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マーニ大陸にて
うさぎ狩り
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満月の浮かぶ夜空の下で、黒ずくめの少年イアンが歩いていた。
鼻歌を口ずさんでいるが、その目はぎらつき、獰猛な肉食獣を思わせる。
「”うさぎ狩り”の日に俺が動くなんて久しぶりだな」
マルドゥクの手下たちにとって、”うさぎ狩り”には大きく二つの目的がある。
一つは戦闘経験の浅い末端の殺し屋に人殺しの経験を積ませる事。
もう一つは中堅の憂さ晴らしである。
本来ならマルドゥクの手下の中では最強レベルであるイアンが動くはずはなかった。いつもなら人のいなくなった店を物色している頃だ。
しかし、今回はイレギュラーが発生している。
港にいた手下から報告があったのだ。グローリア王国の連中がいたと。
「グローリアはフレイが攻略できなかったからな。油断ならねぇ」
イアンは周囲の気配を探りながら歩く。悲鳴や怒号、慌てふためく足音が聞こえている。
足音のする方向から視線をそむけつつ、考え込む。
「騎士だったら逃げないだろうから。白み潰しに探すのもめんどくさいし、一か八かやってみるか」
思いっきり息を吸う。
そしてあらん限りの大声を発する。あえてグローリア語である。
「『鋼鉄の猟犬』イアンならここにいるぜ! なーんて言って向こうから来たら楽なんだけどなぁ」
「そう、あなたがイアンね!」
「え、本当に来た!?」
イアンは”アイアン”を発動させて全身を鉄で包んで振り向く。
そこには、四人組がいた。
金髪の少女、精悍な顔立ちの青年、老人、なぜかひゃーっはっはっはっと爆笑している男だ。
「おいおい、まじかよ。向こうから名乗ってくれたぜ」
「うむうむ、感心な少年じゃのぅ」
男と老人が口々に褒めているようだが、イアンにはどうでもいい。
男の爆笑ほどではないが、笑いが止まらなかった。
「グローリアの連中だな。ぶっ殺してやるぜ!」
相手が首肯する間を与えずに、地を蹴り、一気に距離を詰める。
ターゲットを絞る事など考えていない。考える必要がない。それだけ広範囲な斬撃をお見舞いする。
青年と男はしゃがみ、金髪の少女は老人に頭を押さえ込まれて結果的に難を逃れている。
「一撃で倒されるほど鈍くさくはないようだな」
イアンは恍惚とした表情を浮かべた。
四人の後ろのレンガの建物が斜めにズレて、やがてドォンと派手な音をたてて崩れ落ちる。
「さぁ来いよ。まとめて相手してやるよ、グローリア!」
「ににににに逃げろー!」
青年の声を皮切りに、四人は一斉に走り出す。
イアンは戸惑った。
「え? 騎士って逃げないもんじゃないのか!?」
イアンに答えるものはいない。
確実に言えるのは、放っておけば取り逃がしてしまうという事だ。
「畜生、ぶっ殺してやる!」
イアンは”アイアン”を発動させたまま追いかける。殺気を隠す事なく、走り続ける。
一方で、グローリアの四人組ことマリアたちは全員が恐怖で足がすくみそうだった。しかし、一度足が止まれば殺される。必死で走っていた。
マリアが声をあげる。
「ねぇ、ミカエルスペシャルで倒せないの!?」
「誰かが足止めしないと当たりません!」
ミカエルだって本当はカッコいいところを見せたい。逃げるなんて嫌だ。
しかし、無理なものは無理だ。
イアンは想像していたよりも遥かに強い。建物を一撃で粉砕するなど反則である。
ジャックが月夜に吠える。
「ヒャッハー! ちびりそうだぜぇぇええ!」
「高らかに宣言しなくていい! むしろ黙って走ってくれ! イアンをまきたい!」
ミカエルの叱責を、イアンは笑いながら聞いていた。
「素直に殺されてくれてもいいんだぜ。マルドゥク様にいい土産だ!」
「誰が殺されてやるか!」
ミカエルは捨て台詞を吐いて、ひたすら走る。
グローリア四人組は早くもピンチを迎えていた。
同じころ、若い女性と女の子が追われていた。
”うさぎ狩り”に遭っているのだ。柄の悪い男たちが追いかけている。
