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第2章 図書館での冒険
第6話 図書館の最初の謎とふたりの決意[2]
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図書館の門をくぐったとき、結城なつみの胸の中で、なにかが「カチリ」と音を立てた。
それはまるで、時間の歯車がひとつ噛み合ったような、そんな感覚だった。
「……変わってないね」
ポニーテールを揺らして、なつみは呟いた。
目の前にあるのは、町の小さな図書館。赤い屋根と白い壁。入り口には「本日もどうぞごゆっくり」と書かれた看板。
夏の陽射しを受けて、レンガ造りのアーチがきらきらと光っている。
その隣で、瀬川そらたは眼鏡を押し上げた。
髪は黒く短く整えられていて、ハーフパンツのポケットからは、ノートと鉛筆が少しだけ覗いていた。
「図書館って、探検の出発点って感じしない?」
「うん。ぼくも、そんな気がする」
なつみのことばに、そらたはまっすぐうなずいた。
ふたりがこの図書館を訪れるのは、ひさしぶりだった。
最後に来たのは――まだ、小学三年生のころ。
けれどあのときは、ただ「調べ学習のため」だった。
今は違う。
今、ふたりは――自分たちの足で、"なにか"を探しに来たのだ。
図書館の扉を押し開けると、冷たい空気と紙のにおいがふわりと漂ってきた。
市立図書館の中は、夏でもひんやりと涼しかった。
背の高い本棚、冷房の音、かすかな紙のにおい。
ふたりにとっては馴染みの場所だったけれど、なつみは今日は真剣な顔で館内を見渡していた。
「こんにちはー!」
なつみが元気よく声をかけると、カウンターの奥から司書の女性が顔を出した。
「あら、結城さん?お友だちと一緒なのね。いらっしゃい」
「うん、夏の自由研究でね!ちょっと調べものがあって」
「それは頼もしいわね。静かにお願いね」
ぺこりとお辞儀をして、ふたりは図書館の奥へと歩いていった。
足音がカーペットに吸い込まれて、小さな世界に沈み込んでいく感覚が心地よい。
そらたはそっと、なつみに聞いた。
「今日、調べたいことって……あの、なに?」
なつみはふと立ち止まり、ぽつりとつぶやいた。
「ねえ、そらた。ここって、なんか覚えてない?」
「え……?」
そらたがきょとんとする。なつみは棚の並びをじっと見つめていた。
「ここ、前にも来たことある気がするの。お姉ちゃんと一緒に。たしか……あの奥の階段のところ」
視線の先には、閲覧室の隅にある階段があった。通常は立ち入り禁止の札がかかっているが、今日はなぜかそれがない。
なつみは、思い切って階段の手すりに手をかけた。
「行ってみよう」
「えっ、でも……入っちゃいけない場所だったら……」
そらたの不安そうな声を背に、なつみはすでに一段、階段を登っていた。
そらたは慌ててそのあとを追いかける。
階段を登ると、そこはかつての「旧児童室」だった。
今では使われていないらしく、窓には白いカーテンがかけられ、棚にはほこりをかぶった古い絵本が並んでいる。
なつみはゆっくりと歩きながら、古びた棚をひとつひとつ見ていく。
その目はどこか探るようで、懐かしさと期待が混じっていた。
「たしか……このへんだった気がする……」
彼女が手を伸ばした棚には、一冊だけ他と違って新しい表紙のノートが挟まれていた。
そらたが声をひそめる。
「なっちゃん、それ……」
「うん、たぶん……お姉ちゃんのだと思う」
なつみはそっとそのノートを引き抜き、表紙を見た。
そこには、なつみの字ではない、けれどどこか似ている文字で、こう書かれていた。
『ゆうしゃの記録 その6』
目を見開くなつみ。そらたも思わず、隣で息をのむ。
「やっぱり……お姉ちゃんも、"ゆうしゃ"だったんだ」
ノートを開くと、中には子どもの字で書かれた日記のような文章が並んでいた。
魔法の地図を描いた日、秘密の通路を見つけた日、司書のおばさんとこっそり話した日――。
そして、最後のページにはこうあった。
『この先のカベに、まほうのとびらをかくしてある。まだ、だれにも見つかってない。わたしだけの、ゆうしゃのしるし。なつみがいつか、ここに来るって信じてる』
なつみの手が震えた。
「お姉ちゃん……ほんとうに、ここに残してくれてたんだ」
そらたはそっと隣に立ち、ノートのページを一緒に見つめながら、ぽつりと言った。
「ねえ、なっちゃん。どうして、そんなに"ゆうしゃ"になりたいの?」
なつみは一瞬黙りこみ、それから小さく笑った。
「ほんとはね……わたし、“なりたい”っていうより、“ならなきゃ”って思ってるんだと思う」
彼女はページを閉じ、そっと棚に戻した。
「お姉ちゃんが残してくれた冒険。その続きを、わたしがちゃんとたどらないと。そしたら、もう一度“ただいま”って言える気がするんだ」
そらたは、彼女の気持ちの重さに言葉を失った。
けれどそのあと、しっかりとうなずいた。
