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佐藤美代子編
第34話 褒めが届かない[1]
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圭一は、帰りの電車でスマホを見ていた。
画面が暗いのは、地下に入ったからじゃない。
指が止まっているからだ。
スクロールしようとして、できない。
親指が画面に触れたまま、わずかに震えている。
――三枝しのの投稿。
考えなくても、そこに行き着く。
アプリを開いた理由を自分に説明しなくても、もう指が覚えている。
いつもなら、夜の遅い時間に一つ。
あるいは朝の早い時間に、淡々と一つ。
「本日は受付可能です」
「治療ではありません」
「褒めは事実に基づきます」
言葉の種類は少ない。
装飾も、感情もない。
それなのに、圭一はそれを毎日見てしまう。
見たところで、何かが起きるわけでもない。
自分が予約を入れるわけでもない。
「また行きたい」と思うほど、切羽詰まっているわけでもない。
ただ、そこにあるのを確認する。
それは、安心に近い。
自分が救われた出来事が、まだ“現在進行形の仕事”として存在しているかどうかを、確かめる行為だった。
それが――今日は、なかった。
一瞬、通信エラーを疑った。
地下だから、表示されていないだけかもしれない。
そう思って、画面を一度閉じ、もう一度開く。
それでも、表示されない。
正確には、昨日も、なかった。
タイムラインを下へスクロールすると、二日前の投稿が出てくる。
いつもより一段、遠い。
投稿が一つないだけだ。
それだけで、世界が壊れるわけじゃない。
なのに、
投稿が途切れるだけで、空気が変わったように感じるのは、
圭一が依存しているからだろうか、と考えてしまう。
「……別に、連絡する理由もないし」
小さく呟いた声は、電車の走行音にすぐ溶けた。
言い聞かせるみたいな言い方だった。
連絡をする権利はない。
友達でもない。
客でもない。
一度だけ、あの部屋で褒められた“元”客だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
圭一はスマホを閉じた。
画面を伏せると、視界は少し楽になる。
それでも、胸の奥に残るものがある。
見えないところで、何かが遅くなっている感じ。
歯車が一つ、噛み合わずに回っているような違和感。
駅に着き、改札を出て、冬の空気に触れる。
吐いた息が白い。
白い息はすぐ消えるのに、不安だけは消えない。
「……気にしすぎだろ」
誰に向けたわけでもなく、そう思う。
でも、思っただけで終わらない自分がいる。
その夜、圭一はコンビニの夜勤を終えた。
レジの奥で小さく伸びをして、バックヤードの時計を見る。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ数字。
それなのに、今日は少しだけ長く感じた。
同じように体が重い。
同じように足がだるい。
でも、その“同じ”が、今日は信用できない。
帰り道、またスマホを開いてしまう。
開くまいと思ったのに、開いている。
自分の弱さが、指先に出ている。
それを責めるほど、元気でもない。
投稿は――あった。
ただ、短い。
「本日は受付終了」
それだけだった。
いつもあるはずの注意書きがない。
いつもあるはずの温度のない“説明”がない。
圭一は、息を止めた。
胸の奥が、妙に冷えた。
「……だいじょうぶか」
声に出してから、すぐに後悔する。
何が“大丈夫”なんだ。
誰に向けた言葉なんだ。
自分は何を心配しているんだ。
心配したところで、何もできないのに。
通知欄を見て、何も来ていないのを確認する。
当たり前だ。
圭一は、しのと繋がっていない。
繋がっていないのに、見ている。
見てしまう。
それが、SNSをただ眺めるだけという立場の、嫌なところだと圭一は思った。
いくら気にしていると言っても、
いくら胸がざわついても、
自分は何も起こさない。
それなのに、起きたことの“気配”だけは拾ってしまう。
拾ってしまった気配を、どう扱えばいいのか分からないまま、ただ抱えて帰る。
圭一は、スマホをポケットにしまった。
しまえば終わるはずなのに、
胸の奥の違和感は、しまえなかった。
