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悔恨編
53.
しおりを挟む明日で王都からの視察団が帰る予定の1週間がくる。本当に見つからないのかまだ少し不安が残る。
何故なら考えてもなかった事態が起きているからだ。
「なぁ、自分で交渉するからさ。だめか?」
「いや、駄目かっていうか…なぁ?」
「私はユルハ様の判断に従いますので」
丁度通り過ぎたヒルハに顔を向けるも話の内容は分かってないのに丸投げされた。
目の前でクミネはうるうるとした瞳で俺のことを見上げる。
どうしてこうなったのか。
「なぁいいだろ?ヒルハだけじゃ家事も大変だろうし力仕事だってできるぜ?」
クミネの必死な売り込みが始まる。
なんでもここで一緒に住まわして貰いたいということだった。天涯孤独の身であるクミネに親御の許可や友人とろ繋がりという言葉で断ることは出来ない。友人なんていない、とつい先ほど悲しげに言っていたから口にすることは憚られる。
俺は一応子爵に養って貰っている身なので俺の一存では決められない。今ここに居るのは視察団にこの家の情報を与えないように、という理由がある。一応話さないようにお祈りはしたが万が一ということもある。
「何度も言うが俺も養って貰っている身だからな。流石にもう1人増やしてもいいですかとは言えねぇんだ」
「じゃあ、自分で許可取れば良いってことだよな?」
「ん、んん……そう、なのか?まぁ直談判してもらわないとは」
その言葉にこの間まで凶暴な手負いの獣のような瞳をしていたのに今俺を見上げる瞳は子供特有のキラキラとした輝きに満ちていた。まぁ子供見たことほとんどないんだけど。
「俺頑張るから!!」
「おう…がんばれ~」
クミネは宣言すると地下室へと降りていった。
この間知ったことだが地下室は以外と部屋数が多く広かった。
実験室、牢屋、演習場が広々と造られている。
クミネは演習場にアレクシスから剣の指導を受けに行ったのだろう。アレクシスの剣の腕は凄まじいらしい。その名を聞くだけで震え上がるレベルだとか。本人が言ってたことだから本当かはわかんないけど。
「お菓子出来ましたよ~」
ほわほわとしたヒルハの声が聞こえてきた。
ヒルハはよくこうやってお菓子を作ってくれる。子爵の家の料理人からレシピを貰っているらしい。
キッチンに行くと大皿に白くてまん丸なものが積まれていた。
見覚えのないお菓子だ。
「あれ?他のふたりはどうしたんです?」
「丁度今地下の演習場に行ったとこ」
「あー…じゃあまだまだ帰ってきませんね」
大皿からいくつかを違う皿に移す。半分以上減ったがそれでも俺とヒルハでは食べ切れない量だろう。アレクシスが意味のわからないレベルで食べるので余ることはないだろう。俺とヒルハは比較的少食だと思う。
クミネはどうだろう、と考えて先程のやり取りを思い出す。
「…クミネがここに一緒に住まわしてくれってお願いしてきたんだ」
「ここに、ですか……多分あの子には退屈だと思いますが…」
俺たちは外の世界を知らない。ずっと言われたことだけこなしていく人生だった。だからこの生活に何の苦もなく過ごせている。
だけどクミネは違う。孤児で苦労したとはいえ仲間との楽しい思い出もあるだろう、街に思い入れもあるだろう。きっとここのなんの娯楽もない生活は苦痛になるはずだ。
「とりあえず子爵に聞いてくれ、とは言ったんだけど…」
「私たちもお世話になってる側ですしね」
「……多分あの街にもクミネが気付こうとしてないだけでクミネの心配をしてきれる人はいると思うんだよ。その人達はきっとクミネと過ごすことを望んでいる。」
あの歳まで生きれるということは誰かの手助けが必要なはずだ。俺のように加護なんていうものがない人間は。
きっとクミネを愛してる誰かがいるはずだ。
「確かに痩せてはいますけど肉もちゃんとついてますしね。誰かからの手助けがあったのでしょう」
「クミネは気付こうとしないけどあいつは孤独なんかじゃない。ちゃんと愛されて育った子だ。」
俺たちとは違って。
ヒルハもそう思ったのかその場には沈黙が流れた。
そしてぎこちなく笑いおやつを勧めてきた。
白いまん丸いおやつはダイフクというらしい。あんまり多くを口に入れると死ぬと言われた。おやつなのになんて恐ろしい…
食べたことのない食感と味だがとても美味しい。2人で黙々とダイフクを消費していく。
「けど、やっぱり子爵がどう言うかに任せるしかないかもですね。」
「そうだなぁ…まあ俺たちは良いんだけどさ。一緒に暮らすことになっても。」
あいつには一緒に悲しんでくれる人がいるのに。それを自ら捨てさせることになる。
それは将来あいつが後悔することになるんじゃないか。
俺もヒルハも顔を見合わせて泣きそうな顔で微笑んだ。
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