「じゃあ僕は……“まほうつかい”として、なっちゃんの冒険を支えるよ」
――そう、まだ勇者になれないそらたは、せめて魔法使いとして、隣に立ちたかった。
それはまるで、時間の歯車がひとつ噛み合ったような、そんな感覚だった。
「……変わってないね」
ポニーテールを揺らして、なつみは呟いた。
目の前にあるのは、町の小さな図書館。赤い屋根と白い壁。入り口には「本日もどうぞごゆっくり」と書かれた看板。
夏の陽射しを受けて、レンガ造りのアーチがきらきらと光っている。
その隣で、瀬川そらたは眼鏡を押し上げた。
髪は黒く短く整えられていて、ハーフパンツのポケットからは、ノートと鉛筆が少しだけ覗いていた。
「図書館って、探検の出発点って感じしない?」
「うん。ぼくも、そんな気がする」
なつみのことばに、そらたはまっすぐうなずいた。
ふたりがこの図書館を訪れるのは、ひさしぶりだった。
最後に来たのは――まだ、小学三年生のころ。
けれどあのときは、ただ「調べ学習のため」だった。
今は違う。
今、ふたりは――自分たちの足で、"なにか"を探しに来たのだ。
図書館の扉を押し開けると、冷たい空気と紙のにおいがふわりと漂ってきた。
市立図書館の中は、夏でもひんやりと涼しかった。
背の高い本棚、冷房の音、かすかな紙のにおい。
ふたりにとっては馴染みの場所だったけれど、なつみは今日は真剣な顔で館内を見渡していた。
「こんにちはー!」
なつみが元気よく声をかけると、カウンターの奥から司書の女性が顔を出した。
「あら、結城さん?お友だちと一緒なのね。いらっしゃい」
「うん、夏の自由研究でね!ちょっと調べものがあって」
「それは頼もしいわね。静かにお願いね」
ぺこりとお辞儀をして、ふたりは図書館の奥へと歩いていった。
足音がカーペットに吸い込まれて、小さな世界に沈み込んでいく感覚が心地よい。
そらたはそっと、なつみに聞いた。
「今日、調べたいことって……あの、なに?」
なつみはふと立ち止まり、ぽつりとつぶやいた。
「ねえ、そらた。ここって、なんか覚えてない?」
「え……?」
そらたがきょとんとする。なつみは棚の並びをじっと見つめていた。
「ここ、前にも来たことある気がするの。お姉ちゃんと一緒に。たしか……あの奥の階段のところ」
視線の先には、閲覧室の隅にある階段があった。通常は立ち入り禁止の札がかかっているが、今日はなぜかそれがない。
なつみは、思い切って階段の手すりに手をかけた。
「行ってみよう」
「えっ、でも……入っちゃいけない場所だったら……」
そらたの不安そうな声を背に、なつみはすでに一段、階段を登っていた。
そらたは慌ててそのあとを追いかける。
階段を登ると、そこはかつての「旧児童室」だった。
今では使われていないらしく、窓には白いカーテンがかけられ、棚にはほこりをかぶった古い絵本が並んでいる。
なつみはゆっくりと歩きながら、古びた棚をひとつひとつ見ていく。
その目はどこか探るようで、懐かしさと期待が混じっていた。
「たしか……このへんだった気がする……」
彼女が手を伸ばした棚には、一冊だけ他と違って新しい表紙のノートが挟まれていた。
そらたが声をひそめる。
「なっちゃん、それ……」
「うん、たぶん……お姉ちゃんのだと思う」
なつみはそっとそのノートを引き抜き、表紙を見た。
そこには、なつみの字ではない、けれどどこか似ている文字で、こう書かれていた。
『ゆうしゃの記録 その6』
目を見開くなつみ。そらたも思わず、隣で息をのむ。
「やっぱり……お姉ちゃんも、"ゆうしゃ"だったんだ」
ノートを開くと、中には子どもの字で書かれた日記のような文章が並んでいた。
魔法の地図を描いた日、秘密の通路を見つけた日、司書のおばさんとこっそり話した日――。
そして、最後のページにはこうあった。
『この先のカベに、まほうのとびらをかくしてある。まだ、だれにも見つかってない。わたしだけの、ゆうしゃのしるし。なつみがいつか、ここに来るって信じてる』
なつみの手が震えた。
「お姉ちゃん……ほんとうに、ここに残してくれてたんだ」
そらたはそっと隣に立ち、ノートのページを一緒に見つめながら、ぽつりと言った。
「ねえ、なっちゃん。どうして、そんなに"ゆうしゃ"になりたいの?」
なつみは一瞬黙りこみ、それから小さく笑った。
「ほんとはね……わたし、“なりたい”っていうより、“ならなきゃ”って思ってるんだと思う」
彼女はページを閉じ、そっと棚に戻した。
「お姉ちゃんが残してくれた冒険。その続きを、わたしがちゃんとたどらないと。そしたら、もう一度“ただいま”って言える気がするんだ」
そらたは、彼女の気持ちの重さに言葉を失った。
けれどそのあと、しっかりとうなずいた。
「じゃあ僕は……“まほうつかい”として、なっちゃんの冒険を支えるよ」
――そう、まだ勇者になれないそらたは、せめて魔法使いとして、隣に立ちたかった。
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