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嶺二side ブラッディメアリー
しおりを挟む”この前渡し忘れたものがあるから会えないかな?ここで待ってる”
俺は沙羅を呼び出し、バーで彼女を待っていた。渡しそびれたピアスを持って。
沙羅と明確な別れ話をしていないから、また沙羅に会える口実が残っていると思っていた。だけど、できるだけ早い方がいいと思った。また沙羅と連絡が取れなくなって、昔の二の舞になることは避けたかった。
沙羅は、想像以上に、すぐに来た。
「私は、他に好きな人がいる。だから、嶺二とは、別れたい」
「嫌だって言ったら?」
「……もう、会えないです」
ここまでハッキリ言われてしまったら、受け入れるしかなかった。俺は何となく、このまま沙羅は明確なことは言わず、俺から別れを言わせようとするのかと思っていた。
「分かった、別れよっか」
撤回してくれないかとしばらく黙っていたけれど、沙羅はそのまま、俺の言葉を待っていた。
「シンガーソングライターになるよ、俺」
俺に言えることは、それしかなかった。沙羅が俺に歌っていて欲しいと言っていたから。
「歌の中で、沙羅のことを一生愛し続ける。俺は、有名になって沙羅の耳にその歌が常に聴こえるようにする」
沙羅に話しながら、思った。それなら、音楽を続けながら、沙羅のことも愛せると。沙羅からは何も返ってこなくても、俺自身は、音楽も沙羅も、どっちも選べる。
「沙羅が言ったんだよ、俺に歌っていて欲しいって。だから責任取って、沙羅はこれからも、一生俺に愛されてね」
沙羅は、微笑んで頷いてくれた。頷かせたんだと思う、俺が。だけど、沙羅の顔は幸せそうだった。俺は、これで良かったんだと思うことにした。沙羅との関係は終わっても、俺の気持ちは終わらせなくて良いのだから。
「見えてますよ」
沙羅が店を出た後、俺はそう言って、こちらを見ている男と視線を合わせた。俺は沙羅と話している時、視界の端に怪しげなイケメンを捉えていた。こちらをじっと見ているので不審に思ってよく見ると、沙羅に倉橋と呼ばれていた男だった。
その男が沙羅を追いかけようとしたので、思わず引き止める。
俺は黙っているその男を、少し煽ってみることにした。
「沙羅のストーカーですか?」
「……ブラッディメアリーを、彼に」
その男は勝手に注文すると、また店を出て沙羅を追いかけようとした。俺は立ち上がり、その男の腕を掴む。
「待てよ、倉橋さん」
「なんだよ……」
「俺、トマト嫌いなんだよ」
その男は目を丸くして、その後ため息をつく。そして、観念したように俺の隣に座った。
「お前、白石嶺二だろ」
「……あ!」
「怖いだろ、なんだよいきなり」
俺は、やっとこの男とどこで会ったことがあったのかを思い出した。ブラッディメアリーだ。
「俺の曲がブラッディメアリーみたいって言ってた人か、スッキリした」
最初に会った時から、なんとなく見覚えがあって、ずっとモヤモヤしていた。そうだ、地方局の番組に出た時、インタビュアーの人が適当に捕まえてコメントを貰っていた人だ。
俺はやっと思い出した。一般人に見えないほどイケメンで、独特すぎる感想をくれた人。強烈な印象に残っていたはずなのに、すっかり忘れていた。
「カクテル言葉だよ、私の心は燃えている」
「流石に調べたよ、意味分からなくて。褒め言葉として受け取ったよ」
「褒めたんだよ、一応」
俺は、笑ってしまった。懐かしい。あの収録の時にこの男を初めて見かけたので、この男が本当に俺の歌を聞いた上でコメントしたかどうかは正直分からない。でも、悪い気はしなかった。実際そんな曲を作って歌っていたから。
「いつからいたの?ここに」
「お前が森川に何か渡してる時から」
「そうなんだ」
俺はそう聞いて、ふと気が付く。それが本当なら、沙羅と別れ話をしていたことに、この人は気がついていない。
倉橋はブラッディメアリーを飲みながら、俺に唐突に言った。
「ってか、お前もう歌わねーの?」
「は?」
俺は、驚きすぎて咽せた。さっきまでの俺と沙羅の会話を聞いていたら、絶対に出てこないはずの言葉だった。
「俺好きだったんだけどな、お前が歌ってる曲。急に路上ライブしなくなったから悲しんでるやつ多かったぞ」
「……そんなに、歌を聴いてる人はいなかったと思うけど」
だって、いつも足を止めてくれる人は俺の顔が好きだと言ってくれる女性達だけ。まともに歌を聴いていてくれてたのは、沙羅くらいだ。
「周りが全く見えてないんだな、お前。もう少し他人に興味持った方がいいぞ」
「何だよ、それ」
「俺はお前にもお前の顔にも全く興味はない。駅で歌が聴こえたから、聴いてただけだ。歌は好きだった。何かこう、心に響く感じで。今からでもまた歌ったらいいのに。お前ならすぐ有名になれるだろ」
俺は、何だかおかしくて笑ってしまった。どうしてこの男は、ずっと自分が求めていた言葉を、こんなにスラスラと簡単に、嘘偽りのない目をして言ってくるんだ。何だか無性に、腹が立った。
俺はこの男に、少しくらい嫌がらせをしてやろうと思った。少しくらい、俺にもその権利はあるはずだ。
「倉橋さんは、俺に歌ってて欲しいんだ?」
「……まあ、そうなるかな」
俺は、意味深に笑ってそう言ってみた。俺がこれからも沙羅を歌の中で愛し続けることを、この男も望んだ。そう思うと、面白くてたまらなかった。
「もう一軒行かない?ちょっと付き合ってよ」
「嫌だよ、俺1秒でも早く帰りたいんだけど」
「じゃあ沙羅のストーカーだって訴えよっと」
俺はスマホを出して、電話をかけるフリをした。倉橋は想像以上に焦っていて、面白かった。
俺はその後、朝までこの男を連れ回した。酒の強い俺は、この男を酔い潰して、沙羅がいるであろう家に帰れなくしてやった。この時間まで連れ回せば、そのまま出社するしかない。沙羅に弁当なんて作れないだろう。今の俺にできる、精一杯の嫌がらせだ。
「お前、森川以外に、友達いないだろ、たまになら、付き合ってやっても……っ、」
完全に酔い潰れる直前、倉橋がそんなことを呟いていた。俺は勝手に倉橋のスマホを起動させ、自分の連絡先を追加した。
沙羅の好きな人はこいつなのかと思うと、無性に腹が立つ。きっとこの先もずっと、俺はこいつのことが嫌いだろうなと思った。嫌いだろうな、ずっと。
俺は倉橋をその場に放置し、会計を済ませて店の外に出た。俺は今、無性に曲が作りたい。とりあえず、職場に行って辞表を出そう。そう心に決めて。
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