2 / 11
1.
しおりを挟むチクタクチクタク、と時計の秒針の音だけが部屋に響く。
「……今、なんと仰いまして?」
目の前に座る美丈夫は真剣な面持ちで私を真っ直ぐに見据える。
「愛する人を見つけた。こいつを正妃にしたい。だから側室となってくれ。」
目の前が真っ暗になる思いだった。私の存在理由を存在理由の根源たる存在に否定されてしまった。
それでも生まれてこの方機能したことの無い表情筋は動かず王妃になるために鍛えられた思考力はこの瞬間ですら機能してみせた。
「それは王命ですか?」
「……父は俺に任せると言った。」
「貴方様のご命令ですか?」
「……ああ。」
「そうですか。承りました。私は王妃になるためではなく世継ぎのために存在することに致します。」
自分で設定を書き換えるように宣言すると殿下は顔を顰めた。
「そ、そんな言い方……!!」
そして彼の横に座っていた見慣れぬ御方が席から立ち上がり声を荒らげる。
「ジル……いい」
「でも…!!確かに僕らのせいだけどそんな自分を物みたいな言い方…!!」
この御方が新しい正妃様なのでしょう。
男性にしては長めの肩の辺りまである透き通るような金髪。顔も美形であらせられる。可愛らしい雰囲気の御方だ。
「ジル。……お前の国じゃ違うのだろうがこの国では……王太子妃は意志をもたないことを求められるんだよ…。」
「……え……」
ジル様は私の方を絶句して凝視する。
殿下の仰られる通り王太子妃は余計な口を出さぬように幼い頃から徹底して自我を否定され失わせられる。そして王妃となったあかつきに漸く自分の意志を持つことを許される。
「……じゃあこの人は……自我をもってないの…?」
「……そうなるな……そしてこれからも持つことを許されない…」
王太子妃も自我を持つことは許されないがそれは側室もなのだ。
私は側室となるのだからこれから一生自我を持たないだろう。
「……それで本当に…いいの…?自分の気持ちは……?」
この人は何を言っているのだろう。
泣きそうになりながら私に何かを訴えようとしている。
「私は自我を持ちませんので自分の気持ちなど存在致しません。私は王家の望むように存在し続けます。」
とうとうジル様は涙を流してしまった。何故泣いているのだろう。
「……ありがとう。下がっていいぞ。」
「は。それでは失礼致します。」
扉の向こうから聞こえる泣き声を背に私は廊下を進んで行く。
1
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
【完結】その約束は果たされる事はなく
かずきりり
恋愛
貴方を愛していました。
森の中で倒れていた青年を献身的に看病をした。
私は貴方を愛してしまいました。
貴方は迎えに来ると言っていたのに…叶わないだろうと思いながらも期待してしまって…
貴方を諦めることは出来そうもありません。
…さようなら…
-------
※ハッピーエンドではありません
※3話完結となります
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる