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卒業パーティまであと10日
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このままいけば、公爵令嬢ミシェル・ローレンは10日後に第三王子アスランから婚約破棄を言い渡される。それはもう疑いようもないことだった。
「アスランさまったら、あの平民女に『大丈夫だよ、ミシェルとは卒業パーティできちんと片を付けるから』っておっしゃっていたのよ。酷いと思わない? 片を付けるってなによ! 人をトラブル案件かなにかみたいに!」
「まあ殿下的には似たようなものなんだろうなぁ」
「おまけにアスランさまってば、そう言いながら、あの女を抱き寄せて頭をなでていたのよ、破廉恥な!」
「中庭でいちゃつくとは、結構大胆だなあの王子さま」
「あの女もあの女よ、アスランさまにしなだれかかって、こともあろうに――」
「なあミシェル・ローレン、それはそれとして、課題はちゃんとやってきたのか?」
エドガーの問いに、ミシェルは傲然と胸を張った。
「あら先生、ちゃんと聞いてなかったの? だから課題ができなかった理由を、順序だてて説明していたところじゃないの」
「今日までに課題をやってこなかったら留年させるって言ってたよな?」
「仕方ないじゃない。ぜんぶアスランさまとあの女が悪いのよ。こんな状況で課題をやれる人間がいたらお目にかかりたいものだわ」
「開き直るな。あと三日……いや五日待ってやるからちゃっちゃとやれ。君が留年なんかしたら、俺が公爵閣下に顔向けできない」
「じゃあ先生、協力して」
「は?」
「頭良いんでしょう? 王立大学を首席で卒業した頭脳を私のために役立ててちょうだい」
「なんで俺が」
「私を落第させたら、お父様に顔向けできないんじゃなかったの?」
「そうくるか……」
エドガーは深々とため息をついた。
学院教師エドガー・フレミングは没落貴族フレミング伯爵家の四男坊である。
没落貴族のそれも四男とあって、本来なら進学もままならないところ、その優秀さを見込んだローレン公爵の援助によって、めでたく王立大学を卒業。さらに本来の希望職である宮廷魔導士に空きが出るまでのこしかけとして、王立学院に教職を得るための口利きをしてくれたのもまたローレン公爵であった。
エドガーが大恩ある公爵に頭が上がらないのも当然なら、公爵の愛娘ミシェルとの力関係が微妙なものになるのもまた当然のことと言えるだろう。
「阻止と言っても、今から殿下の気持ちを取り戻すなんて不可能だし、やれることといえば殿下に影響力のある人間から説得してもらうことくらいだな」
「殿下に影響力のある人間?」
「ああ。王妃さまにでも頼んでみたらどうだ? 確か君はけっこう可愛がられてたろ?」
「そうね……。確かに王妃さまなら私の味方をしてくださるかも知れないわ」
王妃シャーロットは薔薇色のほおをした天真爛漫な女性で、「私ずっと娘が欲しかったのよ。ミシェルちゃんみたいな可愛い子がアスランの婚約者だなんて嬉しいわ」が口癖だ。
なにかにつけ「私とおそろいで作らせたの!」と愛くるしいデザインのアクセサリーを押し付けてくるため、ミシェルの部屋には婚約者であるアスラン王子からの贈り物はろくにない一方で、王妃からの贈り物は山となっているほどである。
王妃にもらった髪飾りを着けて会いに行き、「アスランさまがこんなことをおっしゃっていたんです」と涙のひとつも流して見せれば、王妃はきっとミシェルのために労をとってくれるに違いない。
「ちょうど王妃さまからお芝居見物に誘われているから、その後のお茶の席で事情を打ち明けて頼んでみるわ」
「頑張れよ。それで早く課題もすませてくれ」
ミシェルは「分かってるわよ」と言い捨てて、薬学準備室をあとにした。
そんな風にして、第一日目は終了した。
「アスランさまったら、あの平民女に『大丈夫だよ、ミシェルとは卒業パーティできちんと片を付けるから』っておっしゃっていたのよ。酷いと思わない? 片を付けるってなによ! 人をトラブル案件かなにかみたいに!」
「まあ殿下的には似たようなものなんだろうなぁ」
「おまけにアスランさまってば、そう言いながら、あの女を抱き寄せて頭をなでていたのよ、破廉恥な!」
「中庭でいちゃつくとは、結構大胆だなあの王子さま」
「あの女もあの女よ、アスランさまにしなだれかかって、こともあろうに――」
「なあミシェル・ローレン、それはそれとして、課題はちゃんとやってきたのか?」
エドガーの問いに、ミシェルは傲然と胸を張った。
「あら先生、ちゃんと聞いてなかったの? だから課題ができなかった理由を、順序だてて説明していたところじゃないの」
「今日までに課題をやってこなかったら留年させるって言ってたよな?」
「仕方ないじゃない。ぜんぶアスランさまとあの女が悪いのよ。こんな状況で課題をやれる人間がいたらお目にかかりたいものだわ」
「開き直るな。あと三日……いや五日待ってやるからちゃっちゃとやれ。君が留年なんかしたら、俺が公爵閣下に顔向けできない」
「じゃあ先生、協力して」
「は?」
「頭良いんでしょう? 王立大学を首席で卒業した頭脳を私のために役立ててちょうだい」
「なんで俺が」
「私を落第させたら、お父様に顔向けできないんじゃなかったの?」
「そうくるか……」
エドガーは深々とため息をついた。
学院教師エドガー・フレミングは没落貴族フレミング伯爵家の四男坊である。
没落貴族のそれも四男とあって、本来なら進学もままならないところ、その優秀さを見込んだローレン公爵の援助によって、めでたく王立大学を卒業。さらに本来の希望職である宮廷魔導士に空きが出るまでのこしかけとして、王立学院に教職を得るための口利きをしてくれたのもまたローレン公爵であった。
エドガーが大恩ある公爵に頭が上がらないのも当然なら、公爵の愛娘ミシェルとの力関係が微妙なものになるのもまた当然のことと言えるだろう。
「阻止と言っても、今から殿下の気持ちを取り戻すなんて不可能だし、やれることといえば殿下に影響力のある人間から説得してもらうことくらいだな」
「殿下に影響力のある人間?」
「ああ。王妃さまにでも頼んでみたらどうだ? 確か君はけっこう可愛がられてたろ?」
「そうね……。確かに王妃さまなら私の味方をしてくださるかも知れないわ」
王妃シャーロットは薔薇色のほおをした天真爛漫な女性で、「私ずっと娘が欲しかったのよ。ミシェルちゃんみたいな可愛い子がアスランの婚約者だなんて嬉しいわ」が口癖だ。
なにかにつけ「私とおそろいで作らせたの!」と愛くるしいデザインのアクセサリーを押し付けてくるため、ミシェルの部屋には婚約者であるアスラン王子からの贈り物はろくにない一方で、王妃からの贈り物は山となっているほどである。
王妃にもらった髪飾りを着けて会いに行き、「アスランさまがこんなことをおっしゃっていたんです」と涙のひとつも流して見せれば、王妃はきっとミシェルのために労をとってくれるに違いない。
「ちょうど王妃さまからお芝居見物に誘われているから、その後のお茶の席で事情を打ち明けて頼んでみるわ」
「頑張れよ。それで早く課題もすませてくれ」
ミシェルは「分かってるわよ」と言い捨てて、薬学準備室をあとにした。
そんな風にして、第一日目は終了した。
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