レーベン王国の国民は”うさぎ狩り”から隠れるのがうまくなった。野生のうさぎがビックリするかもしれないほどだ。
しかし、女の子はトイレが我慢できずに用を足してしまった。その間に、避難する時間を失ったのだ。
獲物がほとんどいない狩場では、一度見つかったものたちは執拗に追いかけ回される。
女性も女の子も体力の限界が近づいていた。
「誰か助けて!」
女の子は叫んだ。しかし、答えるものはいない。
その代わり、通りすがりがいた。
黒い礼装の少年であった。
「お兄ちゃん助けて!」
女性と女の子は少年の後ろに回り込む。
「誰がお兄ちゃんだ」
少年ことオネットは呆れていた。
「俺に妹はいない」
「げへへ、まあ血の繋がりなんてどうでもいい。全員上玉だぁ」
男たちが下卑た笑いを浮かべながら近づく。
「奴隷として売り飛ばしてやるぜ」
「やめておけ。俺を売ろうとすれば、マルドゥク様に怒られる」
「は? てめぇのようなガキがマルドゥク様と関係あんのか?」
男が威圧している。
オネットは両手を広げてため息を吐いた。
「こんな服装だから信じられないかもしれないが、俺はオネット。『マルドゥクの殺戮人形』と言えば分かるか?」
「なななな、なんだと!?」
男の表情が一変した。
しかし、他の男たちは腹を抱えて爆笑をしていた。
「随分と大それた嘘をつくおぼっちゃまだな」
「そんじゅそこらのボケ老人よりひどい」
「至高の天然野郎がここにいるぜ」
男たちの言葉を聞きながら、オネットは口元を引きつらせた。
「これだから末端の連中は嫌いだ」
「ああん? 誰が末端だって? 実力の差を見せつけてやるぜ!」
男のうち一人がオネットに殴り掛かる。
男にとって全速力であった。
しかし、殴ったのは空気のみ。男の背中ががら空きになった。
その背中から、凍りつくような殺気を感じる。
「実力の差をわきまえずに喧嘩を売るな。マルドゥク様の恥晒し共」
オネットの雰囲気が変化している。
近くにいるだけで切り刻まれそうな雰囲気をまとっている。無表情で感情は読めない。
淡々とした口調はまるで人形のようだった。
「あまりにも弱すぎるから一度は見逃すが、次はない。死にたくなければ三秒以内に失せろ」
「ひ、ひいいいいいいい!」
男たちは圧倒的な剣幕に押されて散り散りに走りだした。
オネットは女性たちの方に向き直る。
「おまえたちも殺されたくなかったらさっさと失せろ」
「お兄ちゃんすごい、ありがとう!」
女の子は両目を輝かせてピョンピョン跳ねていた。
女性は涙を流していた。
「ああ……エウリッヒ王子の勇姿を見られるなんて……もう死んでもいいです」
「俺は何もしていない」
「マルドゥクの手下として多くの死線を乗り越えて、いつかはマルドゥクを欺いてレーベン王国を、引いてはマーニ大陸を救ってくださる御方」
「誰の事を言っている?」
「雄大な空を支配し数多の星々に語りかけ、悪しきものを殲滅する伝説の”ゼロ”の持ち主、エウリッヒ王子。ありがとうございます、今後のご活躍をお祈りいたします。さぁ、私の命で良ければ奪ってください!」
「勝手な妄想で変な感謝をするのをやめてほしい」
オネットは戸惑った。
自分の剣幕をどこへやればいい。
女性は跪き、女の子はほへーと口を半開きにしている。
「お兄ちゃんってすごいんだね。よく分からないけど」
「俺もよく分からない」
オネットはポリポリと頭をかいた。ため息と共に剣幕を解く。
「探したい人がいるから行く。おまえたちは適当に逃げろ」
「小生意気なガキがいるのはここか!」
野太い声が聞こえて振り向けば、巨大な男がいた。トゲトゲのついたこん棒を肩に担ぎ、ニタニタしている。
その後ろで、先ほど逃げて行った男たちがヤジを飛ばしていた。
「俺たちの事をマルドゥク様の恥晒しと言ったのを後悔しろ!」
「泣いて謝るなら今のうちだ!」
オネットは溜め息を吐いた。
「俺が『マルドゥクの殺戮人形』と名乗った事も情報共有しておけ」
「な……に……?」
巨大な男が固まる。
「いや、その、俺を見てビビらないなんてただものじゃないと思っていたが……」
