マルドゥクの殺戮人形

今晩葉ミチル

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マーニ大陸にて

マルドゥクの集会

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 ソール大陸は一つにまとまり、マーニ大陸に対抗するための素地が少しずつ整っていた。
 その動向を察しているのか。
 一人の男が集会を開いていた。
 集まった人間は様々な顔ぶれだったが、血気盛んなものがほとんどだった。
 集会場は常に炎で照らされ、夜になっても明るい。ゴツゴツとした岩肌が特徴的な、人工的に造られた洞窟のような場所であった。マーニ大陸にはより豪華な場所がたくさんあるが、男は好んで此処を選んでいた。男は集団の前で、マーニ大陸随一を争う美女たちに囲まれていた。
 その男は、背中いっぱいに巨大な入れ墨を彫っている。二重になった円の周りをぐるりと囲むように、四本のナイフが並べられている。外側に刃が向けられている配置だ。太陽を模しているという説がある。
 男はその入れ墨を見せつけるように、常に上半身は裸であった。下半身は丈夫な布を巻き、豪奢な装飾を身に着けている。
 燃えるような赤髪と筋肉質な肉体美を兼ね備えており、常に眼光鋭く獲物を狙っている。
 獣のような獰猛さと、悪魔のような狡猾さを併せ持つ恐怖の的。

 マルドゥクだった。

「さぁて、何から始めようか」

 マルドゥクが朗々とした声を発すると、辺りは畏怖と緊張で包まれる。
 マルドゥクに対して、一人の少年が跪いている。黒い礼装の少年で、マルドゥクと集団の間に置かれ、晒されているようだ。
 マルドゥクはうつむきかげんの少年に視線を移す。
「ソール大陸が俺たちに歯向かおうとしているらしい。マリアという小娘が主導しているようだな、オネット」
「グローリア王国の王女ですね」
 少年オネットは事実を淡々と述べていた。
 マルドゥクは苦笑する。
「質問を変えよう。俺に従うと言いながら、フレイをかばったり変な服を持ち帰ったりしたな。俺に対する忠誠心がない事は、ルドから聞いている。答えろ。グローリア王国が攻め込まれたらおまえはどう感じる?」
「どのような返答をお求めですか?」
 嫌がらせをしたつもりだったマルドゥクにとって、あまりにも斜め上の回答だった。
「俺はすべての作戦において、マルドゥク様に従います」
 当たり障りのない返答を付け加えている。
 マルドゥクは不愉快そうに顔を歪めた。オネットの顎を掴み、顔をあげさせる。
「俺を裏切り、ルドの温情で生きているおまえは、何か言うべき事があるだろう?」
「特に思いつきません」
「死にたいのか?」
 マルドゥクの指がオネットの首筋に触れる。その指から、数本の白い糸が伸び、オネットの首に巻き付いた。
「未完成であるが”マリオネット”だ。味わってみるか?」
 オネットは答えない。
 絞め殺されるのを受け入れようとしているようだ。
「……つまらん奴だ」
 数本の糸がオネットの首を締め上げる。
「お待ちください!」
 集団の一人が声をあげた。ゆったりとしたローブを羽織った銀髪の青年である。ルドであった。
「マルドゥク様、彼を殺す前にやらせたい事があります」
「なんだ?」
「恋バナです! 彼は好きな人がいるのです」
 ルドが意気揚々と提言すると、それまでは無表情だったオネットに変化が現れた。
 両目に凶暴な光を宿している。激しい焦りを感じているようにも見える。
「ルド、それはやめろ! マルドゥク様、聞き入れる必要はありません!」
「なんだオネット。その程度のことも話せないのか?」
「裏切り者には等しく死を!」
「何を必死になっているのか知らんが……ルドが望んでいる。恋愛対象の話をしてやれ」
 オネットの両目から光が失われた。
「……それはご命令ですか?」
「当然だ」
 オネットの首に巻き付いていた糸がほどけ、空気中に霧散する。
 オネットは両手足の力を失ったのか、床に崩れ落ちた。両膝を床につき、口を半開きにしている。絶望しているようだ。
「そんなに嫌なのか?」
 マルドゥクの疑問に、オネットは力なく頷く。
 対してルドはご機嫌そのものだ。
「あなたがどれほど羞恥心にもだえるのか、楽しみですよ」
「くっ殺せ」
「何を言っているのですか?」
「言い方を変える。殺してください、何でもしますから」
「懇願の内容がおかしいでしょう。マルドゥク様の命令でもあります。恋バナをしなさい」
 ルドがオネットの手を取り、立ち上がらせようとする。
 その手を、オネットは振り払った。

