測量士と人外護衛

胃頭

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エッチするまでの話①

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「総一郎」
 久し振りにそう呼ばれたなと思いながらも振り返れば、サッと日高の手がフジの肩を掠めた。
「………[[rb:ゴミ > ・・]]付いてた」
「え?ああ、ありがとう」
 迎えの連絡して来る、と隣接する執務室に向かう日高を背にフジはぐんっと伸びをする。
 昔から会議やらなんやらは苦手だ。
 内向的に見られがちだが、外を駆け回ったりする方が性に合ってるのはやはり祖父と父の影響が大きいのだろう。危険は多いが自然と触れ合い、目一杯空気が吸える新大陸がすでに恋しい。あれから二度ほど渡航と帰国を繰り返しているがまだまだ地球復興の目処が立たず、次に必要な資源を討論し合う会議にもこうしてフジ自身が顔を出さなければならない。
 ふわりと珈琲のほろ苦い香り。
 テーブルに置かれたティーカップはふたつ。
「さ、相談したいことってなんだ?」
 笑う幼馴染にフジはコクリと頷いた。

 ◇
 
「どうやったらセックス出来ると思う?」
 季節は夏。夏といっても環境汚染によって温暖化が進み、季節問わず常にじっとりと湿っぽい暑さが続くせいで四季などを感じることはあまりないが、とにかく暦の上では日本は初夏になる。
 蝉も死滅した世界。空は曇天に覆われ、生き物も車やバイク、交通機関などの乗り物も人間もめっきり数を減らし外は不気味なほどに薄暗く、それでいて静まり返っていた。
 ソーサーからティーカップを持ち上げながらもそんなことを溢す幼馴染に、今や大統領などと荷が重すぎる職に就いた男は目をぱちくりさせた。
 国内のみならず諸外国との外交も増え、多少のアクシデントもカバーできる柔軟な頭脳と対応力を持ち合わせているその立派な脳を一瞬止め、相手の言葉をもう一度頭で繰り返す。
 どうやったらセックス出来ると思う、だって?
 小さな頃から兄弟のように育ってきたフジからそんな相談されるなんて!と驚いている訳では決してない。いい歳してそんなことでいちいち反応なんてしない。
 日高が思考を止めたのは今まで当たり前だと思っていた常識がひっくり返されたみたいな感覚。
 お前らまだヤってなかったのか?だ。
「最後まで致す前に気絶しちゃうんだけど体力付けるべきだと思う?」
 恥ずかしげもなく言い放つフジだが、日高の前ではこんなものだ。
 エルの前ではもっと丁寧な話し方をしているようだが、猫を被ってるとか無理してるとかそんな話じゃない。恋人に見せる顔と家族同然の幼馴染に見せる顔が違うのは当たり前だ。日高だってそうだ。
 二人がもう少し長く一緒に居れば、その境界が曖昧になって溶け合ってそうやって家族になっていくのだろう。
 今日、エルは不在だ。
 警護の蜘蛛はいるようだが、個人的に話したいことがあると部屋の中までは連れて来ていないらしく、フジは普段言えない悩みをここぞとばかりに日高に話していた。
「……新大陸をこれだけ探索していて体力が無いとは思えないが」
「だよなぁ。意識飛ぶ前に挿れて欲しいんだけど、どれだけお願いしても聞いてくれないんだよ。どういう心理?」
「どうだろうな…前戯が楽しいって奴もいるかもしれないな。それか挿入が怖いとか」
「怖い?」
 脚を組み直した日高が手の平で横幅を表すジェスチャーをすると、チラリとフジを見やった。
「これくらいか?」
「何が?」
「長さだよ。あの身長ならこれくらいが妥当かと」
