指さし婚約者はいつの間にか、皇子に溺愛されていました。

湯川仁美

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第一章 指さし婚約者(ドライ

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 次の展開を待つ志麻子の肩に手を置く人物に志麻子は視線を向ける。
 それは、一番、どう出てくるか警戒をしていた清羅だったのが彼女の複雑そうな表情に安堵した。
「志麻子”様”。婚約おめでとう」
「清羅様」
 敵意を浮かべていないそのその表情は志麻子を救った。
「清羅様の方がふさわしい。私には様をつけないで」
 それは、志麻子の本心。
「・・・それは・・・。どうかしら?」
 清羅は誠一の取り巻きをしていて。彼の容姿、地位を尊敬し敬愛したいたけれど彼女自身、婚約は望んでいなかった。

「誠一殿下は志麻子を見ることもなく。指をさしていたのは、ここにいる誰もが見ているわ。だけど、志麻子に嫉妬する人は多いわ。志麻子は幸運か、不運か私には分からないと心配しているわ」
 心配している。
 良かった。
 志摩子は安堵の息を吐く。
「私も歴代の婚約者の方のように数週間から数か月で解任になると思います。その後は歴代の婚約者のように・・・一人ぼっちになる」
 一人ぼっちになりたくない。
 それも志麻子の本心。
 一国の次期国王の婚約者に選ばれたことを不運だという発言を一介の公爵令嬢が大っぴらにはすることができず。
 清羅に抱き着き、清羅の耳元で囁くように志麻子は訴えた。

「志麻子は一人ぼっちにならないわ。私も・・・嫉妬しなかったと言えば嘘になるけれど・・・。幼稚舎の頃から一緒に過ごしてきた友達ですもの。志摩子が殿下の婚約者になっても友情は感じていますわ。友達を指さしで婚約者にするなんてね!」
 そうなのだ。
 なんだかんだ清羅は幼稚舎の時から知っているかれこれ10年以上共に時間を過ごす幼馴染の一人だ。
 清羅は誠一に少し怒っていた。
 二人で志麻子を一回も見ることなく、既に挨拶回りをしている。
 清羅はルネサンティカ皇女同様に高飛車な喋り方はするが、清羅は根は優しい。
「真っ赤なドレスが凄く似合っていますわ」
「髪の毛もアップスタイルも素敵!大人っぽく見える」
 剛崎学園の同級生たちは清羅と普通に話す志麻子に続々と集まったきた。
 同級生達の変わらぬ対応に志麻子が安心した時だった。

「先ほどは、婚約者に指名されたようで。おめでとうございます」
 にっこり笑って話しかけて来たのは豪華な宝石が取れる鉱山で有名なガルー国の王妃。
「ガルー王国、王妃様。ごきげんよう。先月、ガルー国と我が篠田伯爵領との取引を開始させていただきありがとうございました」
 普段ならば一国の王妃が直々に伯爵令嬢に話しかけることなどあり得ない。
 一国の婚約者になった途端にすごい影響だわ。志摩子は深々と頭を下げながら礼を言う。
「あら?取引を?そうなのね。私、政治は全て国王や皇子達がしているから分からないわ」
 王妃はそういうと隣に立っている青年をみる。
「息子のダイミンよ。ダイミンの方が詳しいわ」
 王妃の紹介に志麻子はダイミンに優雅に一礼する。
「ごきげんよう。ダイミン皇太子殿下。お初にお目にかかります」
「ごきげんよう。篠田伯爵家には感謝しているよ。良い鉱山があっても、加工してくれる職人がいなければ宝の持ち腐れだからね。お近づきに一曲、僕と踊ってくれないかな?」
「喜んで・・・。2,3分お待ちくださいね」

 ダンスの一曲目は婚約者と決まっている。
 普段、伯爵令嬢の自分からは身分違いも甚だしく話しかける事の出来ない相手から、話しかけられた。
 意図せぬ指さし婚約者あるが、誠一皇太子殿下のおかげだ。
 これは使える。
 目立たず、目立たなすぎず。
 それがモットーな志麻子であったが、次期領主として。仕事となれば話は別だった。
 仕事をする上ではやり手女領主として目立っても平気だった。
 個人ではなく、領主と言う存在と志摩子は自信を切り離して考えていた。

