私を内心嫌っているとしても、恐らく他の貴族家も参列する以上出来る限り身なりを整えておきたい。とはいえ私のドレス選びを手伝ってくれそうな者もいないので、私は部屋で一人着替えていた。
ドレスの着付けが終わったぐらいのタイミングである。
不意に部屋のドアがノックされ、返事をする間もなくドアがガチャリと開く。
入ってきたのはマリーだった。さぞきれいに着飾っているのだろう、と思えば彼女はまだ部屋着である。そして手にはなぜかポットを持っている。
それを見て私は頭で考えるより先に嫌な予感を抱く。これまで彼女に数々の嫌がらせを受けてきたせいで、私の本能は変に鋭くなっていた。
「お姉様、おはようございます」
「おはようマリー。あなたは着替えなくていいの?」
「そろそろですわ。ただ、今日の主役はお姉様。そこでお姉様にコーヒーでもお淹れしようと思いまして」
そう言ってマリーはこちらに歩いて来る。
当然ながらマリーが私にコーヒーを淹れてくれたことなどない。いや、そう言えばあのアップルパイの時は紅茶を飲ませられた気がする。
となると今回はコーヒーに下剤でも入っているのだろうか。そう思った私は思わず身構えてしまう。
「いや、今はお腹の調子が悪いから大丈夫」
「そうですか、それは残念ですわ……きゃっ」
その時だった。マリーは私が着ているドレスの裾を踏んづけ、わざとらしく可愛らしい悲鳴を上げて転ぶ。
次の瞬間、コーヒーが入ったポットがこちらに飛んでくる。至近距離からなので避けることも出来ない。
「きゃあっ」
次の瞬間、私の全身に熱くて茶色い液体が降りかかる。熱さはそこまででもなかったが、ドレスはコーヒーだらけになっていて、とてもではないがパーティーに着ていくことは出来ない。
さては最初からこれが狙いだったのか、と私は内心溜め息をついた。
が、マリーはそんな内心のあくどさをおくびにも出さずに心配そうに私に声を掛ける。
「ご、ごめんなさいお姉様」
「いえ、だ、大丈夫よ」
私は力なく答える。少し前なら本気で怒ったところだが、どうせどんなドレスを着ていこうがオリバーは私に興味などない。もはやどうにでもなれ、という投げやりな気持ちだった。
「すみません、今すぐ脱いだ方が良さそうです」
そしてマリーは手際よく私のドレスを脱がせ、体を拭いてくれる。まあ、あらかじめこうなることを予期していたのだから手際も良くて当然というものだ。
「申し訳ありませんが、とりあえずこれでしたらサイズも合っていると思いますわ」
そう言ってマリーは家の倉庫にでも眠っていたと思われる古びたドレスを私に着せる。あらかじめ私にコーヒーを掛けることを予期していなければそんなものを用意している訳がないので、やはり彼女の狙いはこれだったらしい。
私は抵抗しようかと思ったが、今からドレスを選び直すのも大変だし、マリーにドレスを脱がせられてしまったので衣裳部屋に移動するには部屋着を着直さなければならない。そんなことをしていれば遅れてしまいそうなので、私はされるがままになっていた。どうせオリバーは私を好きではない。ならば何だって構わない。
マリーが私に着せたドレスは色あせしている上にサイズも微妙に合っておらず、ぱつぱつだった。
とはいえ時間が迫っているためやむなく私はそれで部屋を出ざるを得なかった。
ちなみにその後私たちが屋敷の玄関に集まると、マリーはメイドたちの手を借りて素早く美しいドレスに着替えていた。
「エレナよ、週末、クローム公爵家でパーティーが行われるので一家ともども来て欲しいという招待状が来た」
「そうですか」
私は気のない返事をしてしまう。前までなら喜んだところだが、オリバーの本音を知ってしまった以上もはや喜べない。
オリバーは表でマリーと会うために家族ぐるみでパーティーに誘うなどということをしてきたのだろうか、などと勘ぐってしまう。
「いつもはオリバーに会いたがっているのに今日はやけに興味なさそうだな」
「そ、そんなことはありません」
一応否定はしてみるが、それを父上が信じるかどうか。とはいえ父上はそんなこともどうでも良さそうではあった。
