やがて始まるリベリオン

塚上

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第二章 主人公と悪役と

第二十三話

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 熱狂していた訓練場が静まり返る。多くのヤジが飛び交っていたが今は完全に沈黙している。

「ミスハリア。……彼は見習い冒険者ってことはあるのかな?」

「……バカ言わないで。Bランク目前の実力者よ」

 そのボークは訓練場の端で気を失っている。重症では無いようだが動けそうにない。巻き込まれた他の冒険者も同じように意識を失っている。誰が見ても勝敗は明らかだった。

「報告通りの腕前みたいだね。魔法の精度が桁違いだ」

「アンタは……知ってたなら何で」

「別に僕は彼の実力に疑問は無いよ? 魔術師団僕達は彼の事を少しは知っているからね。……僕が言いたかったのはラギアス家の振る舞いに疑問があるってことだけで」

 ジーク個人の人間性は分からない。だがラギアス家がこれまでしてきた事は決して褒められないし、清算されたわけでもない。国に仕える魔術師の一人として思うことがある、といったところだ。

「もちろん実力が気になったのも事実だけどね」

「まんまと乗せられたわけね」

「ちゃんと断りを入れたよね? 便乗する訳じゃないって。それに……煽ったのは僕じゃないしね」

 そのアーロンはジークに視線を向けていた。一挙手一投足を見逃さないように。

「負傷者を治療する……。会談前に治療する羽目になるとはな」

 バートは負傷した冒険者達の治療にあたる。傍から見れば怪我人を襲う追いはぎの様に映る不思議な光景だ。

「後で治療費とか請求されたりしないでしょうね?」

「ん? それは仕方ないと思うよ。少なくとも彼等の場合は自業自得だしね」

 一方的に因縁をつけ先に手を出し返り討ちに遭う。冒険者達は面目丸つぶれだろう。
 一方でその冒険者を吹き飛ばしたジークはマルクス達と会話をしていた。

「凄いもんだな。俺じゃあ一生かけてもあんな魔法使えないぜ」

「三年前のアレを見せられた身としてはそこまで驚けませんがね」

「貴様らは暇なのか? 無駄口を叩くならよそでやれ」

 戦闘を終えた後にも関わらず平然としている。まるで意に介していないようだ。

「もう良いのではないですか? 彼等も理解したと思いますが……」

「それを決めるのはあの無能共だ。先に仕掛けてきたのは奴等だからな」

 笑みを浮かべ一歩前へ出る。どうやら引く気は無いようだ。

「どうした、もう終わりか? 王都には腰抜けしかいないのか?」

 嘲笑するように言い放つ。明らかに挑発していた。

 浩人自身、自ら戦いの場に身を置く戦闘狂というわけではない。
 他の者が言うように経緯はどうあれ、ラギアス家が批判されても仕方がないと考えている。風評被害の面もあるだろうが、実害を受けた者がいるのも事実なのだから。冒険者ランクにしてもそうだ。最年少でAランクともなれば疑われもするだろう。
 訓練場は敵だらけ。だが怒りは無い。寧ろこの状況は利用出来ると悪巧みをしていた。

 公爵家の推薦があったとはいえ、望んでもいない冒険者ランクの昇格。勝手なことをしてくれたなと冒険者協会に対しても恨みを抱いていた。
 この場を利用して他の冒険者を叩きのめして大暴れ。推薦した公爵家と冒険者協会上層部の面子を潰して、あわよくば降格処分を受ける。
 地位や名誉を求めていない浩人からすればAランクの肩書は不要なのだ。ランクが高ければ指名依頼も入りやすくなり、現に今回も面倒事に巻き込まれた。生き残る為に要らない物は全て捨てると決めている。
 フールから顰蹙を買う恐れもあるがそこは対策済み。相手から仕掛けてきたという大義名分があるからだ。
 復讐に燃える浩人。ゲームのジークであれば進んで戦いの渦に飛び込むだろうから、ある意味二人は似ているのかもしれない。