 長さにして約二十センチだろうか。つまりエルの陰茎の大きさのことを言いたいのだが、フジはぽかんと口を開けてそれからハッとしたように立ち上がった。
 勢いでガンっとテーブルが揺れる。
 幸いなことに中身はカップから溢れなかった。
「どうしよう…!」
 騒がしいなと様子を見守れば焦ったような顔でフジは言う。
「俺!エルのチンコ見たことなかった…!!」
「………そうか」
 珈琲を優雅に啜りながら叫びを聞き流すも、フジには一大事だったようでオロオロと室内を彷徨い歩き出した。
「まあ座れよ」
 日髙が西洋菓子を差し出せば、フジは素直に受け取りストンと座る。サクサクと食べ出し頬が緩むのを見るに気に入ったようだ。
 フジは随分と甘やかされているらしい。
 以前と比べても肌ツヤも肉付きも良くなった。給与のほとんどを父親の入院費に費やし、食事もまともに摂らない生活を送っていた彼が幸せそうに過ごす姿は純粋に喜ばしいと思う。
「それで?どうするんだ」
「力では敵わないから何か違う弱点を探して…そうだ、宇月さんとの初めてはどうしたんだ?」
「んん…」
 言い淀む様子にフジは目を細めてじっとりと日高を睨んだ。恐らく正攻法じゃないやり方で丸め込んで事に挑んだのだろう。
 宇月と初めて会った時とても弱腰な人だと思ったが、慣れるとそうでもないらしい。フジは未だに控えめな彼しか見たことはないが、日高やエルと話している時の宇月は確かに賑やかな雰囲気に変わるので極度の人見知りなのだろう。
 二人がどう出会ってそういう関係になったのかは詳しくは知らない。新大陸から戻った時にはもう付き合っていた。この短期間で何が?と思うが、フジもエルとこの短い間で通じ合えたのだから人のことはとやかく言えない。時間だけが愛やら恋やらを深くする基準ではないことは重々承知だ。
「あの人は…うーん、なんて言うか…ちょっと消極的で怖がりだから強引なくらいが丁度いいんだよ」
「同意の上だよな」
「ああ、まあ、そうだな」
「…」
「最終的には同意だな」
 カラフルな洋菓子の中からピンク色のそれを選び、パクリと口に運び笑う日高にフジはますます目を細め無言で非難する。
 しかしエルに似たようなことをされており、かつ許した身としては大きな声では責められない。その時の流れというものがあるのだろう。結局は二人とも上手くいっているみたいだしとやかく言うことでもないか。
「本当の親子じゃないけどさ、似てるよなあの二人」
「宇月さんとエルが?」
「うん。まあ、一番初めに入れたデータがあの人なんだから似てるのは当たり前っちゃ当たり前かもしれないけど。褒められると黙るところとか、他人優先しがちなところとか、結構臆病だったりするところとか」
「臆病?エルが?」
「宇月さん程じゃないけどな。エルは力があるから怖いって感覚はあんま無さそうだけど、力があるからこその悩みってのがあるんじゃないか?」
 確かに。エルはフジに触る時いつも慎重に力加減を確かめてから触る癖がある。簡単に壊れるような柔な作りをしていないとフジは思うが、「万が一にでも傷付けるようなことがあったら二度と貴方に触れない」とエルが言い出すものだから彼の中では真剣なことなのだろう。
「なんだその顔は」
「お前が俺以上にエルのことを分かってる感じがしてちょっと嫌だった」
「彼氏のチンコも見てない奴にどうこう言われてもな」
「う~~~~!どうすれば!?素直に言えば見せてくれるかな!?」
「知るか」
 来賓室から漏れ出た騒がしい声に、警護が数名懐に手を入れ構えたが扉の前で待機する天馬がそれを止めた。中に入っても彼氏のイチモツを見るにはどうすればいいかの相談しかされない。
 平和だ。
 世界の明暗を背負う人類代表の束の間の休息だった。