電車の窓に映る自分の顔は特別疲れているようにも、特別困っているようにも見えない。
それが、少し怖かった。
画面が暗いのは、地下に入ったからじゃない。
指が止まっているからだ。
スクロールしようとして、できない。
親指が画面に触れたまま、わずかに震えている。
――三枝しのの投稿。
考えなくても、そこに行き着く。
アプリを開いた理由を自分に説明しなくても、もう指が覚えている。
いつもなら、夜の遅い時間に一つ。
あるいは朝の早い時間に、淡々と一つ。
「本日は受付可能です」
「治療ではありません」
「褒めは事実に基づきます」
言葉の種類は少ない。
装飾も、感情もない。
それなのに、圭一はそれを毎日見てしまう。
見たところで、何かが起きるわけでもない。
自分が予約を入れるわけでもない。
「また行きたい」と思うほど、切羽詰まっているわけでもない。
ただ、そこにあるのを確認する。
それは、安心に近い。
自分が救われた出来事が、まだ“現在進行形の仕事”として存在しているかどうかを、確かめる行為だった。
それが――今日は、なかった。
一瞬、通信エラーを疑った。
地下だから、表示されていないだけかもしれない。
そう思って、画面を一度閉じ、もう一度開く。
それでも、表示されない。
正確には、昨日も、なかった。
タイムラインを下へスクロールすると、二日前の投稿が出てくる。
いつもより一段、遠い。
投稿が一つないだけだ。
それだけで、世界が壊れるわけじゃない。
なのに、
投稿が途切れるだけで、空気が変わったように感じるのは、
圭一が依存しているからだろうか、と考えてしまう。
「……別に、連絡する理由もないし」
小さく呟いた声は、電車の走行音にすぐ溶けた。
言い聞かせるみたいな言い方だった。
連絡をする権利はない。
友達でもない。
客でもない。
一度だけ、あの部屋で褒められた“元”客だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
圭一はスマホを閉じた。
画面を伏せると、視界は少し楽になる。
それでも、胸の奥に残るものがある。
見えないところで、何かが遅くなっている感じ。
歯車が一つ、噛み合わずに回っているような違和感。
駅に着き、改札を出て、冬の空気に触れる。
吐いた息が白い。
白い息はすぐ消えるのに、不安だけは消えない。
「……気にしすぎだろ」
誰に向けたわけでもなく、そう思う。
でも、思っただけで終わらない自分がいる。
その夜、圭一はコンビニの夜勤を終えた。
レジの奥で小さく伸びをして、バックヤードの時計を見る。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ数字。
それなのに、今日は少しだけ長く感じた。
同じように体が重い。
同じように足がだるい。
でも、その“同じ”が、今日は信用できない。
帰り道、またスマホを開いてしまう。
開くまいと思ったのに、開いている。
自分の弱さが、指先に出ている。
それを責めるほど、元気でもない。
投稿は――あった。
ただ、短い。
「本日は受付終了」
それだけだった。
いつもあるはずの注意書きがない。
いつもあるはずの温度のない“説明”がない。
圭一は、息を止めた。
胸の奥が、妙に冷えた。
「……だいじょうぶか」
声に出してから、すぐに後悔する。
何が“大丈夫”なんだ。
誰に向けた言葉なんだ。
自分は何を心配しているんだ。
心配したところで、何もできないのに。
通知欄を見て、何も来ていないのを確認する。
当たり前だ。
圭一は、しのと繋がっていない。
繋がっていないのに、見ている。
見てしまう。
それが、SNSをただ眺めるだけという立場の、嫌なところだと圭一は思った。
いくら気にしていると言っても、
いくら胸がざわついても、
自分は何も起こさない。
それなのに、起きたことの“気配”だけは拾ってしまう。
拾ってしまった気配を、どう扱えばいいのか分からないまま、ただ抱えて帰る。
圭一は、スマホをポケットにしまった。
しまえば終わるはずなのに、
胸の奥の違和感は、しまえなかった。
電車の窓に映る自分の顔は特別疲れているようにも、特別困っているようにも見えない。
それが、少し怖かった。
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