「ルド、いいか。よく聞け。彼女いない歴イコール年齢の人間に恋の話をさせるのが、どれほど残酷な事か」

「なんですか、急に」

 オネットがゆらりと立ち上がる。そして、一歩、また一歩とルドに詰め寄る。
 ルドはわけもわからず、本能的に後ろにさがる。
 そのルドを追い詰めるように、オネットはじわりじわりと距離を詰めていた。
「恋をした事はあった。しかし気づいてもらう前に死んでしまった。その傷が癒えないうちに告白をされた。俺はその気になった。その直後にごめん罰ゲームだったのと言われた絶望が分かるか!?」
「そ、その後で本当の恋に発展する事もあるのでは?」
 ルドの背中に岩肌が当たる。
 オネットはルドの顔のそばで、岩肌に向けて勢いよく右手をぶつけた。
 ドンッと派手な音がして、ルドはヒッと小さく悲鳴をあげた。
 マルドゥクも息を呑んでいた。
 オネットが怪しく笑う。
「本当の恋? おまえは何を言っている。罰ゲームで人の心をもてあそぶ陽キャラが、何の力もない俺の事を覚えていると思うか? ただただ魂が抜けた感覚がするのに、胸の内の痛みは消えない。祈ったものだ。神はいるか!? 俺から心を消してくれ。人形にしてくれ。ヴォー、イスト、ゴット! ヴォー、イスト、ゴット!」
「お願いです、落ち着いてください!」
 ルドは半泣きであった。
 オネットは狂ったように笑っていた。
「俺は復讐を誓った。悪質な罰ゲームを思いついた犯人を、いつかこの手でこらしめてやると。だが、そいつは任務中に死んだ。イアンの仲間だったらしいな」
 集団の一人が肩を震わせる。
 くせっ毛のある黒髪の少年であった。
 オネットはその少年にぎらつく瞳を向けた。
「思えばさっさと犯人を突き止めて殴るべきだった。それができないなら、俺は他の誰かを殴るべきだ。イアン、ちょっと来い」
「誰が行くか!」
 いきなり名指しされたくせっ毛の少年イアンは、困惑した表情を浮かべて、自らの全身を刃に変えていた。なんでも切り裂くスキル”アイアン”を発動させていた。
「”マリオネット”を発動させても無駄だぜ。糸を全部切り裂いてやる!」
「それでいい。殴り甲斐がある」
 オネットは低い声で笑った。
「八つ当たりに付き合って死ね」
「ひでぇ動機だな!」
「分かった。よし、いいだろう。仲間割れは望むところでない。恋の話はやらなくていい。別の仕事を与える。オネットの名前を出すだけでおとなしくなる連中がいるからな。利用させてもらう」
 マルドゥクが口を挟んだ。
 ルドは涙目で何度も頷いた。
「さすがです、マルドゥク様。裏切り者を有効活用するとは」
「ありがたき幸せです」
 オネットは岩肌から手を離し、無表情でマルドゥクに向いて跪いた。
「さすがはマーニ大陸の覇者ですね。服装センスも性格も最悪ですが、人の上に立つだけの事はあります」
「褒めるかけなすか統一しろ」
「ひそかに半裸の変態様と呼ばせていただきます」
「人形よ、この場で殺されたいのか?」
 マルドゥクの口元が引きつる。
 オネットは首を横に振った。
「仲間を犠牲にしてでも生きたいです」
「正直だな。だが、嫌いじゃない」
 マルドゥクが不適に笑う。
「その冷血さが多くのゴミどもを葬った。マーニ大陸の安泰を築いたのはルド、イアン、フレイ、そしておまえの功績も認めてやる」
「もったいないお言葉です」
「俺は部下の過失も功績も評価する。最近おまえがいなくなった間を狙うようにいくつかの国が勝手な移民政策を行い始めた。レーベン王国とかな。調査のために、イアンに同行させる」
 オネットは感づいていた。
 イアンに情報を引き出すための交渉能力はない。
 そんな彼に任せる理由は一つ。
 調査のためと言っているが、粛清が目的なのだと。
 マルドゥクが口の端を上げる。
「調査に協力的でなければ”アイアン”と”マリオネット”で仕留めていい。命の恩人とかそんな関係が無ければためらいはないだろう」
「もちろんです! マルドゥク様のためならなんなりと!」
 イアンはハキハキとしていた。忠義を尽くせる事に喜びを感じているようだ。
 オネットも頷く。
「ご命令には従います。着替えさせていただければ」
「ルドの趣味だ。それくらい叶えてやれ」
 ルドは、オネットの殺気を見逃さなかったが微笑みを絶やさなかった。
「調査が終われば、いよいよソール大陸ですね」
「ああ、野蛮民族を開拓してやる」
 マルドゥクの両目は野望に満ちていた。
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