やがて始まるリベリオン

塚上

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第三章 悪魔の剣

第三十話

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「二人とも、準備はよろしいですね?」

「もちろんさ。華麗に舞って魅せようじゃないか」

「バカなのか貴様は。お遊戯会をしたいなら他所でやれ。全員叩き潰す。それだけだ」

「…………全然違います。二人とも本当に大丈夫ですか?」

 社交界用に準備した礼服姿の三人は入り口でスタンバイしていた。公爵家であり次期公爵でもあるアクトルの入場は王族の前。アクトルの護衛であるアーロンとジークも同じタイミングとなる。

「色々な意味で頼みますよ……本当に」

 本来であれば公爵家専属の騎士団『デュークガード』に護衛させて出席するべきなのだが、戦力として考えれば心許ない。近衛師団との関係性もありアーロン、そして最強戦力のジークを連れて来ていた。
 社交界の性質上、異性のパートナーを連れ立って参加する者もいる。アクトルで言えば婚約者が相応しいのかもしれないが、場へ将来の家族を連れて行くなどあり得なかった。

「二人はあくまでも護衛ということを忘れずに。……有事の際に動いて頂ければ」

「プリペアード……いつでも準備オーケーさ」

「勘違いするなよ。俺は俺の都合で動く。邪魔をするなら貴様も潰す」

「――えぇ、重々承知していますよ」

 注目を浴びながら会場へと入場する。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 ディアバレト王家主催の社交界は王都の中心に築かれた王城で開催される。
 時の王に指示された王子や王女が中心となり貴族や諸侯を招くその催しは過去から続くディアバレト王国の伝統行事であった。

 会場となる大きなホールには大勢の人間が集まっていた。現国王とも近い、名のある貴族から、領地を治める領主貴族、各組織の代表や商人など様々である。
 ホール内を囲むように警護しているのは白銀の鎧を身に纏った近衛師団。役割分担なのかその内の半分を守る騎士団の姿もある。

 会場にいる者達は各々が談笑していた。
 招かれた一人一人が立場のある人間である。この機会に新たな関係を作ろうと内心躍起になる者もいる。
 イゾサール侯爵家の当主、ウィシュカの周りにはそのような人物が集まっていた。

 分かりやすいごますりであったり、形式上の挨拶であれば適度に流して終わるのだが、この場に招かれたのは聡明な者も多い。何の為に開かれた社交界なのか理解しているのだ。
 誰が誰に付くのか。それは今後の王国情勢に大きく関わる。国だけでなく自らの命運も変える出来事に関心が高まるのは無理もない。

「私から一つ言えるとすれば……アステーラ公爵家のアクトル様が出席されるらしい」

「なんと、次期公爵のアクトル様が……」

 ディアバレト王国の公爵家として存在するアステーラ家。国の始まりからディアバレト王家と共に国を支えてきた銀を受け継ぐ者達。
 公爵家としての立ち位置を考えれば重要な存在であると誰もが理解出来るが、この場にいる者達の認識は異なる。
 国を裏から支え、守り、監視してきた一族。諜報機関という別の顔を持つ彼らの存在が歴史の影に潜んでいる。
 聡明な者達は理解している。だからこそ気になるのだ。彼らの動向が。時に王族や身内すら断罪する彼らの選択が。
 今回の主催者であるアルニカ・フォン・ディアバレト。王位継承権の上位にいる彼女よりもある意味注目を集めていた。

「噂をすれば……」

 入口付近の近衛兵に動きがある。銀の髪を持つアクトルの登場であった。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 入口より現れたアステーラ公爵家のアクトル。
 参加者である貴族達だけではなく会場警護に当たる騎士達の視線も集めていた。

 二人の護衛を従えて会場入りしたアクトル。
 護衛の一人はこの場で知る者も多いアーロン・イゾサール。近衛師団に所属する若き天才。時折異常行動が目立つがそれでも霞むことのない輝きは人を惹きつける。
 アクトルの隣で堂々としているアーロンの姿を見たウィシュカは誇らしげである。
 王族主催の公式の場で次期公爵であるアクトルに選ばれ護衛を務めている。アステーラ公爵家との関係性を他の貴族達に示せたのは大きい。
 逆に不満げなのはウィシュカと共に参加していたクロテッドとツァイティである。誰もがイゾサール家のアーロンと認識している状況が気に食わない。

