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第三章 悪魔の剣
第二十八話
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日が落ちた王都スピリトで暗躍する者。
闇に沈んだ路地裏に怪しい複数の影があった。
「うんうん、誰にもつけられてないみたいだね」
「その声は……お前があの時の不届き者か」
黒いフードに身を包んだ男性と思われる二人の人物。そして子供のような見た目をした存在。彼らはとある取引の為に密会していた。
「声を聞いた時にも感じたが、子供じゃないか」
「見た目だけは子供。兄さん、ただ……」
普通ではない。対面しただけで分かる異様な雰囲気。生物としての根幹が違うと二人は感じていた。
「どう判断するかは任せるよ。でもその気がないなら他を当たるけど?」
「まて……話は受ける。だが本当なんだろうな?」
「もちろんだよ。憎き三男坊を排除することも出来るし望んだ世界にすることも……最終的にはね」
暗がりから二人の方へ向かってくる子供。月明かりに照らされた瞳は幻想的な空気を醸し出していた。二人は自然と惹きつけられる。
「ただし、そのためには手順が必要だよ」
「あいつが持っているとされる古代の遺物。それを奪取する」
そう!と言いながらパチンと指を鳴らす。
「でもね~君達も分かってると思うけど、弟君結構やり手なんだよね……」
歯を食いしばり拳を強く握る二人の人物。分かりやすい程に怨嗟が漏れていた。
「だからコレを渡すよ!」
「……何だこれは」
手渡されたのは小さな瓶。中には見たこともない得体の知れない液体が封入されていた。
「使い方は簡単だよ。君達の弟を前にしたら、それを地面に叩きつけて壊すんだ。アイツを倒せ! てね。一番魂が強い存在を映し出すのさ」
最後に弱ったところを狙えと子供はケラケラと笑いながら説明する。
「俺達の力を使えば話は早いんじゃないのか?」
「それは必要な時まで取っておきたいんだよ。でも、どうしようもなければ任せるよ」
クスクスと笑い続ける姿は何とも言えない不気味さがある。
「でもその役目は一人だけだよ。もう一人は別行動だ。他にもやることがあるからね」
「……アーロンは俺がやる。いいな?」
「分かった。タイミングはどうする?」
「ターゲットを狙う瞬間だね。そしたら指示通りの場所まで来てもらうよ」
手早く打ち合わせをする三人。
――物語が大きく動き出そうとしていた。
✳︎✳︎✳︎✳︎
温かな太陽の光が豪華に彩られた室内を照らす。部屋の持ち主である彼女はシンプルな家具を好んでいるが、王族としての立場もありそれを受け入れていた。
「もうすぐですね……」
鏡の前に座り髪を梳く女性。王族の証である銀色の髪と親から譲り受けた金色の髪が混ざり合う。腰まで伸びた艶やかな髪は星の運河を思わせる。
アルニカ・フォン・ディアバレト。
王家の生まれである彼女は王族として、王位継承権の上位に立つ者として務めを果たそうとしていた。
年に数回行われる王家主催の社交界。時の王に命じられたその子息達が中心となり、貴族や重鎮、国の発展に大きく貢献してきた者達を招く会合。今回その役目を王より仰せ付かったのがアルニカであった。
招かれる者達からすれば王家から認められたとして大変名誉なことであり、栄光へと繋がる明瞭な階段となる。野心の強い者はこの社交界を踏み台として更に上を目指すのだ。
招かれる側からすればこの先の人生に関わると言っても過言ではないが、招待する王族にとっても重要な催しである。この会合、年に数回行われているのがミソであった。
国の王や王族といっても無条件で家臣や領主を含む貴族、大商人などが従うわけではない。多くの支援があることで国が成り立ち政治が回る。いわゆる後ろ盾、支援者達の存在が国を強くするのだ。
力を持つ者達はそれを理解している。王家主催の社交界は未来の王を見定める場でもある。将来どの王に自分達がついていくのか。
王子や王女からすれば継承争いの場。それを年に数回行うことで時の王は次代の後継人を見極める。王位継承権を持つ者達にとっても重要な行事であった。
(大切な場であることは理解していますが……今は他に気にするべきことがあるはずです)
何処か憂いを浮かべるアルニカ。悲しそうな思い詰めた表情をしている。
王位継承権に興味が無いなど無責任な発言をするつもりはない。王女として生まれた以上、次の王が決まるまでは責任を果たすつもりだ。どのような結果になったとしても受け入れる覚悟はある。――しかし今はその時ではない。国を取り巻く環境は大きく変わりつつあった。
(諜報機関、アステーラ公爵家の報告からして間違いはないのでしょう。『鍵』の所有者が見つかった)
異界の門を開く三本の鍵。長年継承されてきたその存在が特定され狙われる事件が発生した。偶然という言葉で済ますことは出来ない。敵はこの世界の真実を知っている。
(まさか、王家の血を引く者に鍵が継承されているとは思いもしませんでした。今思えばこれもまた運命だったのかもしれません)
誰よりも濃く王家の証が現れていた少女。自分と同い年の、何もかもを諦めていたシエルが鍵を目覚めさせ、国トップクラスの神聖術の使い手になるとは思いもしなかった。
(あの子にも悪いことをしました。しかし、何が彼女をあそこまで変えたのでしょうか……?)
