マルドゥクの殺戮人形

今晩葉ミチル

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マーニ大陸にて

汽車の中で

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 マーニ大陸の主な国々には鉄道が敷かれている。各国が協力して造ったもので、マーニ大陸の人々にとって誇りであった。
 開通当初は多くの人でごった返し、乗り切れず、屋根の上にしがみつく人もいた。誰かしらが汽車から落ちて安全確認のために止まるのが恒例であった。
 現在はマルドゥクに気に入られたごくごく一部の人間が利用するものとなったが。
 その恩恵に預かる王族や貴族は、マルドゥクの手下に袖の下を渡すのが通例であった。自分の国に便宜を図ってもらうために細心の注意を払っていた。
 汽車を利用する時には、多くの場合にマルドゥクの手下が乗っている。効率の良い移動手段であるため、任務遂行に利用されやすいのだ。
 汽車に乗る王族や貴族は常に緊張している。
 マーニ大陸において最高級品のワインを抱えながら、若い男は震えていた。彼は王家の血筋であった。
「本当にいるのだな」
「はい、車掌に確認いたしました」
 受け答えをするのは貴族であった。

「『マルドゥクの殺戮人形』と『鋼鉄の猟犬』が同乗しています」

「スキル持ちじゃないか!」

 若い男は興奮した。
 貴族も笑みがこぼれる。
「絶好の好機と捉えるべきかと」
「どちらに渡すべきだ?」
「人形かと。猟犬は些細な事で気を荒くすると聞いております。受け渡しの最中に命を落とした人間は数多くいるそうです」
「よし、人形にしよう」
 若い男は決死の覚悟で汽車を移動する。
 彼が考えているのは、自国へ利益を誘導する事だ。マルドゥクの手下に気に入られれば国が滅ぼされる心配は大幅に減る。
 しかし、逆もまたしかりだ。怒りを買えば見せしめに殺されるだろう。

「正念場だな」

 若い男は大粒の唾を飲み込んで、個室の前で立ち止まる。扉はあいていた。
 その部屋は最も設備が整っている。ゆったりとしたスペースに小型であるがシャンデリアが付いている。柔らかな羽毛をふんだんに使ったベッドは天にも登るような居心地を与えるだろう。窓際には香りのいい木製のテーブルと椅子がある。
 その椅子に目的の人物は座っていた。
 黒い礼装を身に着けている細身の少年だ。幼さの残る顔立ちであるが、目鼻立ちは整っていて、見るものの視線を釘付けにする。白い肌とは対照的に髪は黒く、肩で切りそろえている。窓から外を眺めているようだ。
「あの……人形様でしょうか」
 若い男は急に敬語になった。失礼があれば自分だけでなく、祖国の人間の首が飛ぶ。
 少年は答えない。あくびをして、窓の外を眺めている。
「お部屋に入ってもよろしいでしょうか」
「賄賂はお断りだ」
 淡々とした口調で、感情が読めない。
 若い男は身震いした。貴族にいたっては両膝をガクガクさせていた。
 少年がトドメを刺すように言葉を添える。
「失せろ」
 仮面のように無表情だったが、その声は重く、聞いた人間に重くのしかかった。
 若い男と貴族は悲鳴をあげて逃げだした。
「あ、あの……」
 続いて若い女性が声を掛ける。汽車の乗務員だった。
「紅茶ができました」
「テーブルに置いてくれ」
「は、はい!」
 乗務員は震える両手で慎重に紅茶を運び、テーブルに置いた。
「お気に召さなかったら他のフレーバーがあります。どうか命だけは……!」
 乗務員が懇願するのを尻目に、少年は紅茶に口を付けた。一口だけ含み、飲み込んだあとで、ほぅっと息を吐いた。
「ありがとう、美味しい」
 少年が御礼を言うと、乗務員は花がほころぶような笑顔を見せた。心なしか頬が赤い。
「どうぞ汽車の旅をお楽しみください!」
 深々と一礼をしてその場から鼻歌を口ずさみながら歩き去った。
 少年は部屋の扉を締めて、鍵を掛ける。そして含み笑いを始めた。
「最高級の紅茶を自腹を切らずに飲めるとは。たまには汽車を利用するのもいいな」
 少年ことオネットは、椅子に座り直すと、再び紅茶に口を付ける。
 フルーティーな香りが鼻をくすぐる。口に含むと、ほどよい甘みがふわっと広がる。
 窓の外は目まぐるしく景色が変わる。見ているだけで飽きなかった。
 至福の時間である。

「……マリアに言われた事も忘れられないが、マルドゥクの部下という立場も捨てがたいな」

 オネットは遠い異国の娘を思い出していた。
 偶然にも流れ着いた先で、出会った王女。無鉄砲だが可愛らしい。人殺しをやめるように言っていた。
 しかしルドにマリアを人質に取られて、マルドゥクの命令に逆らわない事を誓わされた。
「両方から言われた事を守るのは難しいな」
 オネットは紅茶を飲みながら思案した。
 マリアは人殺しをやめさせたくて、マルドゥクは人殺しを続けさせたいのだ。
 マルドゥクがオネットを、彼の生まれ故郷であるレーベン王国へ向かわせるのは、これからも人殺しを続けるかどうか判断する材料を得るためだろう。
 故郷の人間を殺すか否か。その二択でマルドゥクに忠誠心があるのかどうか試そうとしているのだ。

「こんな事を言ったらフレイに怒られるだろうが……場合によっては死ぬしかないかもな」

 オネットは自嘲して、紅茶を置いた。

 頭の中で、赤髪の親友の顔が浮かんでいた。
「もう少し強気になるか」
 死ぬと決まっているのか不明である。今は今。この瞬間を楽しもうと感じていた。
 しかし、その瞬間は邪魔される。
 扉がガンガンと叩かれる。

「オネット、いるんだろ。開けろ!」

 イアンだ。

 オネットは至福の時間を邪魔されてむっとした。
「鍵を掛けてある。帰れ」
 返事をしてやる。
 次の瞬間、扉は音をたてて部屋の中へ倒れた。
 イアンは無粋にも扉を蹴破って入ってきたのだ。満面の笑みを浮かべている。
「いい知らせを持ってきたぜ。聞いておいて損はない」
「どうせ大した事はないだろう。死ね」
「死ねのタイミングおかしくねぇか!?」
 イアンは驚愕のあまり声は裏返ったが、すぐに平静を取り戻す。
「とびっきりのイベントが開催されるようだぜ」
「うざいから消えろ」
「おいおい、レーベン王国に行くんだろ。それに関係があるぜ」
 イアンは得意げである。
 オネットは舌打ちをする。
「手短に」
「『うさぎ狩り』がやられるってさ」
「おまえにしては可愛い趣味だな。興味がない。失せろ」
「付き合いが悪いな! 本物のうさぎを追いかけるわけじゃねぇのに」
 イアンはブツブツ言いながら歩き去った。
 オネットはため息を吐いた。

 イアンの言う『うさぎ狩り』とは、文字通りのイベントではない。逃げ惑う人々をうさぎに見立てて追い詰めて、殺していくというものだ。

 オネットの生まれ故郷で大量虐殺を行うと言っているのだ。

 『うさぎ狩り』が行われる場所は悲惨な事になる。多くの人間が絶望に打ちひしがれるだろう。
 その光景を頭に思い描いているのかいないのか。
 オネットはゆっくりと紅茶を飲み干した。
「……暇な連中だ。紅茶が冷めただろう」
 オネットは不満そうに呟いていた。
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