マルドゥクの殺戮人形

今晩葉ミチル

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マーニ大陸にて

”マリオネット” VS ”アイアン”

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「あ、オネットよ。オネットー!」
 元気な声が聞こえて振り向けば、マリアが走っていた。
 探し人は見つかった。
 しかし、その後ろには”アイアン”を発動中のイアンが殺気を顕にして走っていた。
「あなたに会えて良かったわ!」
 マリアは再会を喜び、両目を輝かせながらオネットに抱きついた。
 オネットは避けようと思えば避けられるはずだったが、頬を赤らめてマリアを受け止めていた。
 その様子を見て、ミカエルの両目がぎらついた。
「ゆるさあぁああん!」
 槍を構えて突進を仕掛ける。しかし、あっさりかわされ、勢い余って転ぶ。
 スターは健康な歯を見せながらカッカッカッと笑っていた。
「元気があって良いのぅ」
「オネット愛しているぜえぇええ!」
 今度はジャックがオネットに抱きつく。
 オネットは頬を赤らめはしないが、懐かしんでいるようだ。
 ミカエルが起き上がる。
「なぜ僕だけかわした!?」
「殺気の有無だ」
「じゃあ、あいつはどうする?」
 ミカエルが指差す方向には、殺気まみれのイアンが走ってきている。

「オネットてめぇ裏切りものぶっ殺す!」

「本気で避ける。二人は逃げてほしい」

 オネットはマリアとジャックからそっと離れる。
 マリアは残念そうだったが、割り切った。グローリア四人組は、オネットの元に避難してきたレーベン王国の民を連れて建物の角に避難した。
「あとでお茶しましょうね」
「生きていればな」
 マリアが声を掛けると、オネットは手短に答えて両腕を広げる。十本の指からは視認不可能な糸が伸びている。
 ”マリオネット”が発動された。
 一方でイアンは両腕を振り上げて、斬撃を繰り出す。マリアたちの前で披露したものと同じだ。
「クソ人形が。切り刻んでやる!」
 周囲の建物に、一瞬で巨大な切り傷ができていく。
 しゃがんで避けられる規模ではない。
 オネットは足元に弾力のある太い糸を伸ばし、その上に全体重を掛けて飛び乗る。
 巨大な斬撃がオネットがもといた場所を切り刻む直前に、オネットは空高く跳んでいた。
「なにぃ!?」
 イアンが見上げた先には、月夜を背景に浮かぶオネットがいた。
 オネットの足元には藍色の糸が空気中に敷かれている。藍色の糸はいくつかの建物の屋上とつながっていた。ゆらゆらと不安定に揺れているが、オネットはうまくバランスを取っていた。
「話を聞け、イアン」
 オネットは淡々とした口調で語る。マーニ大陸の公用語を用いる。マリアには理解できない言語だ。
「俺はマルドゥク様に忠誠を誓っている」
「じゃあ、なんでグローリア組と抱き合っていた!? マルドゥク様とも抱き合った事がないのに!」
 イアンは地団駄を踏んでいた。イアンもマーニ大陸の公用語を用いている。
 オネットは無表情のまま答える。
「マルドゥク様は男を抱くような御方か?」
「変な質問にすり替えるな! 変態人形!」
「心外だな。変態はマルドゥク様だろう」
「てめぇ……」
 イアンはしばらく沈黙した。
 冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
「……服着ろよ、と思う事はあるけど」
「そうだな」
「だが、てめぇに言われる筋合いはねぇよカス人形!」
 イアンは激高していた。
「ぶっ殺してやる!」
 斬撃を空へ繰り出す。オネットは更に上空へ跳び、あっさりと難を逃れる。
「……まじでムカついたぜ」
 イアンは殺気を膨らませたまま、両目を閉じて深呼吸をした。
 次の瞬間、イアンはレンガの建物に突進した。
 壁を蹴り、穴を開けながら恐るべき速さで屋上に向かう。
「覚えたての技を披露してやらぁ!」
 変化はイアンの足元に表れた。
 ギシギシと音をたてて螺旋状に形を変える。強靭なバネの形となっていた。
「”アイアン”の真骨頂を目にして死ね!」
 イアンは登りきった勢いそのまま屋上を蹴る。
 ”アイアン”の刃をむき出しに、オネットと一気に距離を詰める。
 大跳躍はオネットの想像以上のものだった。
 オネットは咄嗟に大幅に右後ろに跳ぶ。
 斬撃が走る。
 月夜を背景に二人のシルエットが重なる。
 オネットの左肩から血が吹き出していた。
 マリアの顔が青ざめる。
「オネット!?」
 ミカエルが止める暇なく、建物の角から出る。
 オネットは糸を敷く事なく落下している。
 マリアは落下すると予想される位置を目指して走っていた。
「無茶ですよ、マリア王女!」
 ミカエルが追いかけるが、身軽なマリアに追いつけない。スターとジャックも同様に追いつけなかった。
「逃すかあぁぁああ!」
 イアンも同じ地点を目指して刃を重くし、急激に高度を下げている。
 三人の行き着く先は重なっている。
 広場の真ん中あたりだ。
「オネットー!」
 マリアが叫ぶ。
「死ねえぇぇえ!」
 イアンが吠える。
 イアンの斬撃が、マリアとオネットに重なりそうになった瞬間。
 ”マリオネット”の糸が大ぶりの振り子のような動きをしていた。
 オネットはマリアを抱えながら糸の動きに身体を任せる。
 落下時の反動を利用して、イアンの意図しない方向に揺り返していた。
 息が苦しくなるほどの風圧を受けながら、目まぐるしく建物の間をすり抜ける。
「どこへ行くんだ!?」
 ミカエルは走る。スターとジャックはへばっていた。
 
