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04. エセ聖女
しおりを挟む「ルコルさん、あなた… 聖女ですね?」
にこにこと朗らかな笑みを浮かべながら、何故かエフェはそう言った。
「―――――は……?」
ルコルはぼんやりと顔を上げる。
もともと碌に回転していなかった頭では、エフェの言葉は全く理解できなかったが、違和感しか感じない言葉を吐いたということだけは認識できた。
「あなたが傷に触れたら、痛みが和らいだ。王子の証言は真実でしょう。
あなたの魔法によるものに間違いない。つまりルコルさん、あなたは聖女です」
ぽかんと口をひらき、ルコルは固まる。
(…聖女……? いま聖女って言った……?)
目の前のその人は、一見穏やかな、でも胡散臭さしか感じられない笑みを浮かべながら、意味のわからないことを言っている。
ルコルが聖女でないことは、ルコルが一番よくわかっている。
ルコルの魔力は間違いなく闇属性であり、どう足掻いたって変えようがない。
聖判定で神聖石が全く反応していないことからも、聖属性の魔力がないことは一目瞭然で、はっきり明確に証明されてしまっている。
それなのにエフェは、ルコルを聖女だと言う。
「ねえルコルさん。いま我が国に聖女はいません。
そしてあなたの魔力属性は、王宮筆頭魔導士の私にすらわからない。
あなたが有しているものが聖属性の魔力なのかどうか、
感知できる人間はいないということです。
なら、あなたが本物じゃなかったとしても、誰にも否定できないと思いません?」
「……へ………?」
王宮筆頭魔導士だったらしいエフェは、国を正しく導いていかなければならないであろう立場を微塵にも感じさせない、いっそ清々しいまでの外道っぷりで、しれっとさらっと、とんでもないことを言ってのける。
ルコルがニセモノだとわかっていて、聖女を詐称しろと言っているのだ。
聖女詐称は厳罰をくだされる。
でも、闇属性は禁忌であり、迫害の対象である。死んだ方がマシと思うような目にあうに決まっている。
聖女詐称の厳罰が、一生続くであろう迫害よりも重いなんてことあるんだろうか。
(…あれ……? 究極の選択としては、聖女詐称の方がマシ………?)
ちょっとぐらっと傾きかけたルコルだが、すぐに我に返る。
「神聖石が反応しないのに、聖女のわけないじゃないですか。
癒しの魔法を使えない聖女なんて、完全に詐欺ですよ。」
「そうですか?痛みを和らげるだけでも、十分価値があると思いますけど」
必死に言い募るルコルだが、エフェは少しも意に介する様子はない。
「いざという時、王様とかを治癒できてこその聖女でしょう?
痛みが和らいだとか、気のせいと大差ないですもん」
「そんなことありませんよ。耐えがたい痛みが和らぐというのは、
あなたが思うよりも遥かに、救いになると思います。」
そう言われると、何だか価値のあることのように聞こえてくるが、言いくるめられている場合ではない。
エフェにとっては、どう転ぼうが他人事でしかないが、ルコルは一生がかかっている。下手したら、今ここで死を選んだ方が苦しまずに済むかもしれないくらいの、人生の岐路に立たされているのだ。
闇属性の魔力の保有者は、人々の畏怖の対象であるが故に、迫害を受けて来た。
この国の歴史上そうだったし、他国も似たようなものだ。
まだ悪用することなんて考えたこともないだろう六歳の子供が、聖判定で闇属性の魔力が確認された途端、それがどんなに些細な魔力であっても、どこかに連れ去られ、その後のことは世間には一切公表されない。
正直、秘密裏に始末されているとしか思えない。
恐怖に支配された人間は、平常時では考えられない残虐性を露にするものだから、嬲り殺しにされてる可能性が高い。苦しまないように逝かせてくれたなら良心的なようにすら感じる。
そんなリスクを抱えてまで聖女のフリをする意味はルコルにはないし、
そもそも、他人には属性を判別できないくらい強大だというルコルの魔力を、『聖魔法だ』と言い張るのは、どうにも無理がある。
「誰にも判別できないくらい大きな魔力を持っているはずの聖女が、
痛みを和らげることしかできないなんて、ありえませんよ…」
至極まっとうな主張をするルコルを、エフェは軽く宥めながら、
「まあ、そのあたりは私にお任せください。口から出まかせは大得意なんで。」
と、いけしゃあしゃあと宣った。
エフェは、必死に抵抗するルコルを引きずるようにして連れ帰ると、何某かを施された部屋に押し込め、室外へ出ることを禁じた。
そして、王宮筆頭魔導士という、最高峰を誇る権力を体よく利用して、王子に次のように説明したそうである。
「ルコルは聖属性の魔力を秘めている雰囲気はあるが、
あわせ持っている火属性の魔力が妨げになっているのか、
神聖石が反応しないくらいの微かな魔力しか体外には放出できないようだ。
傷や病気を癒すほどの魔法は行使できず、痛みの緩和が限界であり、
聖女の定義に則するならば、残念ながら聖女とは言えないが、
それに近しい存在だとは言って良いのではないか。」
奥歯にモノが挟まったような、何とも有耶無耶とした表現なのだが、
ルコルを聖女だと信じている王子は、それでもご満悦だったそうだ。
そうしてルコルは、禁忌の闇属性なのにも関わらず、何故か神聖なる聖女もどきとして、王宮筆頭魔導士に抱え込まれたのである―――――。
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