「嘘に決まっているぜ!」
「いけないよなぁ、助かりたいからって人の名前をかたるなんて」
安全地帯からヤジを飛ばす男たちは気楽なものだ。
巨大な男は自らを鼓舞するように乾いた笑いを浮かべた。
「そ、そうだよな。こんなところに『マルドゥクの殺戮人形』なんているはずがないよな。この俺をチビらせた罪は重い、死ね!」
こん棒が振り下ろされ、地面を砕く。
砕かれた地面のすぐそばにオネットは移動していた。
「……いらん報告をする暇があるなら、周りに知らせておけ。俺に喧嘩を売れば命がないと」
オネットの雰囲気が変貌する。
暗く虚ろな瞳から冷酷な殺意が放たれる。
「死にたいなら止めはしない。殺戮は俺の本業だ」
「う、うわああああああ!」
巨大な男はこん棒を投げて逃げ出した。
ヤジを飛ばしていた男たちも悲鳴をあげて逃げていく。
オネットは呆れ顔になっていた。
「しっかりと情報共有をしておけばよかったものを」
「こっちにエウリッヒ王子がいらっしゃる! 助けてもらおう!」
青年たちが走ってくる。オネットの背中側に回って、安堵の溜め息を吐いている。
しっかりと情報共有したのはレーベン王国の民のようだ。
青年たちの後ろから、黒ずくめの集団が追いかけていた。マルドゥクの手下たちだ。
「エウリッヒとかエロリッヒとか知らねぇが、マルドゥク様率いる殺し屋の足元に及ばないぜ!」
「俺もマルドゥク様の手下だ」
オネットが淡々と告げると、手下たちは露骨に疑いの眼差しを向けた。
「は? あんたのような大人しそうなおぼっちゃまが何言ってるんだ?」
「俺をただのおぼっちゃまと思うのなら、死ぬ」
「面白い脅しだぜ! やれるものならやって……みろぉぎゃああああ!」
オネットの雰囲気が変化するほどに、手下たちの語尾は弱くなり、ついには悲鳴に変わった。
オネットはどす黒い剣幕のまま一言告げる。
「失せろ」
「はいいいぃいいい!」
手下たちは一目散に逃げて行った。
オネットの背中から拍手がわく。
「さすがエウリッヒ王子!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「お兄ちゃん、なんだかよく分からないけどすごいね!」
オネットは変な疲れをためていた。
鼻歌を口ずさんでいるが、その目はぎらつき、獰猛な肉食獣を思わせる。
「”うさぎ狩り”の日に俺が動くなんて久しぶりだな」
マルドゥクの手下たちにとって、”うさぎ狩り”には大きく二つの目的がある。
一つは戦闘経験の浅い末端の殺し屋に人殺しの経験を積ませる事。
もう一つは中堅の憂さ晴らしである。
本来ならマルドゥクの手下の中では最強レベルであるイアンが動くはずはなかった。いつもなら人のいなくなった店を物色している頃だ。
しかし、今回はイレギュラーが発生している。
港にいた手下から報告があったのだ。グローリア王国の連中がいたと。
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イアンは周囲の気配を探りながら歩く。悲鳴や怒号、慌てふためく足音が聞こえている。
足音のする方向から視線をそむけつつ、考え込む。
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思いっきり息を吸う。
そしてあらん限りの大声を発する。あえてグローリア語である。
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「そう、あなたがイアンね!」
「え、本当に来た!?」
イアンは”アイアン”を発動させて全身を鉄で包んで振り向く。
そこには、四人組がいた。
金髪の少女、精悍な顔立ちの青年、老人、なぜかひゃーっはっはっはっと爆笑している男だ。
「おいおい、まじかよ。向こうから名乗ってくれたぜ」
「うむうむ、感心な少年じゃのぅ」
男と老人が口々に褒めているようだが、イアンにはどうでもいい。
男の爆笑ほどではないが、笑いが止まらなかった。
「グローリアの連中だな。ぶっ殺してやるぜ!」