「健康状態に問題はないな。…食事量は相変わらず少ないみたいだけど」
「少量で事足りるからな」
「燃費が良くて羨ましい限りだわ」
 ペラリと検査項目と、その結果をまとめた紙を眺める宇月の横、服を着直すエルは定期健診に来ていた。これまで特に異常はなく生きてこれたが、人でありながら人ならざるものであるエルにこれからどんなことがアクシデントが起こるか予想も付かない。念の為にと宇月と、フジにも勧められたこともあって新大陸から帰国後は報告書提出ついでにこうして研究所を訪れ、尿や血液の採取とレントゲン検査…いわゆる人間ドックのようなことを行なっていた。
 エルは決して認めはしないが、こうやって定期的に宇月と会えることを楽しみにしている節がある。そのことに気付いたフジは偶にはと気を遣って二人きりにさせたのだが、エルとしてはフジと離れることが不安で仕方ない。それでも彼の優しさを無碍にも出来ず、また幼馴染と個人的に話したいこともあるからと言うので、護衛を必ず付けることと迎えに行くまで大統領官邸から出ないこと、何かあれば全てを犠牲にしてでも逃げることを約束しエルは泣く泣くフジを送り届けたのだ。
「………あの男はどうなんだ」
 着替え終えたエルが腕を組みながら器具の片付けを行う白衣姿の背中にぶっきらぼうに言葉を放った。
 宇月はくるりと振り返り首を傾げる。
「あの男?」
「日高だ」
「別にどうって…ああ、心配すんなって!フジ君と日高は幼馴染だろ?何もないって」
 心配性だなあと笑う宇月に「違う」とエルは否定する。
「お前と………あれだろ」
「俺?」
 まさか宇月の心配をしているとは思わず目を見開き驚いていると、ふいと顔を背けられた。分かりにくそうで分かりやすい。思春期のような息子の姿に思わず噴き出しそうになるが、そんなことをすれば二度と心配を表に出してくれないだろうことは目に見えて分かっている。
 ゴホン、と咳払いをして宇月は誤魔化すと安心させるように笑った。
「大丈夫だよアイツ結構目敏いんだ。俺の考えなんて手に取るようにわかるんだろう。特に喧嘩もないしな」
「だが奴は多忙だろう」
「それは…まあ俺もそうだからそればっかりは仕方ねーよ。心配してくれてありがとな」
「別に心配など…」
 それから動かなくなってしまったエルだが、宇月はその気遣いに感動した。
 正直、一緒に過ごしていない時間の方が長かった。だが離れている間も彼に守られ、再会してからもこうして顔を見に来てくれるのは少しは懐いてくれている証拠だろうか?
 まだ小さかった頃のエルを思い出す。体は未完成で言葉も朧げな幼体だった頃はよく宇月にペタペタと触っては形を変え、人になろうと試行錯誤していたものだ。
 体も思考も大人と変わらないまでに成長してからはつれない態度も多かったが、やはり成長過程を見守っている身からすれば未だに可愛い我が子には変わりない。
「お前の方はどうなんだ?」
 自分もそうだがエルにも恋人が出来たと聞いて心底驚いた。
 見た目を気にする彼が心を開き、そして彼の姿を受け入れてくれた稀有な存在。共に新大陸を渡り歩いた藤総一郎は確かに優しげで善良そうな男だった。
 息子の彼氏(!)と言うのはどうしても緊張してしまう。俺のせいでエルに迷惑をかけたらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、そんなことばかり考えてマトモに話をした事はないが、そんな宇月を気にする素振りも見せずに朗らかに笑ってくれるのだから彼が良い人なのは間違いない。
 しかし宇月には懸念材料があった。
「その……あの………せせせせせ、性行為とか……あの…ちゃんと……教えてなかったし………」
 我が子と思っている相手ににこんなことを尋ねるのは気恥ずかしかったが、とても大切なことだ。宇月はその拗れた性癖と、自身のトラウマのせいで中々前に進み出すことが出来なかった。だが日高の強引さのお陰で吹っ切れたというか、セックスって良いものだなと心身ともに教え込まされたというか…まあとりあえずその話は置いておいて、恋人関係における性行為の重要さは理解している。
 エルと過ごせたのは一年ちょっとか。
 完全な人型になってからは毎日付きっきりと言うわけにもいかず、当時の研究者がどの程度エルに知識を与えていたか分からないがマトモに教育を受けさせていたとは当然思えない。会える日はなるべく本を渡して知識を与えたり、人間の話をしたりすることを心がけたが全てはカバー出来ていないだろう。
 特に性教育なんかは。
「…?エル?」