鍵の所持者であることやその意味を正しく理解しているとは思えない。もっと別の何かがあったのだろう。気にはなるがそれよりも重要なことは……。
(異界の門が開けばこの国は、いえ世界そのものが変わってしまうでしょう)
長年王家が隠し続けてきたディアバレト王国のルーツ。
世界を守る為に世界を変えたのが始まりであった。
ディアバレトとラギアス、そして過去の偉人達が平和を願って一つの世界を終わらせた。その真実を正しく認識しているのは今では王家や王族だけであろう。ラギアス家の振る舞いを見ていれば正確に歴史が引き継がれなかったことがよく分かる。
(私達の先祖によって決められた継承者達。一人一人が重荷を背負うことになりました)
ディアバレト王国に住む者達に継承されてきた役割。
異界の門を開く三本の『鍵』
異界の門までの道を示す『導き手』
彼らを阻む為に王家と契約をしたラギアスの『番人』
世界が正しく平和になったその時まで見守る役割を担っていた『願い人』
(今のディアバレトは全てを知りながら静観している。それは本当に正しいことなのでしょうか?)
この世界の真実が明るみとなれば世界の人々は、継承者達は、そしてラギアスは――ディアバレトを許さないだろう。
(私達は全てを受け入れるべきなのかもしれません)
✳︎✳︎✳︎✳︎
活動拠点である王都に戻ってきたジーク。次の作戦行動の為という理由もあるが現在の目的は別。
王都の冒険者協会本部を訪れていた。
「おい……あのイカれた変人は何処にいる?」
「ジーク様。いつも当協会にご助力頂き誠にありがとうございます。……その件は聞き及んでおります」
丁寧にお辞儀をする受付スタッフの女性。
相手がラギアスであっても態度を変えないのはプロ意識故か。社会人は大変だなと気の毒に思う浩人であった。
冒険者として活動を始めて五年近く経過していた。当初はシナリオに抗う為に力を付けること、資金集めを主の目的として冒険者活動を始めていた。
何をするにしてもこの世界では力が必要であり、ラギアスとして存在する以上協力者は期待出来ない。有事の際に頼れるのは己の力、そして金であると浩人は考えた。
愚直に依頼をこなすことで力と資金を得てきた。その甲斐もあり今では国有数の冒険者となり、資産家クラスの大金を手にしていた。
――勝手にAランクへ上げたアクトルには未だに根に持っていた。
「地下の訓練場は貸切となっております。ジーク様のご要望となれば当協会としても無下には出来ません」
「バカなのか貴様は。そんなモノを俺が要望するわけないだろうが」
潤沢な資金は将来の生活費であったり逃走資金に使う予定である。
シナリオが無事終わりジークが健在ならこれ以上に望むことはない。
ストーリーが終わればラギアス家の取り潰しは間違いなく行われ、場合によっては責任を取らされる可能性もある。はい分かりましたと従うつもりが全くない浩人からすれば、最早ディアバレト王国に未練はない。全てが終われば堂々と国外へ逃走するつもりである。いくら力があったとしても個人で国を相手にするには無理があるからだ。
「王都本部では有名なエピソードです。訓練場で冒険者を騙る無頼漢達をジーク様は尽く成敗されました」
「勝手に過去を捏造するな。貴様ら冒険者協会の不手際だろうが」
「はい、ジーク様の数々のご活躍を決して忘れることはございません」
「……」
王都の冒険者協会となれば受付ブースは広く、多くの冒険者協会の職員が在籍している。それも当然であり、冒険者の数が他の支部とは桁違いに多いからである。依頼の数だけ冒険者が集まり、それを捌く人間が必要なのだ。
依頼を受ける時や達成報告の際に訪れる冒険者協会。本部は多くの受付があることからいつも空いている所を適当に選んでいるジークであったが、何故かいつも同じ職員に当たることが多い。この名も知らぬ受付嬢は凄腕のクレーマー処理係なのかもしれないとくだらないことを考えている浩人であった。
「地下の訓練場と言ったな。……時間を無駄にした」
「滅相もございません。あと一分でも十分でも、一時間でもお付き合い致します」
「失せろ。貴様に用はない」