 二人に意識が向く中、会場がざわつき出す。少し遅れて会場に入って来た黒髪の青年に注目が集まる。

「あの黒髪は……」

「噂は本当だったか」

「あれが……ジーク・ラギアス」

 国中で知らぬ者はいない悪徳貴族の出。
 王都で活動するAランク冒険者。
 公爵家専属の部隊に所属しているとされる最強戦力。

 多くの噂が飛び交う話題の人物が場の視線を独占していた。悪意や敵意を含んだ感情があれば好奇の視線を向ける者もいる。
 過去はラギアスだけで全てが悪という考えが多くを占めていたが現在は少し異なる。悪事を働いたという噂も多々あるが、Aランク冒険者として活動を続けている事や公爵家との関係性、過程はともかく命を救われたと証言する者達の存在。
 それらの事実は無視出来ないところまできていた。ジークを取り巻く環境は少しずつではあるが変わりつつあった。――当の本人は大して関心を示していないのだが。

 登場したアクトルに挨拶をする為に近付く貴族達。その先頭は名家イゾサール侯爵家であった。
 現当主のウィシュカと二人の息子が続き、形式上の挨拶や会話を進める。

「イゾサール家はこれからもアクトル様の剣となりましょう。勿論、我が愚息、アーロンもその考えです」

「……期待していますよ。あなた方には」

 二人の会話が続く中、護衛を務めるアーロンとジークは無言。ウィシュカの背後にいるクロテッドとツァイティも同じく言葉は無いが、アーロンを睨み続けていた。

 要人達がアクトルへの挨拶を終えた頃、タイミングを見計らったかのように近衛兵が声を上げる。

 多くの護衛に囲まれた一人の女性が姿を見せる。
 王族の証である銀の髪に国の象徴である銀のドレスに身を包んだ若い女性。
 ディアバレト王国の王女アルニカ・フォン・ディアバレト。彼女の登場に全ての者が跪く。ただ一人、ジークを除いて。

「皆様、楽にしてください。本日はお集まり頂きありがとうございます。この場にいる皆様の存在が国に繁栄を齎したことは間違い無いでしょう。今宵は存分に楽しんでください」

 拍手喝采となるホール。社交界の幕開けであった。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 料理と酒を楽しみながら各々が談笑している。国の行く末を語る者がいれば、流行りの商売について意見交換する者、腹の探り合いに勤しむ者など様々である。

「マイフレンド、せっかくの機会だ。君は食べないのかい?」

「要らん」

 大勢の者達に囲まれた王女。その彼女がいる中央から離れた位置で食事をしているアクトル達三人。
 グラスを持つアクトルやアーロンとは対照的なジークである。

「不純物を心配しているのですか? 私の神聖術を前に無力ですよ」

「ハッ、貴様の神聖術に縋るようならこの国は末期だな」

 そうですかと顔を引き攣らせるアクトル。相変わらず容赦がない。

「うん? これはまた大物だね」

 アーロンが視線を向ける先には鎧を着た数名の騎士。近衛師団の象徴である白銀の鎧ではないことから騎士団の騎士であることが窺える。その彼らがこちらへ向かって来ていた。
 先頭を歩くのはハンハーベル・プラント。背が高く痩せた体型と顔に刻まれた皺が印象的な高年手前の人物。末端の騎士から副団長の座まで上り詰めた現場の叩き上げとして有名な騎士である。

「アーロン様、先程はありがとうございました」

「そうですね。……何か他に用事でも?」

「いえ、今回用があるのは後ろの彼です」

 一通りの挨拶は既に終えていることから純粋な疑問を浮かべるアクトル。どうやら目的はアクトルでなければアーロンでもない。他人事のように腕を組み佇むジークのようであった。