 
 一方で、レーベン王国の国民たちは騒ぎを聞きつけて避難所から出てきていた。
「猟犬が悪魔と戦っているらしい」
「ああ、あの国を捨てた悪魔と」
 悪魔とは、オネットの事だろう。
 老齢の元騎士が口を開く。リヒトだ。
「本当に悪魔なのか? 儂らのために戦っているのではないのか? 何人もあの方に助けられているらしいぞ」
「悪魔の罪は重い。今回助けられた人間の何倍が殺されたと思っている?」
「これからもっと多くの人間を助けるだろう。儂らには、それを補佐する責務がある」
「あ……」
 国民たちは言葉を失った。
 元騎士団の言葉が重い。
 リヒトがおもむろに月夜を見上げる。
「儂らの王子を守る時が来たぞ!」
 歓声があがる。
 国民たちは各自がランタンを手に、一直線に戦場へ向かった。彼らが自分たちの勘違いに気がつく事はないだろう。
 
 
「今度こそ隠れていろ」
 オネットは建物の陰にマリアを降ろした。その表情は青い。
 マリアは首を横に振る。
「いっちゃダメ。殺されるわ!」
「イアンは俺の居場所が分かっている。あいつの勘は鋭い。立ち向かうしかない。俺から離れていろ、その方が安全だ」
 マリアはしょんぼりとした。
「何もできないのが悔しいわ……お茶の約束、絶対に守ってね」
「世の中に絶対はない」
 オネットは陰から出る。
 通りには、イアンが待ち構えていた。
「よぉ、別れの挨拶はすんだか!?」
 斬撃は容赦なくオネットに迫る。
 マリアがいない建物の陰に飛び込んでかわす。
 致命傷は避けたが劣勢は明らかだ。
 その時、朗々とした声が響く。
「王子を守れー!」
 リヒトだった。
 号令に応えるように、イアンに向けて四方八方からランタンが投げ込まれる。建物の窓から投げている人もいた。
「うっとうしい!」
 イアンは次々とランタンを切り刻む。
 しかし、火の粉とガラスが飛び散る。イアンの体力は徐々に削れていた。
 足の動きは止まっていた。誰を標的にするか迷ったようだ。
 マリアが叫ぶ。
「ミカエル、今よ!」
 走ってきたグローリアの騎士団長は疲れ切った身体に鞭打って、重い槍を振り回す。
 繰り出すのは、海上で怪魚ブッブーを追い払ったあの技だ。
「食らえ、ミカエルスペシャルゥゥウウウ!」
 業火が生まれ、イアンを覆う。
 イアンの悲鳴が聞こえた。明らかにひるんでいる。
「よっしトドメだ!」
 ミカエルが槍を握り直して突進する。
 しかし、イアンはそこにはいなかった。瞬時に逃げたようだ。
「……覚えてろよ」
 怨念じみた言葉を残していた。
 辺りは静寂に包まれる。通りにはガラスが散乱していたが、それ以上の異変はない。
「勝った?」
 マリアが呟く。
 レーベンの国民たちは歓声をあげた。
「万歳!」
「猟犬を追い払ったぞ!」
 国民たちの言葉はマリアには分からない。
 しかし、とても喜んでいるのが伝わった。
 マリアは安堵と共に、オネットが逃げ込んだ方向を見る。
 なぜかリヒトともみあっていた。
「いけませぬ、いけませぬぞ!」
「どけ! 離れろ!」
 リヒトがオネットを抱きしめ、オネットが振り払おうとしているようだ。
 マリアが割り込む。両目は潤んでいた。
「オネット、怪我を治さないと」
「どうでもいい。イアンを止めないと、取り返しのつかない事になる。マルドゥクが動くだろう」
 オネットの顔には焦りが浮かんでいた。リヒトを背負投げして振りほどく。
「行かないで!」
 マリアはオネットに抱きつく。
「気持ちは分かるわ。でも、一人でなんとかしようとしないで」
「俺の問題だ。巻き込むつもりはない」
「ううん、あなたの問題は私たちの問題よ。一緒に解決しましょう。まずは怪我を治して」
 マリアはオネットの頬を、柔らかな両手で包み込んだ。
「お茶をしましょう。約束よ」
「……長居はできない。それでもいいなら」
 オネットの両頬が赤い。
 その様子を、ミカエルは指で壁をガリガリしながら見ていた。
「おのれえぇぇええ」
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