この後お食事でもと宣っているスタッフを無視して移動するジーク。分かりやすい媚売りに興味は無い。それよりも重要なのは地下の訓練場にいるとされる不審者の対処である。
ラギアス邸で休んでいた時に届いた手紙。その内容は果たし状であった。
『我がマイフレンドであり好敵手よ。長きに渡る争いに決着を付ける時がきてしまったようだ。これもまたディスティニー。私達のファーストコンタクトの場で待つ。決闘だ。――君のソウルメイト、アーロンより』
怪文書であった。
いつものやつだろうと放置していたのだが、冒険者協会からクレームという名の連絡が入ったのだ。毎日のようにアーロンが冒険者協会に来てジークを探し回っていると。協会職員がジークの不在を何度説明しても訓練場に居座るため、堪らず彼らが仲介役としてジークに連絡をしてきたのだ。
浩人としては関わりたくはなかったのだが、騎士団に通報でもされれば、ラギアスである自分のせいにされかねないと渋々訪れたというわけだ。
地下へと続く階段を降り大きな扉を開けて中に入る。
二年前に見た広い訓練場が視界に入る。そしてその中央にはこちらに背を向けるアーロンの姿があった。
「待たせたね。マイフレンド」
「貴様は暇なのか?」
待っていたのはお前だろと内心ツッコむ浩人。
近衛師団の所属であり諜報機関という裏の顔を持つアーロンが暇なわけがない。だが冒険者協会の話では毎日のように異常行動をしていたとのことだ。
「懐かしいだろう? ここが私達の始まりの地であった」
いきなり何を言い出すんだと思いはしたが、あながち間違いでもない。
アクトルの指示によりジークの実力を確認する。その為にアーロンは冒険者達を焚きつけ模擬戦という名の勝負を仕掛けてきた。最後はアーロンとの一騎打ちにまで発展したことを覚えている。
「当時と違ってギャラリーはいないが……私達には不要だろう」
「気が済んだのならさっさと消えろ。本当にバカだな貴様は」
雷魔法とレイピアを合わせた戦闘スタイル。原作に登場しないキャラがここまで強いとは思いもしなかった。
「あれから私は何度も考えたんだ。君の強さの本質は何なのだろうか、と」
こちらへ振り向くアーロン。その表情は普段のような変人ぶりはなく、精悍な顔つきをしていた。
「私には何が足りないのだろうかと考えた。……そして一つの答えを遂に見つけたんだ」
ふざけた様子は全くない。そこには一人の戦士がいた。
「覚悟なのさ。私と君との差は。何者にも阻まれない唯我独尊が君の強さの秘訣なんだろう」
レイピアを抜くアーロン。バチバチと雷が帯電している。空気が張り詰める。
「一人の人間として、アーロン・イゾサールは君に戦いを申し込む。身勝手だとは重々承知している。だがこれは必要なことなんだ」
何を言っているのか分からない。急展開に内心驚く。――それでも、本気だということは伝わってくる。
この時何故だか浩人は決闘に応じたいと考えていた。
「ふん、いいだろう。二度となめた真似を出来ないよう叩き潰してやる」
即座に魔力を練り上げ戦闘態勢に入るジーク。訓練場に冷気が一気に広がる。
「⁉︎ 流石だよ……さぁ、始めようか。私達の聖戦を!」
雷が大地を砕きながらジークに迫る。それを氷壁で完全に防ぐジーク。
二年前の再戦が始まろうとしていた。
闇に沈んだ路地裏に怪しい複数の影があった。
「うんうん、誰にもつけられてないみたいだね」
「その声は……お前があの時の不届き者か」
黒いフードに身を包んだ男性と思われる二人の人物。そして子供のような見た目をした存在。彼らはとある取引の為に密会していた。
「声を聞いた時にも感じたが、子供じゃないか」
「見た目だけは子供。兄さん、ただ……」
普通ではない。対面しただけで分かる異様な雰囲気。生物としての根幹が違うと二人は感じていた。
「どう判断するかは任せるよ。でもその気がないなら他を当たるけど?」
「まて……話は受ける。だが本当なんだろうな?」
「もちろんだよ。憎き三男坊を排除することも出来るし望んだ世界にすることも……最終的にはね」
暗がりから二人の方へ向かってくる子供。月明かりに照らされた瞳は幻想的な空気を醸し出していた。二人は自然と惹きつけられる。