「ジーク・ラギアスだな。国軍本部で一度顔を合わせている」

「そうなのか? 俺は知らんな」

 興味が無さそうにただ一言。副団長を貶されたと判断した部下の騎士達が憤るがそれを制止するハンバーベル。

「世間話は互いに望まないだろう。要点のみ伝える。殿下に対するあの態度は何だ?」

 皺を深く刻みジークを睨むハンバーベル。威圧感からか背後の騎士は顔を強張らせている。

「言っている意味が分からないか? あのような無礼が許されると思うのか?」

 王女であるアルニカが現れた時にジークただ一人が平然としていた。そこをハンバーベルは咎めていた。

「殿下は寛大なお方だ。……だがそれとこれでは話が別だ。国の秩序を乱す者を見過ごす訳にはいかない」

「……思い出した。老害共の腰巾着か」

 得心したようにハンバーベルを見つめるジーク。マエノフが拉致された際に招集された会議の場にいたことを思い出していた。

「なんだ、まだ騎士を続けていたのか? 卑しく齧り付く鼠のような男だな貴様は」

「⁉︎ 口の利き方を知らん若造が。ラギアス家では礼儀作法を学ばないようだな」

「そうだな。貴様のようなボロ雑巾に礼儀作法なぞ不要だからな」

「――⁉︎」

 舌戦にもつれこむ両者。だが優劣は明らかである。

「無礼と言ったな? 何故貴様がそれを判断する? 貴様は王族なのか? 勝手な判断を下す貴様の方が無礼だとは思わんか?」

「なん、だと――?」

「楽にしろと王女は言っていたはずだが? それに歯向かう貴様は何だ? 俺に謀反を強要するのか? 騎士団の副団長ともあろう者が」

 止まらない罵詈雑言の嵐に絶句するハンバーベル。顔を真っ赤にしていた。

「いちいち跪くのが貴様らの伝統なら、その辺の石ころにでも跪いていろ。……滑稽だな」

 嘲笑するジーク。明らかに馬鹿にしている。

「マイフレンド、ストップだ」

 アーロンが止めに入る。見るに見かねたのかもしれない。

「仕方ないのさ、もう夜だからね。きっとお眠の時間だから頭が回らないんだよ」

 意味の分からないフォローをするアーロン。御老人は早く寝るものだろう?とジークに問いかけている。悪意なく相手を貶している。

「この、餓鬼共が……」

 剣の柄に手を掛けるハンバーベル。その様子を見て今度こそ止めが入る。

「そこまでですよ、プラント卿。それは悪手だ。あなたにとって損でしかない」

 アクトルがさりげなく前に出る。

「二人共、そろそろ殿下へ挨拶に行きますよ」

 場を離れていくアクトル達。彼らを鬼のような形相を浮かべ睨み続けるハンバーベル。その様子を見て騎士達は狼狽えていた。

「そうでした。……言い忘れていましたが」

 歩みを止め振り返るアクトルが一言。

「重要なはしっかりと保管しておくことをオススメしますよ。魔法によるセキュリティも古典的な金庫も万全ではありませんからね。一度確認してみてください。では――

 真っ赤な顔から一転、真っ青になるハンバーベル。急激な変化を見たアーロンは素晴らしい一発芸だと賛辞を贈っていた。



✳︎✳︎✳︎✳︎



 大勢の者達に囲まれている王女アルニカ。挨拶に来た彼らに対して丁寧に対応を続ける。この行動が後に国の明暗を分ける結果に繋がる可能性もあるのだ。そう思えば必然的に身が引き締まる。

 一人の貴族が発言をしていたのだが急に止め、恭しく頭を下げ離れてゆく。他の貴族や商人達も同じように続く。
 何があったのかと周囲を見渡せば、自身の髪色と同じ銀を持つ者がアルニカの方へと向かって来ていた。アステーラ公爵家のアクトルである。

(ここが正念場ですね)

「近衛師団の皆様、一度下がってください」

「しかし……」

「構いません」

 指示に従う近衛師団の精鋭達。王族警護の強者をあえて遠ざけるのには理由がある。上辺だけの言葉では公爵家の信頼を得られることは出来ない。それに、国の今後に関わる意見交換もしたいとアルニカは個人的に考えていたのだ。

(そして……あの黒髪の方がラギアスですね)

