マルドゥクの殺戮人形

今晩葉ミチル

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マーニ大陸にて

最後の王家の意思

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 レーベン王国は円形状の防壁に囲まれていた。中心に王城があり、建物はほとんどレンガ造りだ。赤茶色の街並みはマリアにとって不思議だった。
「素敵な建物ね。素材はどうやって手に入れるのかしら?」
「自分たちで作るのですよ」
 老人リヒトは得意げに答えた。
「産業と芸術はレーベン王国の得意とするところです」
「すごいわ! 触っていい?」
「軽く触れる程度にしてくださいよ。壊れると大変なので」
「ええ!?」
 マリアは両目を丸くした。
「触っただけで壊れるの!?」
「冗談ですよ。ぶん殴っても壊れませんって!」
 リヒトは愉快そうに笑っていた。
 スターが苦笑する。
「相変わらず人が悪いのぅ」
「なんのなんの、スターン将軍ほどではありませんなぁ」
「儂のことはスターと呼んでくれ。その方が気楽じゃ」
「随分と気弱になったものですな。将軍の頃の面影はどこへやら」
 リヒトはスターを指差して嘲笑した。
「ちょー受ける!」
「ええい、年寄りには敬意を払え」
「年齢なら負けませんぞ!」
「何を言う、儂の方が半年上じゃ」
 二人のやり取りを、ミカエルは呆れながら見ていた。
「どっちもどっちだ」
「あの……体力に余裕はありますか?」
 前を歩く母子が振り返る。
 マリアは胸を張った。
「全然疲れていないわ!」
「じゃあ……観光するのはどうでしょうか?」
「素敵ね!」
 マリアが両目を輝かせると、女性はにっこりと微笑んだ。
「私は買い物に出かけます。おじいちゃん、お願いね」
「うむ、任されよう!」
 リヒトは少ない白髪をかき上げた。
「どこから回りたい?」
「王城以外で」
「よし、王城だ」
 スターのリクエストはあっさり破棄された。
 ジャックははしゃいでいた。
「めっちゃ楽しみだぜぇえくぅう!」
「儂は疲れたから遠慮するかのぅ」
「クソじじいも来い!」
「誰がじじいじゃ」
「クソを否定しろよ!」
 ジャックは豪快に笑った。
 マリアもつられて笑っていた。
「スターも行きましょうよ。懐かしくなると思うわ」
「マリア王女がそう言うなら……」
 スターの表情は暗かった。
 リヒトが穏やかに微笑む。
「安心せい。将軍を始めとした騎士団は尊敬されている。温かく迎え入れられるだろう」
「祖国を捨てた愚かものなのにか?」
「最期まで祖国を守ろうとした英雄として伝わっている。あの時は国民の犠牲者はいなかったからのぅ」
 あの時。
 この言葉を聞いた時に、スターの雰囲気は一変した。
 足を止めて、両肩を震わせている。涙目になっていた。

