マルドゥクの殺戮人形

今晩葉ミチル

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少年のスキル

クゥガを運べ

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 マリアは近衛兵たちと共に、先に料理人に連絡をしにいった。
 巨大なクゥガは専用の台車に乗せられて大縄で固定され、何十人もの男が前から縄を引いて、後ろから押していく。
「きっと肉が詰まっておるぞ」
 スターは先頭を歩きながら、豪快に腕を振っていた。
「楽しみじゃー!」
「貴様も手伝え!」
 ミカエルはクゥガを引っ張る側にいたが、極めてきつい想いをしていた。
 何しろ今回のクゥガは重くて、運ぶのが大変だ。防具を身に着けていても、クゥガの重みを相殺できるわけではない。何十人もの男が息をそろえて少しずつ前に進んでいるが、途方のない作業である。歩くだけで消耗する山道において、苦行となっていた。
「儂のような老いぼれでは戦力にならぬ!」
 スターは健康な歯と髪のない頭を光らせて胸を張った。
「得意げに言うな! 元騎士団長が情けない」
「世代交代を果たしたのじゃ。現騎士団長には頑張ってほしいのぅ」
 ミカエルが口元をヒクヒクさせながら睨むが、スターは笑って受け流していた。
「もうすぐ下り坂じゃ。ずんずん進むじゃろう」
「ずんずん進んだ方がいいのか?」
 オネットはミカエルの隣でクゥガを引っ張っている。
 ミカエルは呆れたようにため息を吐いた。
「相変わらず不思議な事を言うな。早い方がいいに決まっているだろう」
「そのわりにはゆっくり運ぶのだな」
「嫌味か?」
 オネットは首を横に振った。
「ゆっくり運ぶと肉が熟成するのかもしれないと思った」
「いったい何日掛けるつもりだ?」
「それは俺が言いたい事だ。このままでは昼頃になってしまう」
「我慢しろ。クゥガは手間が掛かる生き物だ。つべこべ言わずにさっさと運べ」
「確認するが、さっさと運んでいいのだな?」
 オネットの目つきがぎらついている。よほど腹をすかしているのかもしれない。放っておけば、この場にいる誰かを食いそうな獰猛なオーラを発している。
 ミカエルは気圧されそうになったが、平静を装う。

「ああ。グローリア王国にまでさっさと運んでいい」

「分かった。クゥガから離れてほしい」

 オネットは縄から手を放した。深く息を吸い、腕を広げる。オネットの周りにいくつもの不可思議な文様が浮かびだした。
 場の空気が変わる。
 文様が光と熱を吸収する。辺りは暗く、冷たくなる。クゥガを仕留めた時とは明らかに違う。雲が急激に動いて、太陽を隠した。
 先頭をスタスタ歩いていたスターが振り返る。
「”マリオネット”のお出ましかの。三度も見れるとはついておる」
「離れろ!」
 ミカエルは号令を発した。クゥガを運んでいた男たちは、悲鳴をあげながら散り散りにその場を走り去った。
 文様は宙にひとりでに組み合わさり、クゥガの台車の前で藍色の道を作る。グローリア王国に続く、長い道だった。
 変化はまだ続く。
 クゥガの台車の古びた車輪に、藍色の糸が絡みつく。糸の束はソリの形を形成した。
 ソリは淡く光っている。オネットの能力が動作しているのだろう。
 オネットは右手を空に掲げた。
 台車がゆっくりと浮かび上がり、藍色の道に乗る。
 次の瞬間、台車は恐ろしい速度で藍色の道上を移動していった。
 速すぎて、目にも止まらない。
 あっと言う間に見えなくなる。
 男たちが呆然とする中で、ミカエルはハッとした。
「藍色の道の途中に人がいたらどうなる!?」
「死ぬかもしれないが、人が通る事はないと思う」
 オネットはあまり気にした様子がない。
 ミカエルは顔面を蒼白させた。
「避けろー! 避けてくれー!」
 ミカエルは必死になって叫んだ。
 山道は狭い。歩ける部分は限られている。
 藍色の道はグローリア王国に続いているだろう。
 マリアと近衛兵が先行している。好奇心旺盛なマリアが藍色の道に近づかないとは考えづらい。
 ミカエルは疲れた身体に鞭打って、走った。
「避けろ、近づくな!」
 声をからしながら、足の感覚を失いながら、ひたすら藍色の道を辿る。
 追いつけるはずはない。しかし、声が届けばマリアを救えるかもしれない。
 オネットが軽々と追いついてきた。その軽やかさが、ミカエルには憎らしい。
「マリア王女がクゥガとぶつかるかもしれない。なんて事をしてくれた!」
「……それはまずいな」
 失態を自覚したのか、オネットは腕を組んだ。