 なめやがってと戦意を失っていた冒険者達が調子を取り戻す。一人二人と武器を構えてジークの前に集まってくる。その数約二十名。しかも駆け出し冒険者ではない。王都の冒険者協会で活動を続けられる強者達だ。

「あの単細胞共が……」

「怖いねー、これじゃあ本当に治安が悪いと思われるじゃないか」

「……二人とも、止めるのは無しだ。見届けようじゃないか」

 真剣味を増したアーロンの表情に二人は口を閉じる。何かを見定めているようにも見える。

 剣や槍に槌、そして杖。様々な武器を装備した冒険者がジークと対峙している。一触即発といった雰囲気だ。

「これだけでいいのか? 数だけが貴様らの取り柄だろうに」

「普段なら餓鬼の戯言と済ませられるが……ラギアスに生まれたことを後悔するんだな。――行くぞ! 世間知らずの馬鹿に現実を教えてやれ!」

 冒険者達が武器を掲げて一斉にジークに飛びかかる。剣や槍といった前衛が手加減無しに突っ込み鋭い斬撃や突きを繰り出す。流石に王都の冒険者レベルは高い。だが、危なげなく一つずつ正確に躱していくジーク。身体を反らし、屈み、時に跳躍して回避する。全方向に目があるような動きで相手を翻弄していた。

「どうして当たらないッ⁉︎」

「武器も抜かずに何で⁉︎」

 計算し尽くされた動きは演舞のようだ。
 後方からは魔術師が魔法を放とうとするが、すかさず射線に他の冒険者が入るように立ち回り魔法を撃たせない。前衛後衛が完全に封じられている。

「王都でドブさらいは儲かるのか?」

「ふざけるな! 武器を構えろ!」

 一人の冒険者が大剣を叩きつけるが最小限の動きで避ける。目を完全に閉じ挑発を交えながら回避する。

「前衛! 一旦下がれ。魔法撃つ! これで終わりだッ!」

 合図と共に前衛が引く。頭に血が上っていたが指示はしっかりと聞こえていた。普段は別々のパーティで活動しているが、突発的な状況でもしっかりと連携が取れている。
 後衛の魔法の準備は既に完了していた。思うように撃てないのなら、逆手に取り魔力を存分に込めた。前衛あっての戦法と言える。
 魔術師達が一斉に魔法放つ。炎の槍、水の斬撃、岩の礫等多彩な魔法がジークに向かう。どの魔法も通常より魔力が使われていてより強力だ。
 
 俊敏に動いていたジークの足が初めて止まる。魔法に呑み込まれジークの姿が消えた。



✳︎✳︎✳︎✳︎



「ははっ、これなら避けられまい」

「俺達を甘く見たからだ。冒険者には冒険者の戦い方がある。魔法のレベルも魔術師団にだって劣らないんだよ!」

 先程まで焦っていた冒険者達だったが、今では一転して勝利の余韻に浸っている。少しやり過ぎたと心配する者までいる始末だ。
 魔法の着弾地点は砂埃が舞いジークの姿は見えない。勝敗は決したと武器を仕舞い背中を向け気を抜く冒険者達。――だが

