本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃

文字の大きさ
29 / 45
決戦

帝国からの手紙

しおりを挟む
 それから数日間、慌ただしい日々が過ぎていきました。と言っても、慌ただしいのは王宮の方だけで、私は変わらず祈りに行く日以外はすることはありませんが。

 ハリス殿下は急ぎ出陣の用意を進め、全国の貴族から軍勢を王都に集めています。しかし魔物の襲撃で被害を受けている貴族も多く、なかなか軍勢は集まりません。



「シンシア殿、帝国からの使者が来たので急ぎ王宮へお越しくださいとのことです」

 そんなある日、エリエが血相を変えて私に報告します。

「え、帝国からの使者ですか?」

 それと私がどう関係するのでしょうか。

「はい、本来竜の巫女は政治向きのことには関わらないことになっていますが、今回はシンシア殿にも関わることなので是非にと殿下から」
「分かりました」

 帝国からの手紙で、私にも関わるというのはどういうことでしょうか。
 動揺しながらも私は王宮へ向かいます。

 王宮の広間は私が向かうと、すでに険悪な雰囲気になっていました。折しも殿下が軍勢を集めているタイミングだったこともあり、王都に集まっていたたくさんの貴族が皆会議に参加しています。
 そしてそんな広間の正面にはハリス殿下と国王も座っていました。

 竜の巫女は政治には関わらないという不文律があったためか、私が入っていくと貴族たちの中には私をぎろりと睨みつけてくる者もいます。
 王宮の中はこれまでになく緊迫した雰囲気です。

「こちらへ」

 殿下が短く言うので、私は殿下の隣に座ります。この空気の中どうしていいか分からなかったところなので助かりました。
 それを見て陛下がこほん、と咳払いて話を始めます。

「では改めて事態を説明しよう。中には噂でしか知らない者もいるだろうからな。先ほど帝国から手紙が届いた。それによると、現在旧ネクスタ王国において、謎の災害が相次いでいる、と。帝国によるとそれは前代聖女であるシンシアによる呪いであるからシンシアを引き渡せ、さもなければエルドラン王国もシンシアとともに帝国に弓を引こうとしているとみなして討つ、とのことであった」

 陛下の言葉に私は呆然とします。当然ですが王国で起こっている災難は神の怒りであり、私が糸を引いているというものではありません。確かに私が聖女に戻れば呪いはなくなるのかもしれませんが、手紙の雰囲気からすると聖女に戻されることはなさそうに思えます。

 そもそも私は呪いなんて使っていませんし、そんな力もありません。
 追放するだけでは飽き足らずこの国まで追ってくるとは。

「あの、私はそんなことはしておりません!」

 酷い言いがかりに、私は思わず声を上げてしまいます。
 すると貴族の一人が冷静な口調で言いました。

「分かっております。この場の誰もが帝国の言い分を信じている訳ではないでしょう。ただ、問題はあなたが実際にそれをやっているかどうかではなく、帝国がそのように要求してきているということです。もしこれを断れば帝国は本当に攻めてくるかもしれないということです」

 そう言われると、私は何も言い返すことは出来ません。
 私一人のために竜国全体の方に戦ってください、とは言えません。

「だが、我が国で一番神聖な存在である竜の巫女を他国に引き渡すことなど出来ない!」
「分かっている! だが、今王都に集まっている軍勢では逆立ちしても帝国に勝つことは出来ない!」

 今の言葉をきっかけに侃侃諤諤の議論が始まります。
 国の存亡に関わることだけに、どの貴族たちも真剣です。

「シンシア殿はこちらが我が国にお招きして、国を守ってくださったんだ!」
「それはそうだが、義理人情を国の危機と比べることは出来ない!」
「では巫女はどうする!?」
「来年また選び直すしかないだろう! 今年は他の巫女候補も優秀だったと聞く!」

 どちらの選択肢を選んでも国にとってよろしくないことが起こると分かっているせいでしょう、どの貴族たちの言葉も険しいです。

 もちろん私としては帝国に差し出されるのは困りますが、だからといってこの国がネクスタ王国を一撃で蹴散らした帝国軍と戦っても勝てるとは思えません。どうせエルドラン王国に戦ってもらって負けて帝国に差し出されるぐらいなら、という気持ちもあります。

