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巫女の祈り
初めての祈り Ⅱ
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こうして洞窟前に降り立つと、前に来た時とは打って変わって神聖な気配に満ちています。自然の洞窟なのに、神殿の厳かな神像の前にいるときのような気持ちになりました。
これが私の祈りによる影響だとすれば、確かにめざましいものがあります。
また、荒れ果てていた大地にもところどころ植物が芽吹いています。これも魔物が去ったおかげでしょう。
それを見てハリス殿下や御使様もほっとしています。
「では支度をしてきます」
そう言って私は洞窟の近くにある別荘に入り、そこで用意されていた衣装に着替えます。ネクスタ王国の聖女は上下一体となった純白のローブが正装でしたが、こちらは白い上衣と赤い袴に分かれた、少し変わった装束が正装です。もっとも、竜に跨って飛ぶのには不向きだったのでこの場での着替えですが。
この着こなしも昨日エリエから何度も習ったのでもはやお手の物です。あとは大幣と呼ばれる祭具を手に持って戻っていきます。
「おお」
そんな私の姿を見たハリス殿下はしばしの間言葉を失います。
もしかしてどこか着付けが間違っていたのでしょうか。
「あの、何かおかしなところがあったでしょうか?」
私が尋ねると、殿下はぶんぶんと首を横に振ります。
「いや、そなたの姿が伝承にある我が国建国の巫女のように美しかったので、少しの間言葉を失ってしまった」
「え、そんなに美しいでしょうか?」
王国時代はそういう言葉をかけられることはほぼなかったので私は驚いてしまいます。
すると殿下は照れたように頬を赤くして顔をそらしながら答えます。
「そ、そうだ。もっとも壁画に描かれた伝説の巫女より、実際に目の前にいるそなたの方が美しいがな」
「それは……ありがとうございます」
はっきり肯定されてしまうとこちらまで恥ずかしくなってきます。
やがて殿下は大袈裟に咳払いしました。
「こほん、では行くぞ」
「は、はい」
私は浮ついた気持ちを振り払うように洞窟の奥へと進んでいきます。
前回来た時は陰鬱な気配に満ちていた洞窟も、今では神秘的な雰囲気に満ちています。
奥の祭壇がある空間まで進んでくると、私たちはそこで足を止めました。前は魔物を警戒しながらだったので遠く感じましたが、意外に祭壇は近くにあったようです。
「では、早速祈祷を始めます」
「頼む」
私は昨日練習した手順に従って祈祷を始めました。
最初の簡単な動作と礼が終わり、いよいよ祝詞のところに差し掛かります。
「…………」
私が祝詞をゆっくりと、しかし確実に暗誦していくと殿下や御使様の表情が変わります。これは一体どういうことでしょうか。やはり他国出身者だけあって発音が悪いとか、覚え間違えがあったということでしょうか。
とはいえ、最後までやり切るほかありません。
祝詞を終えると次は請願の部分に進みます。
「……現在、我が竜国では各地に魔物が跋扈しています。特にウッタ、ルムル、アルハント……、最後にレモンドの各地方では被害が甚大です。どうか魔物を追い払っていただけないでしょうか」
最初にこの台詞を読んだ時は十以上の地方が危機に瀕していることをに驚いたものです。言い終えると、選定の儀の時のように目の前に光が差します。
“他国出身者でありながらこの国の古代語の祝詞、そして危機に瀕している地名を全て覚えたというのか”
私の脳裏に守護竜様の言葉が響き渡ります。
“はい、今日のためにたくさん練習してまいりました”
私は緊張しながら答えました。
そして不安に思っていたことを尋ねます。
”あの、どこか間違っていましたでしょうか?”
”そんなことはない。全部合っていた”
それを聞いて私はほっとします。
“ほとんどの巫女は用意された紙を読みながら祝詞を読み上げるものだが、よもや全て覚えてくるとは。おぬしの誠意を汲んで、迅速に魔物を追い払ってやろう”
“ありがとうございます”
ということもしかしてあの祝詞を全て覚える必要はなかったのでしょうか? 私の脳裏をそんな疑問がよぎりますが、守護竜様も褒めてくださったのでいいでしょう。
その後終了の礼を行うと、光が消えて儀式は終了します。
終わった後に殿下の方を見ると、私の方を驚きの目で見つめていました。
「まさかあの祝詞を全部覚えてきたとは……」
「いえ、あれはそういうものかと思っていたので」
これまで色々な儀式を見てきましたが、巫女や聖女が紙を読みながら祈りを捧げているところは見たことがありません。私にとっては覚えるのが当たり前のことでしたが、殿下にとってはそうではなかったようです。
「もちろん本来はそうなのだろうが、初日からそれを完璧に暗誦出来る巫女はあまりいないと聞いていた。それも他国出身となればなおさらだ」
「ありがとうございます」
そこまで言われると、頑張って練習した甲斐があるというものです。
「これで守護竜様や、その他の竜が魔物が出没した地を助けてくださるだろう。とはいえ今年は各地で被害が起きているため、欲張ってたくさんの地を頼んでしまった。守護竜様が気分を害されていないといいが」
ハリス殿下は不安そうに言います。
「大丈夫です。これはあくまで私の感想ですが、守護竜様に不快に思っている雰囲気はなさそうでした」
「そうか。ならシンシアのおかげかもしれないな」
「そうなのですか?」
「ああ、守護竜様もシンシアの頑張りに心を打たれて願いを聞き届けてくださったのだろう」