 何処か不機嫌そうに歩くラギアス。浮かれた者が多くいる会場から見れば彼はより異質に見える。権力や財産に拘る歴代のラギアスとは何かが違うのかもしれない。

「お招頂き恐悦至極でございます殿下」

「頭をお上げください。……回りくどい話は好きではないのでしょう?」

「よくお分かりで……」

 周囲の目も計算に入れたアクトルの対応。現公爵同様にやり手として有名である。下手な対応は出来ない。

「護衛の二人は……イゾサール家のアーロン。そしてラギアス家のジークです」

 アクトルに紹介されたアーロンも形式上の挨拶を行う。一方のジークは無言である。

「……何故黙っているのです?」

「貴様が余計なことは喋るなと言ったんだろうが」

「…………今ので台無しですよ。もう好きにしてください」

 こめかみを押さえるアクトル。
 立場の関係上何度も顔を合わせたことがあるが、珍しい反応に内心驚くアルニカ。余り感情を表に出さないアクトルを見て新鮮に感じる。

「単刀直入に聞きますが、王家はどうするつもりですか?」

「……現段階では何も」

「静観ですか。分からなくもありませんが……」

 静観する。成り行きを静かに見守る。聞こえはいいが、要は何もせずに全てを他人に任せ押し付ける行為に等しい。選択を達に委ねる。王家は離れた場所でただ待つのみ。それがディアバレトの答えであった。

「しかし、私個人としては考えが異なります。その為に貴方を招待しました」

 アクトルが来るならその護衛としてラギアスも連れて来るだろう予測していた。何かと話題に上がるこれまでと違うラギアスを。

「――殿下一人では色々と無理があると思いますが」

「はい、ですのでお話をしたいと。王家として、王女として。ラギアスである貴方に。先ずはそれからです」

 どのような形であれ『鍵』が集まれば本人の意思とは関係なく戦いを強いられるラギアス。『導き手』が存在する限り永遠と続く死が付き纏う日々。仮に世界が変わったとしてもその世界に『番人』を継承したラギアスは存在出来ない。世界が変わるにはラギアスの死が必要だからだ。

「王家はラギアスに全てを強要してきました。貴方達にとっての楽園を築くことが出来ませんでした。全ては「おい……」」

 心臓を掴まれるような底冷えする感覚に口が止まる。身体が異様に寒い。

「何だそれは? 貴様は何を言っている?」

(身体が……動かない)

「罪悪感を感じたとでも宣うか? 何年も前から、何世代に渡って、ラギアスを都合良く使い潰してきた貴様らが」

 青い瞳を光らせるジーク。怒りの感情が魔力となり瞳から漏れ出しているのだ。それだけ強い感情が表に出ていた。

「今更善人面をするなよ反吐が出る。貴様も他の王族と変わらん偽善者だ。貴様はただ楽になりたいだけだ」

 言葉による剣で身体をズタズタに斬り裂かれる。
 ここまでの殺意を向けられたのはアルニカにとって初めての経験であった。

(強い憎しみ……やはりラギアスはディアバレトを許してはくれない。分かっていたことですが……)

 涙が溢れてくる。ジークが恐ろしくて泣いているのではない。自分と同年代の若者の人生を壊し、歴代のラギアス達から安寧を奪っておきながら、何不自由無く生活してきたディアバレトを許せなく思ったのだ。
 事実としては何年も前から認識していた。強い感情をぶつけられることでやっとそのに気付いた。
 アルニカが同じ立場であり、ジークのようにラギアスの真実を知っていたとしたら。

(私には……耐えられない)

「貴様らの都合通りに進むと思うなよ。俺は俺の為に戦う。仮に全てのラギアスが消えて無くなるなら――貴様ら全員道連れだ」

 様子がおかしいと感じたのか、離れていた近衛師団や騎士団が顔を見合わせる。少しずつ騒がしくなるホール。

――社交界を混乱の坩堝へと誘う存在により更に混沌となる。

『ヤッホー聞こえているかな? ディアバレト王国のみんなー!』

 会場内に響き渡る子供のような声。姿の無い怪しげな声にホールは慌ただしくなる。

『今日は可哀想な君達の為に真実を話に来たよ! 嘘を吐き続けているディアバレト王家をみんなでやっつけよー!』

 楽しそうにケラケラと笑う声の主により社交界の空気が一変する。
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