 遠くから甲高い悲鳴が聞こえる。マリアのものだ。

「マリア王女!?」
 ミカエルの顔から血の気が抜けた。
 グローリア王国の最高権力者が、尊ぶべき存在が、命を落としたかもしれない。
 ミカエルはオネットを睨む。
「マリア王女にもしもの事があれば、地獄の果てまで追いかけて殺す!」
「落ち着いてほしい」
「僕は充分に落ち着いている! 絶対に許さん!」
 ミカエルは絶望的に黒い心を抱えながら走った。
 山の麓にはグローリア王国の防壁がある。
 派手な音がした。
 クゥガの頭が防壁に突っ込んでいた。台車は地面を転がり、車輪に絡んでいた糸と藍色の道は空気中に溶けるように消えていった。
 近衛兵たちが互いに顔を見合わせている。何が起こったのか理解できていないのだろう。
「マリア王女は!?」
 ミカエルは息も絶え絶えだった。

「マリア王女は無事か!?」

「私はここよ。さっきから叫び声が聞こえていたけど、ミカエルだったのね」

 マリアは長い金髪を揺らしながら、両手をパンッと合わせた。
「そうそう! お話したい事があるの。空中に急に藍色の道ができたの。すごく綺麗だったわ! 本当は歩いてみたかったけど、避けろーという声が聞こえて怖くなってやめたの。ミカエルにも見せたかったわ」
「たった今、見てきました」
 ミカエルはフラフラと座り込んだ。安堵と疲れがドッと押し寄せてくる。
「ご無事で何よりです」
「ミカエルが座り込むなんて珍しいわ。クゥガを運ぶのが大変だったのかしら」
「……いいえ。おい、オネット!」
 ミカエルはへたり込みながら怒鳴った。
「今度こんなマネをしたら許さないからな!」
「俺も悪かったが、おまえがさっさと運べと言っていただろう」
 オネットは悠然と歩いていた。
「それより早くクゥガを食わないか?」
「料理をするまで待ってて。とっても美味しく作ってもらうから」
 マリアは胸を張った。
「とびっきりの朝ごはんにしましょう!」
「ミカエル、ここまで来ていたのか」
 スターがゼハァゼハァと肩で息をしていた。
「まさかここまで走る事になるとは」
「どうした?」
 ミカエルも息があがっていた。胸と両足が痛い。
 そんなミカエルに残酷な言葉が浴びせられる。
「山の中で散り散りに逃げた男たちを呼び戻せ。きっと迷子になっておる」
「……」
「もしや、忘れておったのか?」
 ミカエルの表情は引きつった。
「こ、この僕が忘れるわけがないだろう」
「手伝うか?」
 オネットが心配そうに声を掛ける。
「一人でやってくれ」
 ミカエルは地面に倒れ伏した。すべての気力を使い果たしていた。
 男たちは大多数が自力で戻ってきたが、獣用の罠にはまって自力では帰れなかった者もいた。自力では帰れない者をオネットが救い出すと、マリアはご機嫌だった。
「さすがね! これからも猛獣退治をお願いしたいわ」
 マリアの笑顔が輝く一方で、男たちはうつむていた。
「猛獣退治なんてコリゴリだ。特にクゥガ、おまえはダメだ」
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