「誠一皇太子殿下、指出し婚約者です。領地繁栄の為、ひいては国家の財力向上の為にダンスを他国の殿下と踊りたいのでさくっと私と2分ほど踊ってください。もしくは他国の王子と踊る許可をください」
 すっとまるで忍者のような身のこなしで、すっと誠一に近寄ると志麻子は誠一の耳元でジャンプをし早口で一気に言いきった。
 180㎝近くある長身の誠一に160㎝そこそこの志麻子。
 ヒールを履いていても、身長差は歴然。失礼な事は小声でしか言えないが、耳元で囁くわけではないので周囲に聞き耳を立てている数人には聞こえただろう。
 けれども”じゃあ”っと、顔も見ずに指さしで婚約者に指名をするなど失礼な事をする殿下なのだから志摩子を批判する者はいない。

 我が家の鉱山の加工技術は完璧。
 権力を縦にこの際、篠田領地を思いっきり繁栄させてしまいましょう。
 そうよ。
 今の私は次期王妃候補。
 いつ解任されるかは分からないが、数週間から数か月は礼節を忘れなければ身分を超えて色々な交渉が気後れすることなくできるわ。

「お前、名前は?」
 今後の領地繁栄のプランを考える志麻子に誠一は静かに尋ねた。
 誠一から誰かに名前を尋ねるのは前代未聞の出来事であったが、志麻子は気にも留めない。
「篠田伯爵家の長女、志麻子、17歳の高校2年生。趣味や特技、必殺技はありませんが、領地繁栄に最近ははまっております」
 趣味と特技がいいとして必殺技。
 ぷっと思わず誠一は噴出しそうになるのをこらえると、志麻子はすっと自分の手を離した。
 ガルー王国の王妃、皇太子から話しかけられるという事は他のこの会場に来ている要人達から話しかけられる可能性が高い。
 こんな女嫌いの殿下一人に構っている時間はない。
 歴代の婚約者からみても、数週間から数か月で解任される。
 時間がない。
 志摩子はやる気満々ですでに立ち去ろうと足を一本引いているのだが。

「着飾れば綺麗だな。見れるレベルだ」

「着飾る前の私を見ていないのに殿下はどうしてそう言えるのですか?」
 誠一は離れようとする志麻子の腕を取ると、挑発的な言葉を掛けるが志摩子は不思議そうに尋ね返す。
 人の敵意を察しても志麻子は受け取らない。
「誠一皇太子殿下は襤褸ぼろをまとっていたとしてもカリスマ性があってかがやくでしょうが。私はしがない伯爵令嬢。王宮支給のドレスと宝石をつけると綺麗に見えるか・・・。お褒めの言葉ありがとうございます」
 志麻子はにっこり笑って言うと今度こそ離れそうと一礼する。
「では。殿下。失礼いたします」
 しかし彼は腕を離さない。
「お前は俺の婚約者になれて嬉しくないのか?」
 今までであれば、誓約的なものであれ、政治的配慮であれ。
 自分の婚約者になった女はまとわりつき、こうやって離れていこうとする者は一人としていなかった。
「身に余る光栄。現実と受け止めれないほどには嬉しいですよ。特に領地繁栄の人脈が作りやすくなりましたので」
「ふっ。・・・熱心だな」
「私が良い暮らしをできているのは、領民のおかげ。領民が私に良い暮らしをさせてくれているのは、自分たちの暮らしを良くして欲しいから。私は領民に報います」
 凛としている志麻子に誠一はふっと笑みを漏らした。
「貴様のその考えは好きだ」
「ありがとうございます。もういいですか?人を待たせていますので」
 腕を掴んだままの誠一に志麻子は放してっと言わんばかりに言うと誠一は腕を放した。
 それと同時に志摩子はガルー王妃、皇太子の元にまいもどった。

「殿下。なんだか楽しそうですね」
去っていく志麻子を眺める誠一の口元が緩んでいることに淳二は声を掛ける。
「あぁ。俺に取り入ろうとしない女は初めてだ」

勿論。
「婚約者様とお離れになっていいの?」
「殿下の歴代の婚約者は私よりも美人な方、可愛い方、スタイルの良い方、身分の高い方と様々な女性が多数。そんな女性達が殿下に取り入れなかっただから、私が取り入れるはずもないわ」
小声で心配する清羅にしれっと答えると志麻子は心の中で腕まくりをしてガルー王国の王子の手を取った。
商談開始!目指せ、領地繁栄。

そんな様子をみていた誠一は不敵な笑みを浮かべる。
ーーー面白い。
顔も見ずに勢いで指名をしたが・・・。
面白い。
あの女は他の女とは違う。
不敵な笑みを浮かべる誠一に周囲はかたずをのむが、それとは対照的に志麻子はニコニコ、ルンルンと大注目されていることを意識しながらダンスを優雅に踊り続けたり
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