 一時間ほど議論が行われた後でした。
 突然、それまで黙っていた殿下がすっと立ち上がります。

「皆の者、聞いて欲しい! そもそも竜国にとって一番重要なものは何であろうか? この国はこれまでずっと竜に守られて存続してきた。竜の巫女というものはその竜に対して唯一我ら人間が恩返しできる存在だ。その竜の巫女を我らの都合で他国に引き渡すということは長年我が国を守ってくれた竜たちへの裏切りに他ならない! 竜たちの信頼を失えば、帝国が攻めてこなかったところで遠からずこの国は終わりを迎えるだろう!」

 殿下の堂々たる言葉にその場にいた貴族たちは一瞬静まり返ります。
 もちろん殿下の言葉は国を守るため、というのが第一にあるのでしょうが私を守るためにここまで立派な演説をしてくださるとは。私も他の貴族の方々とは違った意味で感動してしまいます。

「で、では帝国軍に対してはどのように立ち向かうのだ!?」

 が、沈黙を破って先ほどから私を差し出すことを主張していた貴族の一人が尋ねます。

「さすがの帝国軍も今すぐ我らの国に攻めてくることは出来ないだろう。その間に我らはネクスタ王国の国内にいる、帝国への敵対心を持っている者たちと同盟を結ぶ。さらに帝国がシンシア殿の引き渡しを強く求めているということはそれだけ帝国軍に強い神罰が降り注いでいるということだろう。だからネクスタ王国の者たちと結んで戦えば、神は我らに味方くださるはずだ」

 殿下の言葉が終わると会場はしーんと静まり返ります。堂々とした素晴らしい演説に、帝国と戦端を開きたくない貴族たちも思わず沈黙してしまっていました。
 神頼み、と思う者もいるかもしれませんが神の加護は実在しますし、現在帝国軍が神の怒りに触れて被害を出しているのも事実です。

 その時でした。突然、一人の貴族がパチパチと大きな音を鳴らして手を叩き始めます。
 誰かと思って見てみれば、アリサの実家で竜国有数の名家と言われるルドリオン公爵です。

「実に素晴らしい演説だった。特にわしから補足することは何もないが、一つ言うとすれば実は我が娘、アリサも巫女候補であった。結果的に彼女はシンシア殿と試練で競い、敗れた訳だがアリサも親馬鹿ではあるが巫女の資質は十分に思えた。だが、そのアリサが『シンシア殿は自分よりも数段優れた巫女です』と言っていたのだ。そのような人物をみすみす他国に渡す訳にはいかない!」

 ルドリオン公爵の言葉に、パチパチと拍手が少しずつ広がっていき、やがては会場を覆わんばかりの拍手になったのです。
 もし帝国に私を差し出すとなれば、後任は十中八九アリサになるでしょうが、そのアリサが私をそのように褒めてくれたというのが大きかったのでしょう。
 私はそれを聞いて胸の内で密かに彼女に感謝します。
 殿下の言葉に続き、ルドリオン公爵の態度で、それまで真っ二つに割れていた会場の意志はまとまりました。

「……分かりました。でしたら我ら、殿下についていきます」

 帝国に私を引き渡すことを主張していた貴族もそう言って殿下に従うのでした。
 そして議題は具体的な帝国への対抗策へと移っていったのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

夏芽みかん
ファンタジー
生まれながらに強大な魔力を持ち、聖女として大神殿に閉じ込められてきたレイラ。 けれど王太子に「身元不明だから」と婚約を破棄され、あっさり国外追放されてしまう。 「……え、もうお肉食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?」 追放の道中出会った剣士ステファンと狼男ライガに拾われ、冒険者デビュー。おいしいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。 一方、魔物が出るようになった王国では大司教がレイラの回収を画策。レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。 ※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。 【2025.09.02 全体的にリライトしたものを、再度公開いたします。】

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

【完結】あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/19……完結 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...