相手が首肯する間を与えずに、地を蹴り、一気に距離を詰める。
ターゲットを絞る事など考えていない。考える必要がない。それだけ広範囲な斬撃をお見舞いする。
青年と男はしゃがみ、金髪の少女は老人に頭を押さえ込まれて結果的に難を逃れている。
「一撃で倒されるほど鈍くさくはないようだな」
イアンは恍惚とした表情を浮かべた。
四人の後ろのレンガの建物が斜めにズレて、やがてドォンと派手な音をたてて崩れ落ちる。
「さぁ来いよ。まとめて相手してやるよ、グローリア!」
「ににににに逃げろー!」
青年の声を皮切りに、四人は一斉に走り出す。
イアンは戸惑った。
「え? 騎士って逃げないもんじゃないのか!?」
イアンに答えるものはいない。
確実に言えるのは、放っておけば取り逃がしてしまうという事だ。
「畜生、ぶっ殺してやる!」
イアンは”アイアン”を発動させたまま追いかける。殺気を隠す事なく、走り続ける。
一方で、グローリアの四人組ことマリアたちは全員が恐怖で足がすくみそうだった。しかし、一度足が止まれば殺される。必死で走っていた。
マリアが声をあげる。
「ねぇ、ミカエルスペシャルで倒せないの!?」
「誰かが足止めしないと当たりません!」
ミカエルだって本当はカッコいいところを見せたい。逃げるなんて嫌だ。
しかし、無理なものは無理だ。
イアンは想像していたよりも遥かに強い。建物を一撃で粉砕するなど反則である。
ジャックが月夜に吠える。
「ヒャッハー! ちびりそうだぜぇぇええ!」
「高らかに宣言しなくていい! むしろ黙って走ってくれ! イアンをまきたい!」
ミカエルの叱責を、イアンは笑いながら聞いていた。
「素直に殺されてくれてもいいんだぜ。マルドゥク様にいい土産だ!」
「誰が殺されてやるか!」
ミカエルは捨て台詞を吐いて、ひたすら走る。
グローリア四人組は早くもピンチを迎えていた。
同じころ、若い女性と女の子が追われていた。
”うさぎ狩り”に遭っているのだ。柄の悪い男たちが追いかけている。
レーベン王国の国民は”うさぎ狩り”から隠れるのがうまくなった。野生のうさぎがビックリするかもしれないほどだ。
しかし、女の子はトイレが我慢できずに用を足してしまった。その間に、避難する時間を失ったのだ。
獲物がほとんどいない狩場では、一度見つかったものたちは執拗に追いかけ回される。
女性も女の子も体力の限界が近づいていた。
「誰か助けて!」
女の子は叫んだ。しかし、答えるものはいない。
その代わり、通りすがりがいた。
黒い礼装の少年であった。
「お兄ちゃん助けて!」
女性と女の子は少年の後ろに回り込む。
「誰がお兄ちゃんだ」
少年ことオネットは呆れていた。
「俺に妹はいない」
「げへへ、まあ血の繋がりなんてどうでもいい。全員上玉だぁ」
男たちが下卑た笑いを浮かべながら近づく。
「奴隷として売り飛ばしてやるぜ」
「やめておけ。俺を売ろうとすれば、マルドゥク様に怒られる」
「は? てめぇのようなガキがマルドゥク様と関係あんのか?」
男が威圧している。
オネットは両手を広げてため息を吐いた。
「こんな服装だから信じられないかもしれないが、俺はオネット。『マルドゥクの殺戮人形』と言えば分かるか?」
「なななな、なんだと!?」
男の表情が一変した。
しかし、他の男たちは腹を抱えて爆笑をしていた。
「随分と大それた嘘をつくおぼっちゃまだな」
「そんじゅそこらのボケ老人よりひどい」
「至高の天然野郎がここにいるぜ」
男たちの言葉を聞きながら、オネットは口元を引きつらせた。
「これだから末端の連中は嫌いだ」
「ああん? 誰が末端だって? 実力の差を見せつけてやるぜ!」
男のうち一人がオネットに殴り掛かる。
男にとって全速力であった。
しかし、殴ったのは空気のみ。男の背中ががら空きになった。
その背中から、凍りつくような殺気を感じる。
「実力の差をわきまえずに喧嘩を売るな。マルドゥク様の恥晒し共」
オネットの雰囲気が変化している。
近くにいるだけで切り刻まれそうな雰囲気をまとっている。無表情で感情は読めない。
