マルドゥクの殺戮人形

今晩葉ミチル

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グローリア王国内にて

炎の料理人たち

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 クゥガは専用の包丁で捌かれる。包丁の刃渡りは人間の子供くらいの長さがあり、こぶし大の太さがある。切れ味は鋭いが、重くて扱いづらい。うかつに握ると周りの人間を切ってしまうという逸話がある。料理人の中でも限られた人間しか持つことは許されない代物だ。
 その限られた料理人たるジャック料理長は、いつにもまして真剣な眼差しでクゥガを見つめていた。
「でかいぜぇ」
 日頃は軽口で雰囲気を和ませながら料理をしているが、クゥガの大きさに圧倒されていた。

 何人もの大人を並べたくらいの大きさだ。運ぶだけで何十人もの男が呼ばれただけの事はある。

「……よくこんなん仕留めたなぁ」

 感心するとともに、畏怖を込めて両手を合わせる。
「くれぐれも、グローリア王国の災厄にならないでくれよ」
 他の料理人も両手を合わせた。食物に感謝し、祈りを捧げているのだ。
 ほんの少しの間だが、料理人どうしのチームワークを引き出す大事な儀式だ。
 ジャックは顔をあげると、雄叫びをあげる。

「野郎ども、戦争の時間だー!」

 いくつもの雄叫びがこだまする。料理人たちの魂の叫びだ。
 祈りはすませた。あとは食い物にするだけだ。
「おりゃぁぁあああ!」
 気合一刀、ジャックはクゥガを切りつける。光の一閃がきらめき、頑強な皮膚がはがれ、クゥガの肉が顕になる。新鮮な赤身に綺麗に脂がのっていて、高級な肉である事が分かる。
 歓声が湧き上がる。料理人たちのモチベーションは最高潮だ。
 包丁を扱う者の技量が足りなければ、もしくは普通の剣やナイフであれば弾かれる。技量と道具がそろってはじめてクゥガを調理できる。クゥガの調理は、グローリア王国では憧れだ。
「そりゃあぁぁあああ!」
 ジャックは慎重かつ大胆にクゥガをさらに細かく切っていく。
 大量の肉片が作られていく。肉を無駄に傷つけず、食感を損なわない見事な捌きだ。
「ヒャッハー! せっかくの肉だー! うまいもんにしてやるぜぇぇええ!」
 ジャックの気合は他の料理人にも伝わる。
 火をおこし、肉片を焼いていく。
 ジャックは両の拳を天井に向けて振り上げた。
「ハーブと一緒にオーブンで焼くと、最高にパラダイスだぜぇええ!」
 そのうちオーバーヒートして燃えてしまいそうな熱気を帯びている。
 肉片をハーブや調味料で下ごしらえをして、軽くあぶったあとでオーブンに入れる。
 ジャックの鼻息は荒い。腕の見せ所といわんばかりに張り切っているようだ。
 マリアは見学しながら、一生懸命よだれを飲み込んでいた。
「早く食べたいわ!」
「マリア王女、一つ聞いていいか?」
 オネットが不思議そうにオーブンを見つめている。
「どうやって焼いている?」

「火源石を使っているわ。フレイがくれたのよ!」

「フレイか……」
 オネットが遠い目をした。
 マリアは得意げに頷いた。
「明るくて元気な男の子だったわ。グローリア王国にひどい事をしたけど、今度あったらお友達になるの!」
 マリアはくるくるとステップを踏みはじめた。
「今度いつ会えるかしら。楽しみだわ!」
「……」
 オネットはうつむいた。
 マリアはステップを踏むのをやめて、心配そうにオネットを見つめる。
「顔色が悪いわ。大丈夫?」
「元気がないなら、うまいもん食って精を出そうぜ!」
 ジャックが雄叫びをあげて号令を出す。
「野郎ども、もうすぐ食事の時間だー!」
「野郎どもとは何だ。王女がいる事を忘れるな」
 ミカエルの野暮なツッコミは、ジャックの耳には入っていなかった。
 オーブンから肉が取り出される。いよいよ仕上げに入るらしい。
 こんがり焼けた肉を食べやすい大きさに切り分けて、皿に盛りつける。今朝とれたばかりのジャガイモやパプリカなどを付け合わせて彩りを添える。
 豪勢な朝ごはんのできあがりだ。
「すごーい!」
 マリアは万歳をした。
 スターが咳払いをする。
「マリア王女、料理人たちに言うべき事はありませんか?」
「うん、ありがとう! とても美味しそう!」
 天使のような笑顔のまま、オネットにも声を掛ける。
「クゥガを食べれるなんて夢のよう!」
「そうか」
 オネットの返事はそっけなかったが、両頬は赤かった。
 スターがパンパンッと手を叩く。
「席につこう。食事の時間だ」
 みんなが席に着くが、一つだけ空いた。
「オネット、なんで座らないの?」
 マリアが尋ねると、オネットは困ったような表情を浮かべた。
「俺が食べていいものとは思えない」
「なんで? 食べたくないの?」
「……」
 オネットは視線を宙に浮かせた。
「……食べたくないと言えば嘘になるが、俺にはもったいない」
「そんな事ないわ!」
 マリアは立ち上がって、強引にオネットの右腕を引っ張った。
 本来なら力で負けるはずがないから、すぐに振りほどけただろう。しかし、それをしなかったのは迷いがあったからだろう。
 オネットは空いている席に座らされた。ミカエルの隣だった。
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