「ただし、そのためには手順が必要だよ」
「あいつが持っているとされる古代の遺物。それを奪取する」
そう!と言いながらパチンと指を鳴らす。
「でもね~君達も分かってると思うけど、弟君結構やり手なんだよね……」
歯を食いしばり拳を強く握る二人の人物。分かりやすい程に怨嗟が漏れていた。
「だからコレを渡すよ!」
「……何だこれは」
手渡されたのは小さな瓶。中には見たこともない得体の知れない液体が封入されていた。
「使い方は簡単だよ。君達の弟を前にしたら、それを地面に叩きつけて壊すんだ。アイツを倒せ! てね。一番魂が強い存在を映し出すのさ」
最後に弱ったところを狙えと子供はケラケラと笑いながら説明する。
「俺達の力を使えば話は早いんじゃないのか?」
「それは必要な時まで取っておきたいんだよ。でも、どうしようもなければ任せるよ」
クスクスと笑い続ける姿は何とも言えない不気味さがある。
「でもその役目は一人だけだよ。もう一人は別行動だ。他にもやることがあるからね」
「……アーロンは俺がやる。いいな?」
「分かった。タイミングはどうする?」
「ターゲットを狙う瞬間だね。そしたら指示通りの場所まで来てもらうよ」
手早く打ち合わせをする三人。
――物語が大きく動き出そうとしていた。
✳︎✳︎✳︎✳︎
温かな太陽の光が豪華に彩られた室内を照らす。部屋の持ち主である彼女はシンプルな家具を好んでいるが、王族としての立場もありそれを受け入れていた。
「もうすぐですね……」
鏡の前に座り髪を梳く女性。王族の証である銀色の髪と親から譲り受けた金色の髪が混ざり合う。腰まで伸びた艶やかな髪は星の運河を思わせる。
アルニカ・フォン・ディアバレト。
王家の生まれである彼女は王族として、王位継承権の上位に立つ者として務めを果たそうとしていた。
年に数回行われる王家主催の社交界。時の王に命じられたその子息達が中心となり、貴族や重鎮、国の発展に大きく貢献してきた者達を招く会合。今回その役目を王より仰せ付かったのがアルニカであった。
招かれる者達からすれば王家から認められたとして大変名誉なことであり、栄光へと繋がる明瞭な階段となる。野心の強い者はこの社交界を踏み台として更に上を目指すのだ。
招かれる側からすればこの先の人生に関わると言っても過言ではないが、招待する王族にとっても重要な催しである。この会合、年に数回行われているのがミソであった。
国の王や王族といっても無条件で家臣や領主を含む貴族、大商人などが従うわけではない。多くの支援があることで国が成り立ち政治が回る。いわゆる後ろ盾、支援者達の存在が国を強くするのだ。
力を持つ者達はそれを理解している。王家主催の社交界は未来の王を見定める場でもある。将来どの王に自分達がついていくのか。
王子や王女からすれば継承争いの場。それを年に数回行うことで時の王は次代の後継人を見極める。王位継承権を持つ者達にとっても重要な行事であった。
(大切な場であることは理解していますが……今は他に気にするべきことがあるはずです)
何処か憂いを浮かべるアルニカ。悲しそうな思い詰めた表情をしている。
王位継承権に興味が無いなど無責任な発言をするつもりはない。王女として生まれた以上、次の王が決まるまでは責任を果たすつもりだ。どのような結果になったとしても受け入れる覚悟はある。――しかし今はその時ではない。国を取り巻く環境は大きく変わりつつあった。
(諜報機関、アステーラ公爵家の報告からして間違いはないのでしょう。『鍵』の所有者が見つかった)
異界の門を開く三本の鍵。長年継承されてきたその存在が特定され狙われる事件が発生した。偶然という言葉で済ますことは出来ない。敵はこの世界の真実を知っている。
(まさか、王家の血を引く者に鍵が継承されているとは思いもしませんでした。今思えばこれもまた運命だったのかもしれません)
誰よりも濃く王家の証が現れていた少女。自分と同い年の、何もかもを諦めていたシエルが鍵を目覚めさせ、国トップクラスの神聖術の使い手になるとは思いもしなかった。
(あの子にも悪いことをしました。しかし、何が彼女をあそこまで変えたのでしょうか……?)