もしそうだとすれば勤めを全う出来たことに安堵してしまいます。
私は達成感に包まれながら、国に戻ったのです。
これが私の祈りによる影響だとすれば、確かにめざましいものがあります。
また、荒れ果てていた大地にもところどころ植物が芽吹いています。これも魔物が去ったおかげでしょう。
それを見てハリス殿下や御使様もほっとしています。
「では支度をしてきます」
そう言って私は洞窟の近くにある別荘に入り、そこで用意されていた衣装に着替えます。ネクスタ王国の聖女は上下一体となった純白のローブが正装でしたが、こちらは白い上衣と赤い袴に分かれた、少し変わった装束が正装です。もっとも、竜に跨って飛ぶのには不向きだったのでこの場での着替えですが。
この着こなしも昨日エリエから何度も習ったのでもはやお手の物です。あとは大幣と呼ばれる祭具を手に持って戻っていきます。
「おお」
そんな私の姿を見たハリス殿下はしばしの間言葉を失います。
もしかしてどこか着付けが間違っていたのでしょうか。
「あの、何かおかしなところがあったでしょうか?」
私が尋ねると、殿下はぶんぶんと首を横に振ります。
「いや、そなたの姿が伝承にある我が国建国の巫女のように美しかったので、少しの間言葉を失ってしまった」
「え、そんなに美しいでしょうか?」
王国時代はそういう言葉をかけられることはほぼなかったので私は驚いてしまいます。
すると殿下は照れたように頬を赤くして顔をそらしながら答えます。
「そ、そうだ。もっとも壁画に描かれた伝説の巫女より、実際に目の前にいるそなたの方が美しいがな」
「それは……ありがとうございます」
はっきり肯定されてしまうとこちらまで恥ずかしくなってきます。
やがて殿下は大袈裟に咳払いしました。
「こほん、では行くぞ」
「は、はい」
私は浮ついた気持ちを振り払うように洞窟の奥へと進んでいきます。
前回来た時は陰鬱な気配に満ちていた洞窟も、今では神秘的な雰囲気に満ちています。
奥の祭壇がある空間まで進んでくると、私たちはそこで足を止めました。前は魔物を警戒しながらだったので遠く感じましたが、意外に祭壇は近くにあったようです。
「では、早速祈祷を始めます」
「頼む」
私は昨日練習した手順に従って祈祷を始めました。
最初の簡単な動作と礼が終わり、いよいよ祝詞のところに差し掛かります。
「…………」
私が祝詞をゆっくりと、しかし確実に暗誦していくと殿下や御使様の表情が変わります。これは一体どういうことでしょうか。やはり他国出身者だけあって発音が悪いとか、覚え間違えがあったということでしょうか。
とはいえ、最後までやり切るほかありません。
祝詞を終えると次は請願の部分に進みます。
「……現在、我が竜国では各地に魔物が跋扈しています。特にウッタ、ルムル、アルハント……、最後にレモンドの各地方では被害が甚大です。どうか魔物を追い払っていただけないでしょうか」
最初にこの台詞を読んだ時は十以上の地方が危機に瀕していることをに驚いたものです。言い終えると、選定の儀の時のように目の前に光が差します。
“他国出身者でありながらこの国の古代語の祝詞、そして危機に瀕している地名を全て覚えたというのか”
私の脳裏に守護竜様の言葉が響き渡ります。
“はい、今日のためにたくさん練習してまいりました”
私は緊張しながら答えました。
そして不安に思っていたことを尋ねます。
”あの、どこか間違っていましたでしょうか?”
”そんなことはない。全部合っていた”
それを聞いて私はほっとします。
“ほとんどの巫女は用意された紙を読みながら祝詞を読み上げるものだが、よもや全て覚えてくるとは。おぬしの誠意を汲んで、迅速に魔物を追い払ってやろう”
“ありがとうございます”
ということもしかしてあの祝詞を全て覚える必要はなかったのでしょうか? 私の脳裏をそんな疑問がよぎりますが、守護竜様も褒めてくださったのでいいでしょう。
その後終了の礼を行うと、光が消えて儀式は終了します。
終わった後に殿下の方を見ると、私の方を驚きの目で見つめていました。
「まさかあの祝詞を全部覚えてきたとは……」
「いえ、あれはそういうものかと思っていたので」
これまで色々な儀式を見てきましたが、巫女や聖女が紙を読みながら祈りを捧げているところは見たことがありません。私にとっては覚えるのが当たり前のことでしたが、殿下にとってはそうではなかったようです。
「もちろん本来はそうなのだろうが、初日からそれを完璧に暗誦出来る巫女はあまりいないと聞いていた。それも他国出身となればなおさらだ」
「ありがとうございます」
そこまで言われると、頑張って練習した甲斐があるというものです。
「これで守護竜様や、その他の竜が魔物が出没した地を助けてくださるだろう。とはいえ今年は各地で被害が起きているため、欲張ってたくさんの地を頼んでしまった。守護竜様が気分を害されていないといいが」
ハリス殿下は不安そうに言います。
「大丈夫です。これはあくまで私の感想ですが、守護竜様に不快に思っている雰囲気はなさそうでした」
「そうか。ならシンシアのおかげかもしれないな」
「そうなのですか?」
「ああ、守護竜様もシンシアの頑張りに心を打たれて願いを聞き届けてくださったのだろう」
もしそうだとすれば勤めを全う出来たことに安堵してしまいます。
私は達成感に包まれながら、国に戻ったのです。
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