「エウリッヒ王子……」

 呟き、両膝を地面につけて十字を切った。

 リヒトはしゃがみ、スターの顔を覗き込む。
「悲惨な事件だったのぅ。おまえが血を吐いて倒れてもエウリッヒ王子を呼び続けたのに、虐殺は止まらなかった」
「……あの方は二歳の頃にさらわれている。覚えていないのは仕方ないのじゃ」
「戻ってきたかと思えば、いきなりナイフで切りかかってきたからのぅ。止めようにも”マリオネット”を出されては無理だった。残酷な方じゃった」
「あの方は四歳だった。マルドゥクたちに操られていたのじゃろう」
 スターは立ち上がる。
 それに合わせてリヒトも立ち上がった。
「許されるものではない」
「許す許されるの問題ではない。償わせるべきじゃよ。リヒト、王族を正しく導くのは儂らの責務じゃ」
「あの方は王族とは認められない。レーベン王国を裏切った罪人だ!」
 リヒトが声を荒げた。
「レーベン王国に飽き足らず、マルドゥクの手下として多くの国を滅ぼし人を殺してきた。存在を抹消したい『マルドゥクの殺戮人形』じゃ!」
「なんと! 自国の王子をそのように罵るのか。お主には国家を導く責任感はないのか!?」
 スターが詰め寄る。
 しかし、リヒトはひるまない。
「あの方に王族の資格はない。極刑こそふさわしい」
「ねぇ、エウリッヒ王子はオネットの事よね。もうマルドゥクには従わないと言っていたわ」
 マリアが口を挟んだ。
「きっといろいろな事情があったと思うの。許せるはずはないけど、様子を見てほしいわ」
「何をおっしゃる。あの方はマルドゥクの元で任務を再開したらしいですぞ。また大量殺戮を行うのじゃろう……!?」
 リヒトの視線はマリアの胸元に釘付けになった。
 正確には、マリアのペンダントに注視していた。
 ジャックがエロおやじ~とヤジを飛ばしているが気にかけていない。
 マリアのペンダントは時々六芒星が浮かび上がる。
 リヒトは震えながら指差していた。
「それは……レーベン王国の王家に伝わる秘術”ゼロ”」
「そうよ。オネットがくれたの。一度だけなんとなく災いを封じてくれるらしいわ」
「なんとなくではないですぞ! 確実にスキルを無効化します。あのマルドゥクの”マスター”でさえ。無効化の時間は限られますが、逃げる事はできるようになるでしょう」
「ええ!?」
 マリアは本日二度目の悲鳴をあげた。
「そんなに大切な能力をくれたの!?」
 リヒトはマリアに跪いていた。
 マリアは戸惑う。
「どうしたの?」
「”ゼロ”は大切なものを守るための能力。おそらくエウリッヒ王子として最初で最後の善行となるでしょう」
「え……?」
 マリアはリヒトの言葉が理解できなかった。
「最初で最後の善行ってどういう事?」
「”ゼロ”はレーベン王家の人間が一生に一度だけ使えるものです。たいていは”マスター”の持ち主を封じるために使われます。エウリッヒ王子もそのつもりだったはずです」
「マルドゥクを倒そうとしていたという事?」
 マリアの問いかけに、リヒトは頷いた。
「しかし、誰かに譲渡すれば自分では使えなくなります。マルドゥクを倒すのを諦めたのでしょうね。償いをしない暗殺者のまま、いずれ誰かに殺されるでしょう。さらに言えば、”ゼロ”をレーベン王国と全く関係のない人間に譲渡したという事は、レーベン王国を守る気もないのでしょう」
 リヒトは全身を震わせた。
 絞り出すように言葉を紡いでいる。

「それが最後の王家エウリッヒ王子の意思なのでしょう。マリア様、あなたを守るために命を捧げたという事ですよ」

「そんな……!」

 マリアの顔は青くなった。
「すぐに返さないと」
「無理ですよ。”ゼロ”は元の持ち主に戻る事はありません。あなたが生きていることがエウリッヒ王子の心の支えとなるはずです。どうか無駄死にを避けてください」
「無駄死にはしないわ。でも、どうすればいいのかしら」
「どうしようもありません。あの方は故郷に居場所はなく、償いをする機会もないでしょう」
 リヒトは悲しそうに答えた。
 スターは両目から大粒の涙を流していた。
「薄々分かっておったが、いざ聞かされると辛いのぅ」
「エウリッヒ王子自身がレーベン王国を守るために何かできれば良いのだが、そんな事をすれば真っ先にマルドゥクに殺されてしまうのぅ」
 リヒトは両目を何度もぬぐっていた。
「しかし、レーベン王国は都市国家に生まれ変わる道がある。王族がいなくても成り立つじゃろう」
「よーっし決まりだ。オネットはグローリア王国がもらうぜ!」
 ジャックが場違いに明るい声を発した。
「レーベン王国にはいらないんだろ? あいつを保護してとっととソール大陸にずらかるぜ!」
「ソール大陸を守る使命をどこへやった!?」
 ミカエルが怒鳴った。
「なんとかなるだろう!」
 ジャックはひゃーはっはっはっはっと笑って受け流した。
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