「まさか……これで終わりじゃないだろうな」

 冒険者達の動きが止まる。あり得ない、そんなはずは無いと振り返る。そこには無傷で佇むジークの姿があった。

「バカな……確実に魔法は当たっていた」

「……何なんだよお前は。どうして立っていられる?」

 表情を崩さず淡々と答えるジーク。

「貴様らの基準で俺を量るな。……目障りだ、消えろ」

 冒険者達の足元から氷の柱が突き出る。勢いよく突き上げられ宙を舞う冒険者達。そのまま地面に落下し動かなくなる。文字通り冒険者を叩きのめしたジークであった。



✳︎✳︎✳︎✳︎



「参ったねこれは。怖い顔の人に怒られるよ。ほら、凄い形相で見てるよ、どうするの?」

 ジークに吹き飛ばされた冒険者の治療を終え、一段落ついていたバートであったが、また負傷者が増え怒りの表情を浮かべている。

「あの数を相手に……完勝するなんて」

「連携はしっかり取れてたと思うけど。……相手が悪かったね」

 一見ゴロツキのような言動の冒険者達であったが実力は確かにあった。だがヨルンが言うように相手が悪かった。彼我の戦力差は勢いだけでは埋められない。

「どうした? 発言には責任が伴うんじゃなかったのか?」

「――ッ⁉︎ ……ここまで来たら仕方がないわね。光の翼が行くわ」

 ハリアの掛け声でパーティメンバーが集まる。総勢五人で構成されたAランクパーティだ。先程の冒険者達とは違い全員がBランク以上の実力者集団となる。
 Aランクパーティ対Aランク冒険者の戦いだ。

「分かっていると思うけど……これ実力を見るっていう場だからね。殺し合いじゃないんだけど」

「それくらいで丁度いいのよ。……これ以上は冒険者達の沽券に関わるわ」

 パーティメンバー全員が纏う空気が違う。凶悪な魔物を前にした狩人のような雰囲気を醸し出している。

「いや……分かっていない。ミスハリア。君達では無理だ」

 静かに、だが鋭くアーロンが声を上げる。これまでの雰囲気とはまるで違う別人のようだ。

「アンタ、何を言って……」

「言葉通りだよ。――格が違う。下がれ」

 アーロンから威圧のような強力なプレッシャーが放たれる。まともに受けたハリア達『光の翼』は動けない。

「ミスハリア。悪く思わないで欲しい。これ以上は重傷者が出るだろうからね」

「本気だねーアーロン殿。……何を企んでいるのかな?」

「……本当に食えないお方だ。ミスターヨルン、貴方の思惑にも乗るんだ。ここはフェアに行こうじゃないか」

 新たな戦闘の気配を察し、バートが散らばった負傷者を担ぎ回収していく。その様子は人攫いにしか見えない。余談だがジークが邪魔な負傷者を蹴り飛ばそうとしたら鬼の形相で睨まれたので止めておいた。

「待たせたね。真打登場といったところかな」

 スラっとした細身の体型。ウェーブのかかった髪質にダークブラウンの髪色。小洒落た貴族といったイメージの男性だ。

「会議中に喚いていた奴か」

「貴方ね……彼はイゾサール侯爵家の御曹司ですよ」

「宮廷剣術の天才だ。騎士なら皆知ってるだろうな」

 マルクスとキートが補足をするがジークはピンときていないようだ。

「知らんなそんな奴」

「君は色々と……面白いね。さあ始めようか」

 両者が一定の間隔を空けて向き合う。

「改めて自己紹介だ。私はアーロン・イゾサール。王国内では侯爵家の立ち位置にある」

「ふん、そんなことはどうでもいい。さっさと始めろ」

「では、お言葉に甘えて……」

 アーロンの姿が突如ブレる。レイピアを用いた鋭い突きがジークに迫っていた。

「驚いた! これを躱すかい!」

 身体を反らし上手く避ける。繰り出される連続の刺突を最低限の動作で躱してゆくジーク。

「よく見えてるね……ならこれはどうだい?」

 激しい動作から一転、今度はバックステップで距離を取り魔法を詠唱する。

「ライトニングスピア!」

 雷を帯びた魔法の投槍を撃ち出す。詠唱から魔法の放出、魔法の速度、全てが速い。

「チッ、面倒だな……」

 氷壁を作り魔法の軌道を変える。防ぐのではなく、いなしたのは副次効果、感電を警戒してだ。

「素晴らしい! やはり魔法に精通しているようだ。まだまだ行くよッ!」

「サンダーアロー」

「イレクトスラッシュ」

「ボルトウィップ」

 怒涛の雷魔法の連発。雷魔法の特色である速さを活かした連続攻撃。魔法をただ放つのではなく素早い詠唱によって反撃の隙を与えない。

「イゾサール家の神童対ラギアスの悪童ってところか。……流石にキツイかな」

 ヨルンはいつの間にかマルクス達の所へ移動していた。

「レイピアによる剣術に雷魔法の高速詠唱。……彼が近衛師団の代表で会議に来ている意味がよく分かりますね」

 妙な言動によって誤解されがちではあるがアーロンは国の精鋭でもある近衛師団所属だ。魔法と武術、それぞれを高いレベルで収めた者が多数を占めるいわゆるエリート集団の一員。弱いわけがなかった。