淡々とした口調はまるで人形のようだった。
「あまりにも弱すぎるから一度は見逃すが、次はない。死にたくなければ三秒以内に失せろ」
「ひ、ひいいいいいいい!」
男たちは圧倒的な剣幕に押されて散り散りに走りだした。
オネットは女性たちの方に向き直る。
「おまえたちも殺されたくなかったらさっさと失せろ」
「お兄ちゃんすごい、ありがとう!」
女の子は両目を輝かせてピョンピョン跳ねていた。
女性は涙を流していた。
「ああ……エウリッヒ王子の勇姿を見られるなんて……もう死んでもいいです」
「俺は何もしていない」
「マルドゥクの手下として多くの死線を乗り越えて、いつかはマルドゥクを欺いてレーベン王国を、引いてはマーニ大陸を救ってくださる御方」
「誰の事を言っている?」
「雄大な空を支配し数多の星々に語りかけ、悪しきものを殲滅する伝説の”ゼロ”の持ち主、エウリッヒ王子。ありがとうございます、今後のご活躍をお祈りいたします。さぁ、私の命で良ければ奪ってください!」
「勝手な妄想で変な感謝をするのをやめてほしい」
オネットは戸惑った。
自分の剣幕をどこへやればいい。
女性は跪き、女の子はほへーと口を半開きにしている。
「お兄ちゃんってすごいんだね。よく分からないけど」
「俺もよく分からない」
オネットはポリポリと頭をかいた。ため息と共に剣幕を解く。
「探したい人がいるから行く。おまえたちは適当に逃げろ」
「小生意気なガキがいるのはここか!」
野太い声が聞こえて振り向けば、巨大な男がいた。トゲトゲのついたこん棒を肩に担ぎ、ニタニタしている。
その後ろで、先ほど逃げて行った男たちがヤジを飛ばしていた。
「俺たちの事をマルドゥク様の恥晒しと言ったのを後悔しろ!」
「泣いて謝るなら今のうちだ!」
オネットは溜め息を吐いた。
「俺が『マルドゥクの殺戮人形』と名乗った事も情報共有しておけ」
「な……に……?」
巨大な男が固まる。
「いや、その、俺を見てビビらないなんてただものじゃないと思っていたが……」
「嘘に決まっているぜ!」
「いけないよなぁ、助かりたいからって人の名前をかたるなんて」
安全地帯からヤジを飛ばす男たちは気楽なものだ。
巨大な男は自らを鼓舞するように乾いた笑いを浮かべた。
「そ、そうだよな。こんなところに『マルドゥクの殺戮人形』なんているはずがないよな。この俺をチビらせた罪は重い、死ね!」
こん棒が振り下ろされ、地面を砕く。
砕かれた地面のすぐそばにオネットは移動していた。
「……いらん報告をする暇があるなら、周りに知らせておけ。俺に喧嘩を売れば命がないと」
オネットの雰囲気が変貌する。
暗く虚ろな瞳から冷酷な殺意が放たれる。
「死にたいなら止めはしない。殺戮は俺の本業だ」
「う、うわああああああ!」
巨大な男はこん棒を投げて逃げ出した。
ヤジを飛ばしていた男たちも悲鳴をあげて逃げていく。
オネットは呆れ顔になっていた。
「しっかりと情報共有をしておけばよかったものを」
「こっちにエウリッヒ王子がいらっしゃる! 助けてもらおう!」
青年たちが走ってくる。オネットの背中側に回って、安堵の溜め息を吐いている。
しっかりと情報共有したのはレーベン王国の民のようだ。
青年たちの後ろから、黒ずくめの集団が追いかけていた。マルドゥクの手下たちだ。
「エウリッヒとかエロリッヒとか知らねぇが、マルドゥク様率いる殺し屋の足元に及ばないぜ!」
「俺もマルドゥク様の手下だ」
オネットが淡々と告げると、手下たちは露骨に疑いの眼差しを向けた。
「は? あんたのような大人しそうなおぼっちゃまが何言ってるんだ?」
「俺をただのおぼっちゃまと思うのなら、死ぬ」
「面白い脅しだぜ! やれるものならやって……みろぉぎゃああああ!」
オネットの雰囲気が変化するほどに、手下たちの語尾は弱くなり、ついには悲鳴に変わった。
オネットはどす黒い剣幕のまま一言告げる。
「失せろ」
「はいいいぃいいい!」
手下たちは一目散に逃げて行った。
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