「まあいい。何にせよ、我が家の者として恥ずかしくないよう準備しておくように」
また都合のいい時だけ家の名を持ち出された。いつもは私など家にいないも同然の扱いをしている癖に。
もっとも、今はそれすらどうでも良かった。私はあの時のルインの「必ず近いうちに何とかしよう」という言葉を固く信じている。それまではじっと我慢するしかない。
そしていよいよパーティーの朝である。この時私はオリバーとマリーの間で何が企まれているかなど知る由もなく、普通に準備をしていた。
いくらオリバーが私を内心嫌っているとしても、恐らく他の貴族家も参列する以上出来る限り身なりを整えておきたい。とはいえ私のドレス選びを手伝ってくれそうな者もいないので、私は部屋で一人着替えていた。
ドレスの着付けが終わったぐらいのタイミングである。
不意に部屋のドアがノックされ、返事をする間もなくドアがガチャリと開く。
入ってきたのはマリーだった。さぞきれいに着飾っているのだろう、と思えば彼女はまだ部屋着である。そして手にはなぜかポットを持っている。
それを見て私は頭で考えるより先に嫌な予感を抱く。これまで彼女に数々の嫌がらせを受けてきたせいで、私の本能は変に鋭くなっていた。
「お姉様、おはようございます」
「おはようマリー。あなたは着替えなくていいの?」
「そろそろですわ。ただ、今日の主役はお姉様。そこでお姉様にコーヒーでもお淹れしようと思いまして」
そう言ってマリーはこちらに歩いて来る。
当然ながらマリーが私にコーヒーを淹れてくれたことなどない。いや、そう言えばあのアップルパイの時は紅茶を飲ませられた気がする。
となると今回はコーヒーに下剤でも入っているのだろうか。そう思った私は思わず身構えてしまう。
「いや、今はお腹の調子が悪いから大丈夫」
「そうですか、それは残念ですわ……きゃっ」
その時だった。マリーは私が着ているドレスの裾を踏んづけ、わざとらしく可愛らしい悲鳴を上げて転ぶ。
次の瞬間、コーヒーが入ったポットがこちらに飛んでくる。至近距離からなので避けることも出来ない。
「きゃあっ」
次の瞬間、私の全身に熱くて茶色い液体が降りかかる。熱さはそこまででもなかったが、ドレスはコーヒーだらけになっていて、とてもではないがパーティーに着ていくことは出来ない。
さては最初からこれが狙いだったのか、と私は内心溜め息をついた。
が、マリーはそんな内心のあくどさをおくびにも出さずに心配そうに私に声を掛ける。
「ご、ごめんなさいお姉様」
「いえ、だ、大丈夫よ」
私は力なく答える。少し前なら本気で怒ったところだが、どうせどんなドレスを着ていこうがオリバーは私に興味などない。もはやどうにでもなれ、という投げやりな気持ちだった。
「すみません、今すぐ脱いだ方が良さそうです」
そしてマリーは手際よく私のドレスを脱がせ、体を拭いてくれる。まあ、あらかじめこうなることを予期していたのだから手際も良くて当然というものだ。
「申し訳ありませんが、とりあえずこれでしたらサイズも合っていると思いますわ」
そう言ってマリーは家の倉庫にでも眠っていたと思われる古びたドレスを私に着せる。あらかじめ私にコーヒーを掛けることを予期していなければそんなものを用意している訳がないので、やはり彼女の狙いはこれだったらしい。
私は抵抗しようかと思ったが、今からドレスを選び直すのも大変だし、マリーにドレスを脱がせられてしまったので衣裳部屋に移動するには部屋着を着直さなければならない。そんなことをしていれば遅れてしまいそうなので、私はされるがままになっていた。どうせオリバーは私を好きではない。ならば何だって構わない。
マリーが私に着せたドレスは色あせしている上にサイズも微妙に合っておらず、ぱつぱつだった。
とはいえ時間が迫っているためやむなく私はそれで部屋を出ざるを得なかった。
ちなみにその後私たちが屋敷の玄関に集まると、マリーはメイドたちの手を借りて素早く美しいドレスに着替えていた。
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