 問題無いとか、黙れとか、そんな事を言われるとばかり思っていたがどうにも反応がおかしい。腕を組んだまま顔は見えないがむっつりと黙り込んだ彼は何やら困っているような気もするし、怒っているような気もする。
「体液検査をしたいって言ってたから[[rb:そういうこと > ・・・・・:]]なのかと思ってたんだけど…問題はなかったろ?」
「ああ」
「じゃあ何を心配し…はっ!!」
 宇月は気付いてしまった。
 これまで何度もエルの裸体を見たことはあったが特に意識したことはなかったし、検査中はそういった思考にはならない。しかしこうやって話していれば今まで何故気付かなかったのかとすら思う。
 息子の息子はとてもデカいと。
 (挿れるのか。アレを…!)
 体験したからこそ分かる恐ろしさ。日高の陰茎は平均より少し大きめだが、それでも初めて肛門に異物を挿れる時の恐怖は今でも忘れない。
「21センチだ」
 ナニがとは言うまい。
 宇月は恐ろしくなってガタガタと震えた。
「ちなみに見せた時のフジ君の反応は…?」
「…」
「まだ見せてないのか!?…待て、そう言えば今日は会議後に日高と二人で話したいことがあるから護衛は外で待機だと言われてるって…お前!」
「夫婦間、恋人間でのセックスレスは離別原因の最たるものだと聞いた」
「マズイじゃないか!」
 今こうしてる間にも、日高にエルとの別れを相談しているかも知れないフジを想像して宇月はアワアワと焦り出した。
 折角出来た息子の最愛の人を息子の息子が原因で無くすなんてそんなこと…!親としてはどうにかしてやらねばと思うが、残念ながら宇月はアドバイス出来るほどの恋愛経験もなければ挿入経験もない。思い付くのはなんか、こう、薬でエルの陰茎を小さくするかフジの尻をぐずぐずに溶かす媚薬のようなものを作るかくらいだ。ん?いいアイデアかもしれないな?
「エルいい事を思いついたぞ!俺が薬を…!」
「うるさい。フジの悩みを盗み聞きして策を練るつもりだから心配は無用だ」
「は?監視は外にって言われてるんだろ?」
「一匹だけフジの襟裏に忍ばせておいた」
「おおお、おま、そんな…!プライバシーの侵害だぞ!バレたらどうすんだ!」
「背に腹はかえられない…」
 恋人に対しては至極誠実な男の真剣な面持ちに宇月はゴクリと喉を鳴らした。恋は人を変えるのだ。
 ソファーに座りジッと何かを待つエルを眺めながらティーポットにお湯を注ぐ。普段は珈琲を好むがエルはどうも匂いが苦手らしく彼が来た際は紅茶を飲むことがほとんどだ。飲まないだろうが、とエルの前にコースターとティーカップを置いてから数十分は経ったか、宇月は緊張の面持ちで待った。
 本来親ならば止めるべきなのだろう。
 たが自身に置き換えてみるとエルの行動は理解できるし、仮に日高に同じことをされたとして…支配下に置かれ徹底管理されるのは嫌いじゃない。
 残念ながら宇月には正常な判断がつかなかった。
「む」
 エルが声を上げガタリと立ち上がる。
 その勢いでテーブルが揺れ紅茶が波をたて、カップから溢れた。
「マズイな」
「どうした?」
 エルを見上げれば彼はツカツカと宇月のデスクまで歩き、その上に置かれた電話機の前で立ち止まる。鈴の音のような受信音が鳴る前にエルは受話器を乱暴に取った。
『こんにちは、エル。ああ聞いていただろうから分かると思うが会議は終わった。すまないが迎えに来てくれないかな。今から総一郎とお茶をする予定だから、そうだな一時間後を目安に…』
「条件を聞こう」
『あはは、物分かりが良すぎないか?』
「私が危惧しているのはフジに嫌悪される、ただこの一点のみだ」
『んー…別に脅す気はないさ。盗み聞きは良くないとは思うが、まあ気持ちは分からなくもないからね』
「…そうか。それならば」
『ただ』
 失礼した、と謝ろうとして相手の語気が強まった言葉に口を止める。
『君がそこまで言うのなら仕方ない。俺は脅す気はさらさらないんだが、この事を総一郎に黙っておく代わりにお願いをひとつ聞いてくれないかな』
 思わず出た舌打ちに電話越しの男は笑い、背後で恐る恐る様子を見守っていた男は悲鳴を上げた。
 やられた。
 こちらから伺ったせいで日高は本来脅すように出してくる条件をエルからの提案で仕方なくといった形で出してきたのだ。
『迎えに来た際に詳細をまとめものを渡すよ。久しぶりに幼馴染とゆっくり話したいんだ。君も宇月さんと仲良くするんだよ、じゃあ』
 ガチャリと切れた受話器を手に再び舌打ちをすれば、背後の宇月は小さく飛び上がる。
 恐らく電話相手は日高だと予想は出来るが。
 (アイツ…エルを怒らせるようなこと言ってないだろうな~!?)

 
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