鍵の所持者であることやその意味を正しく理解しているとは思えない。もっと別の何かがあったのだろう。気にはなるがそれよりも重要なことは……。
(異界の門が開けばこの国は、いえ世界そのものが変わってしまうでしょう)
長年王家が隠し続けてきたディアバレト王国のルーツ。
世界を守る為に世界を変えたのが始まりであった。
ディアバレトとラギアス、そして過去の偉人達が平和を願って一つの世界を終わらせた。その真実を正しく認識しているのは今では王家や王族だけであろう。ラギアス家の振る舞いを見ていれば正確に歴史が引き継がれなかったことがよく分かる。
(私達の先祖によって決められた継承者達。一人一人が重荷を背負うことになりました)
ディアバレト王国に住む者達に継承されてきた役割。
異界の門を開く三本の『鍵』
異界の門までの道を示す『導き手』
彼らを阻む為に王家と契約をしたラギアスの『番人』
世界が正しく平和になったその時まで見守る役割を担っていた『願い人』
(今のディアバレトは全てを知りながら静観している。それは本当に正しいことなのでしょうか?)
この世界の真実が明るみとなれば世界の人々は、継承者達は、そしてラギアスは――ディアバレトを許さないだろう。
(私達は全てを受け入れるべきなのかもしれません)
✳︎✳︎✳︎✳︎
活動拠点である王都に戻ってきたジーク。次の作戦行動の為という理由もあるが現在の目的は別。
王都の冒険者協会本部を訪れていた。
「おい……あのイカれた変人は何処にいる?」
「ジーク様。いつも当協会にご助力頂き誠にありがとうございます。……その件は聞き及んでおります」
丁寧にお辞儀をする受付スタッフの女性。
相手がラギアスであっても態度を変えないのはプロ意識故か。社会人は大変だなと気の毒に思う浩人であった。
冒険者として活動を始めて五年近く経過していた。当初はシナリオに抗う為に力を付けること、資金集めを主の目的として冒険者活動を始めていた。
何をするにしてもこの世界では力が必要であり、ラギアスとして存在する以上協力者は期待出来ない。有事の際に頼れるのは己の力、そして金であると浩人は考えた。
愚直に依頼をこなすことで力と資金を得てきた。その甲斐もあり今では国有数の冒険者となり、資産家クラスの大金を手にしていた。
――勝手にAランクへ上げたアクトルには未だに根に持っていた。
「地下の訓練場は貸切となっております。ジーク様のご要望となれば当協会としても無下には出来ません」
「バカなのか貴様は。そんなモノを俺が要望するわけないだろうが」
潤沢な資金は将来の生活費であったり逃走資金に使う予定である。
シナリオが無事終わりジークが健在ならこれ以上に望むことはない。
ストーリーが終わればラギアス家の取り潰しは間違いなく行われ、場合によっては責任を取らされる可能性もある。はい分かりましたと従うつもりが全くない浩人からすれば、最早ディアバレト王国に未練はない。全てが終われば堂々と国外へ逃走するつもりである。いくら力があったとしても個人で国を相手にするには無理があるからだ。
「王都本部では有名なエピソードです。訓練場で冒険者を騙る無頼漢達をジーク様は尽く成敗されました」
「勝手に過去を捏造するな。貴様ら冒険者協会の不手際だろうが」
「はい、ジーク様の数々のご活躍を決して忘れることはございません」
「……」
王都の冒険者協会となれば受付ブースは広く、多くの冒険者協会の職員が在籍している。それも当然であり、冒険者の数が他の支部とは桁違いに多いからである。依頼の数だけ冒険者が集まり、それを捌く人間が必要なのだ。
