二人の転生伯爵令嬢の比較

紅禰

文字の大きさ
48 / 247

48.

しおりを挟む
とはいえ、既存の絹に織り込むだけでも美しい光沢が出るのは間違いないので、服飾関係の職に就いている人間であれば、ぜひとも使ってみたい糸になるはず。

ここからはもう世話は必要ないとはいえ、糸口を探して慎重に箱などに巻いていく作業を思うと更にちょっと気が重たくなるグウェンドリンでもあった。

蚕の糸と言うのはとても細くて切れやすい。

いかに丈夫な天蚕の糸であったとしても、湯がいて柔らかくなっている細い糸はちょっとしたことであっさりと切れるのだ。

グウェンドリンは普通の蚕の時の糸口を見つけて掴み、巻いていく作業である操糸の作業で一回糸を切ったことがある。

前世での経験ではあるものの、今回全くその経験のない体で、記憶とその時の知識だけでやらなければならないのはかなりのプレッシャーである。

前世では操糸のための機械がちゃんとあったからこそ、途中からは手作業から切り替えて楽ができたが、今回はそんな楽などできるはずがない。
それを考えれば緊張しかないのが本音。

しかし、そんな緊張から来るグウェンドリンの逃避願望など知ったことではないと言わんばかりに時間は経つ。
繭が完全に形成されてから10日後、適度に乾燥した繭に引っ付いている葉を取り除き、100度から90度のお湯の中へ投入する日がやってきた。

「ごめんね、厨房でこんな…」

「いえ、大丈夫ですよ。使わない小さい鍋ということもちゃんと伝えてくれていますし、糸を取る作業ならそこまでとんでもない事にはならないでしょうから」

グウェンドリンがいるのは厨房だった。

流石に部屋に沸騰したお湯を持ってこいと言うのは難しいし、基本的に湯がいている途中はずっと熱し続けているわけだから、火種を持ってこさせることもできない。

なので厨房でやりなさいという父からの指示に従うしかなく、繭を入れた小さな容器をもって、使わない小さな鍋と沸騰した湯を用意してくれた料理長にグウェンドリンは謝るしかない。

料理を作る場所で実質蛹をゆでるわけであるから。

時間帯は仕込みなどもなく、厨房の使用人たちが休憩を取っている時間を選んでいるので、責任者である料理長が変な使い方をされないか、火があるところで危ない事をしないかの監視役として残ってはいるが、それ以外の面子は見当たらない。

そしてそのほかには父の代理の執事のジェームズと、自身のお付きの侍女であるマーガレットのみ。
ちなみに独特の臭いがすると思うということを事前に伝えているのもあって、グウェンドリンを含む全員が三角巾のように布を口元で結んでいる。

「それじゃあ、糸を取っていきます」

手のひらにポンと乗るような大きさの繭が沸騰した湯の中に入れられ、湯がかれていく。

徐々に糸についている汚れや付着物が取れると同時に、繭がほぐれていき、じっとそれを見つめていたグウェンドリンがそっと熱されている繭から糸口を見つけた。

「うん、あった」

そこからは慎重に、いらなくなった紙を複数枚丸めて固めの棒状のものにしたものにくるくると巻き付けていく。
時に緊張からか、これ以上やると切れると思ったからか、グウェンドリンの動きがピタリと止まってしまうごとに、周りの三人は息を止めて同じように硬直するといったことを繰り返し、大体3時間半をかけてすべての糸を巻き取った。

鍋の中に残ったのは、湯の中に浮かび上がった天蚕の成れの果て。

火から鍋を降ろしつつ、糸を提供して死した天蚕はきちんと埋葬しようと決めて、執事のジェームズに光沢のある糸を巻ききって中央部分がやたら綺麗な丸めた紙を渡す。

「これをお父様に」

「はい、確かにお渡しいたします」

目の前でくるくると巻かれるたびに光沢がどんどん強くなる天蚕糸をしっかりと見届けたジェームズがうなずいて、糸を切らないように丸めた紙の両端をもって一礼して去っていく。

独特な臭いが充満している厨房の窓を開けて換気をした後、料理長にお礼を言ってからグウェンドリンは蒸発によって水分が少なくなり、ずいぶんと軽くなった小さな鍋を持って庭に出る。

丁度子供の時間も相まって、外に出ても誰にも文句は言われない。

お付きのマーガレットに頼んでクヌギの木の下に軽く穴を掘り、そこへ天蚕を埋葬した。

伯爵領がもっと豊かになる象徴ともいえる天蚕とその餌として活躍するクヌギへ向けてグウェンドリンは合掌して、鍋を戻して部屋へと帰っていった。
しおりを挟む
感想 90

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月るるな
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

処理中です...