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第1章 土佐の以蔵
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酒呑童子。
その名前は、だれでも一度は耳にしたことがある大妖怪。その伝説は京だけでなく、日ノ本各地に伝わっている。
酒が好きで、人間嫌い。思慮深く、動物達に優しく、争いを好まない。話せばわかる相手で、嫌いな人間の役人相手でも争うことなく話し合いで物事を解決していたという、聡明な鬼。
そして一度我慢の糸が切れると、その怒りは天災にも等しいといわれていた。身体能力、剣技。そのすべてにおいて人間はおろか妖怪でさえ勝る者はいなかったという。怒りは雷をも招き、洪水を起こすほどの大雨を降らせたらしい。
その酒呑童子が、彼女が、自分の祖先だなんて。
以蔵は思わず大声をあげそうになったが、だれにもしてはいけないという義平の言葉を思い出してなんとか声を飲み込んだ。
義平はそんな以蔵の様子を見て微笑む。
「酒呑童子様は伝説こそ悪名高い者であったが、実際はとても優しい鬼じゃったようじゃ。もちろん、その地位も高かった。けんど、酒呑童子様と人間の農民との間にお生まれになった奈都様は、少し特殊な体質でのう。妖力のせいで、人間の血を飲まなければ生きていけない身体になっていたんじゃと。その時に使われていたのがこの宝玉と刀。この宝玉は妖力を吸い取ることができ、身に着けることで必要最小限の妖力をこの宝玉の中に封じることができるんじゃ。奈都様以来、この家系には妖力が強い妖怪混じりは生まれずお蔵入りになっとったんじゃが、以蔵が生まれた時、わしらはおまんがいつか使んじゃないかとと思ったものじゃ」
にしし、と義平が笑う。以蔵は黒塗りの四角い箱に丁寧に入れられている丸い球体を見つめた。
大きさは片手に収まるほど。透明な水の中に、蒼い墨汁を数滴たらした状態で固めたガラス玉のような。澄んだ色をしているのにどこか影の気配がある。よく見ると真ん中に穴があり、どうやらそこに何かを通して飾っていたようだ。
以蔵はごくりと唾を飲んだ。
「以蔵、明日からこれをつけるんじゃ。きっと、お前を守ってくれる」
「でもおとう、これ、何処につけるがじゃ?」
「奈都様は髪飾りとして使用されていたようじゃが……。以蔵も髪飾りにするか?」
こくりと頷いた以蔵に、義平は満足そうな顔をした。そして宝玉の入っていた方の箱を再び紐で止め、自分の脇にことんと置いた。
そして二人の間に残っていたもう一つの品を、義平は壊れ物を使うような手で持ち上げる。
鞘を少し引き、その白銀の刀身を薄暗い闇の中にあらわにした。
もう一つの品。先祖である奈都が使っていた刀。
「この刀は、普通の刀と違う」
重く低い声で、義平は以蔵に伝える。
「妖力に反応し、妖力を持つものしか斬ることができない妖刀じゃ。持ち主の妖力が強ければ強い程、その力を発揮することができると伝えられちゅう。…これから剣術を学ぶなら、何かの役に立つじゃろう。以蔵、この剣を、おまんに授けよう」
その名前は、だれでも一度は耳にしたことがある大妖怪。その伝説は京だけでなく、日ノ本各地に伝わっている。
酒が好きで、人間嫌い。思慮深く、動物達に優しく、争いを好まない。話せばわかる相手で、嫌いな人間の役人相手でも争うことなく話し合いで物事を解決していたという、聡明な鬼。
そして一度我慢の糸が切れると、その怒りは天災にも等しいといわれていた。身体能力、剣技。そのすべてにおいて人間はおろか妖怪でさえ勝る者はいなかったという。怒りは雷をも招き、洪水を起こすほどの大雨を降らせたらしい。
その酒呑童子が、彼女が、自分の祖先だなんて。
以蔵は思わず大声をあげそうになったが、だれにもしてはいけないという義平の言葉を思い出してなんとか声を飲み込んだ。
義平はそんな以蔵の様子を見て微笑む。
「酒呑童子様は伝説こそ悪名高い者であったが、実際はとても優しい鬼じゃったようじゃ。もちろん、その地位も高かった。けんど、酒呑童子様と人間の農民との間にお生まれになった奈都様は、少し特殊な体質でのう。妖力のせいで、人間の血を飲まなければ生きていけない身体になっていたんじゃと。その時に使われていたのがこの宝玉と刀。この宝玉は妖力を吸い取ることができ、身に着けることで必要最小限の妖力をこの宝玉の中に封じることができるんじゃ。奈都様以来、この家系には妖力が強い妖怪混じりは生まれずお蔵入りになっとったんじゃが、以蔵が生まれた時、わしらはおまんがいつか使んじゃないかとと思ったものじゃ」
にしし、と義平が笑う。以蔵は黒塗りの四角い箱に丁寧に入れられている丸い球体を見つめた。
大きさは片手に収まるほど。透明な水の中に、蒼い墨汁を数滴たらした状態で固めたガラス玉のような。澄んだ色をしているのにどこか影の気配がある。よく見ると真ん中に穴があり、どうやらそこに何かを通して飾っていたようだ。
以蔵はごくりと唾を飲んだ。
「以蔵、明日からこれをつけるんじゃ。きっと、お前を守ってくれる」
「でもおとう、これ、何処につけるがじゃ?」
「奈都様は髪飾りとして使用されていたようじゃが……。以蔵も髪飾りにするか?」
こくりと頷いた以蔵に、義平は満足そうな顔をした。そして宝玉の入っていた方の箱を再び紐で止め、自分の脇にことんと置いた。
そして二人の間に残っていたもう一つの品を、義平は壊れ物を使うような手で持ち上げる。
鞘を少し引き、その白銀の刀身を薄暗い闇の中にあらわにした。
もう一つの品。先祖である奈都が使っていた刀。
「この刀は、普通の刀と違う」
重く低い声で、義平は以蔵に伝える。
「妖力に反応し、妖力を持つものしか斬ることができない妖刀じゃ。持ち主の妖力が強ければ強い程、その力を発揮することができると伝えられちゅう。…これから剣術を学ぶなら、何かの役に立つじゃろう。以蔵、この剣を、おまんに授けよう」
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