依頼を受ける時や達成報告の際に訪れる冒険者協会。本部は多くの受付があることからいつも空いている所を適当に選んでいるジークであったが、何故かいつも同じ職員に当たることが多い。この名も知らぬ受付嬢は凄腕のクレーマー処理係なのかもしれないとくだらないことを考えている浩人であった。
「地下の訓練場と言ったな。……時間を無駄にした」
「滅相もございません。あと一分でも十分でも、一時間でもお付き合い致します」
「失せろ。貴様に用はない」
この後お食事でもと宣っているスタッフを無視して移動するジーク。分かりやすい媚売りに興味は無い。それよりも重要なのは地下の訓練場にいるとされる不審者の対処である。
ラギアス邸で休んでいた時に届いた手紙。その内容は果たし状であった。
『我がマイフレンドであり好敵手よ。長きに渡る争いに決着を付ける時がきてしまったようだ。これもまたディスティニー。私達のファーストコンタクトの場で待つ。決闘だ。――君のソウルメイト、アーロンより』
怪文書であった。
いつものやつだろうと放置していたのだが、冒険者協会からクレームという名の連絡が入ったのだ。毎日のようにアーロンが冒険者協会に来てジークを探し回っていると。協会職員がジークの不在を何度説明しても訓練場に居座るため、堪らず彼らが仲介役としてジークに連絡をしてきたのだ。
浩人としては関わりたくはなかったのだが、騎士団に通報でもされれば、ラギアスである自分のせいにされかねないと渋々訪れたというわけだ。
地下へと続く階段を降り大きな扉を開けて中に入る。
二年前に見た広い訓練場が視界に入る。そしてその中央にはこちらに背を向けるアーロンの姿があった。
「待たせたね。マイフレンド」
「貴様は暇なのか?」
待っていたのはお前だろと内心ツッコむ浩人。
近衛師団の所属であり諜報機関という裏の顔を持つアーロンが暇なわけがない。だが冒険者協会の話では毎日のように異常行動をしていたとのことだ。
「懐かしいだろう? ここが私達の始まりの地であった」
いきなり何を言い出すんだと思いはしたが、あながち間違いでもない。
アクトルの指示によりジークの実力を確認する。その為にアーロンは冒険者達を焚きつけ模擬戦という名の勝負を仕掛けてきた。最後はアーロンとの一騎打ちにまで発展したことを覚えている。
「当時と違ってギャラリーはいないが……私達には不要だろう」
「気が済んだのならさっさと消えろ。本当にバカだな貴様は」
雷魔法とレイピアを合わせた戦闘スタイル。原作に登場しないキャラがここまで強いとは思いもしなかった。
「あれから私は何度も考えたんだ。君の強さの本質は何なのだろうか、と」
こちらへ振り向くアーロン。その表情は普段のような変人ぶりはなく、精悍な顔つきをしていた。
「私には何が足りないのだろうかと考えた。……そして一つの答えを遂に見つけたんだ」
ふざけた様子は全くない。そこには一人の戦士がいた。
「覚悟なのさ。私と君との差は。何者にも阻まれない唯我独尊が君の強さの秘訣なんだろう」
レイピアを抜くアーロン。バチバチと雷が帯電している。空気が張り詰める。
「一人の人間として、アーロン・イゾサールは君に戦いを申し込む。身勝手だとは重々承知している。だがこれは必要なことなんだ」
何を言っているのか分からない。急展開に内心驚く。――それでも、本気だということは伝わってくる。
この時何故だか浩人は決闘に応じたいと考えていた。
「ふん、いいだろう。二度となめた真似を出来ないよう叩き潰してやる」
即座に魔力を練り上げ戦闘態勢に入るジーク。訓練場に冷気が一気に広がる。
「⁉︎ 流石だよ……さぁ、始めようか。私達の聖戦を!」
雷が大地を砕きながらジークに迫る。それを氷壁で完全に防ぐジーク。
二年前の再戦が始まろうとしていた。
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