「レイピアは剣とはまた違った技能が求められるからな。知らないと対処がより難しい。……どうするんだ坊主」

 防戦一方のジーク。ここまで一度も攻撃が出来ていない。最低限の動きで回避してきたが、段々と動作が大きくなる。

「マーベラス! どこまで君は楽しませてくれるんだい⁉︎」

 動きを止めたアーロン。これまでと違う魔力の流れに訝がるジーク。
 レイピアがバチバチと音を立て帯電していく。雷魔法を纏った細剣を突き出すように構えを取る。

「これが私なりの宮廷剣術だ。初めてだよ……模擬戦でここまでしたのは」

「――⁉︎ アイシクルプロテクト!」

 咄嗟に魔法を張り自身を覆うジーク。数秒遅れでアーロンの雷を帯びた神速とも呼べる刺突が氷壁に突き刺さる。

「これも防ぐのかいッ⁉︎ けど……ただ一つ、年長者として君に教えてあげよう」

 攻防が続く中でアーロンが語りかける。

「どの魔法にも起点と呼ばれるとなる場所が存在するんだ。そこは魔法の発生源でもあり一番脆くもある」

 アーロンが放出する魔力が膨大に膨れ上がり、轟音が訓練場内に響き渡る。

「そう、今まさに私が突いているこの場所が起点だ! ……君の魔法は正確過ぎる。だから、分かりやすかったよ!」

 雷鳴が轟きジークが築いた氷壁が砕け散る。

「イゾサール流宮廷剣術 雷洸!」

 青白い雷の中にジークの姿が消えてゆく。



✳︎✳︎✳︎✳︎



「はぁ、はぁ……ちょっとやり過ぎた、かな」

 膝をつくアーロン。肩で息をする様子から無理をしたのだと想定できる。
 魔法の明滅によって視界が奪われていたが今は治まり周囲の様子が確認出来る。
 魔法を纏った刺突で貫かれたジークは訓練場の端で横たわっていた。

「ミスターバート。申し訳ないが彼の治療を頼む。恐らく重症だろうからね」

 重要な護衛任務前に重症者が出るケースは稀だろう。しかも訓練中にだ。団長からの大目玉は確定だろうと苦笑いを浮かべる。

「言い訳は……どうしようかな」

「惨めに這いつくばった事に対する言い訳か?」

 背筋に異様に冷たい戦慄が走る。
 疲れか、恐怖か。アーロンは振り返る事が出来ない。

「バカな……確かに手応えはあった。それに君は、あそこに横たわって……」

「あの氷像が俺に見えるのか? 所詮貴様はその程度ということだ」

 ジーク……を模した氷像は砕け散る。込めた魔力が全て消費されたようだ。キラキラと光を浴び舞っている。

「そんな……バカな」

「さて、随分と楽しそうに騒いでいたな? それで終いか?」

 震える足を叱咤し立ち上がろうとする。細剣を支えに何とか立ち上がるが……背後にはラギアスの悪童が控えていた。

「一つ教えてやる。……貴様は凡人だ」

 冷気を帯びた魔力を右手に集める。そしてその右手をアーロンの背中へ軽く添えるジーク。

「じゃあな。――振衝波」

 きりもみ回転をしながら吹き飛ぶアーロン。バートの真横を通り過ぎる形で壁に激突し動かなくなる。

「要望のあった重症者だ。護衛任務に支障が無いよう精々治療に励むんだな」
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