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08. 魅了…?
しおりを挟むそれから二週間くらい経った頃、事態は動いたのだという。
エフェは、ご主人のベッドの周りの空気を、呼吸に支障が出ないように小細工しつつ遮断して、呪いの伝達を断ったらしい。
ルコルにはワケが分からなかったが、とにかくそうなんだそうだ。
エフェの風魔法は無敵だな、何でもありだなと、感心しきりのルコルであった。
ご主人に届かなくなった呪いは、幾ばくか犯人に返ったようで、
異変に気づいた犯人が状況を確認するためにお屋敷に接近したところを、エフェに取っ捕まり、事情聴取(相当ハードなやつ)を経て自白を引き出したことにより、事件は無事解決した。
何でも、商売敵の一方的な恨みによるものだったそうだが、ルコルは今回も詳細は聞かなかった。
解決したのはエフェだし、ルコルは役に立ってないし、居なかったことにしてくれていいと思ったからだ。
でもエフェは、
「ルコルさんが呪物による呪いだと教えてくださったから、対処できたんですよ。」
と、今回も労ってくれたし、お礼だと言って、町で散々食べ歩きもさせてくれた。
何だか凄く楽しくて、ずっと心がぽかぽかしていた気がするのは何故だろう。
最近は、この生活が続けばいいなとか思うことすらある。
自戒の念を忘れてはいけないと気を引き締め直すことが増えていて、ルコルはそんな自分に戸惑ったりもしていた。
そんなある日。ルコルはエフェと共に、王子にお茶の席に呼ばれた。
王子はルコルに、森で助けられたことへの感謝を伝えてくれるが、触れてほしくないお話でしかないルコルは、居たたまれないだけだった。
(今日はひたすら、あの日のお話をするつもりなのかな…)
ルコルの口から魂が抜けていきそうになったとき、王子が「実は相談したいことがある」と切り出した。
何でも、王子の妹姫が、最近 胡散臭い占い師に傾倒しているそうなのだが、姫が入れ込むような人間にはどうにも思えず、魅了を疑っているとのこと。
(魅了って…闇魔法ってこと………?)
ルコルが疑われているわけではないのだが、後ろ暗い部分を掠められたルコルは、ひっそりと肝を冷やす。
下手な発言をしたらブーメランをくらう可能性があるため、リアクションひとつにしても躊躇してしまい、ルコルは固まることしかできずにいた。
するとエフェが、ルコルの代わりを請け負うかのように話しはじめた。
ルコルには、王子の視線をルコルから逸らそうとしてくれているように感じられた。
「王子、闇属性が王宮に出入りして、私が気づかないとは思えません。
王族の面会には必ず王宮魔導士が立ち合ってますので、
目の前で王族に魔法を行使されて王宮魔導士が見落とすとも思えませんし、
魅了の可能性は限りなくゼロに近いと思います。」
「だが、エフェや王宮魔導士でも、精神操作を受けてしまったら、
正しく認識できなくなったりするのではないか?」
「いえ、例え相手が闇属性であり、精神操作をしかけて来たとしても、
相手が魔王クラスでない限りは、すぐに支配されることはありません。」
いくら闇魔法の精神操作であっても、術者を上回る魔力の持ち主に対しては効きが弱くなる。即座に支配が完了することはなく、時間をかけてじわじわ洗脳していくしかない。
だから、そんじょそこらの闇属性が相手なら、エフェが魔法の発動を感知してから反撃に出ても十分に間に合うのだ。
即時に支配下に置かれてしまう可能性があるのは、エフェの魔力を上回る闇属性の魔力の持ち主、つまり魔王クラスのみ―――――。
ルコルは、背筋が凍り付くような感覚を覚えていた。
ルコルにはそれを使うつもりは微塵もないが、ルコルの意思がどうであれ、できてしまう力が 今この時も手中にあるのだという事実が、とてつもなく恐ろしかった。
「魅了でないなら、本当に心酔しているということか?」
王子は、信じたくない気持ちを示すかのように、眉をしかめて呟いた。
「そうですね。その他の可能性として考えられるのは、
催眠術、暗示、マインドコントロールでしょうか。
それは精神医療の領域なので、医師にご相談すべきかと。」
「ううむ…そうなのか…」
王子は頭を抱えたが、あくまで聖女もどきで痛み止め効果しか期待できないルコルには出る幕はないだろうということで、この話はここまでとなった。
王子の許を辞した後も、ルコルは何も言うことができなかった。
本当は、『わたしは、例え迫害を受けても、自分の欲や保身のために闇魔法を使うことはない』とエフェに伝えたかった。
でも、ルコルは言葉を飲み込んだ。
エフェは、ルコルが闇属性だということに間違いなく気づいているが、それを言葉にすることはない。
きっと、言葉にしてしまったら、ルコルはここにいられないのだ。
言葉にしないことで、エフェはルコルを守ってくれているのだろうと、ルコルは感じていた。
エフェの気づかいを踏みにじるようなことはしたくない。
だから、ルコルから闇属性について触れるわけにはいかない。
口を引き結び、自分の服の裾をぎゅっと掴んで、何かに耐えるように俯くルコルに気づいたエフェは、ルコルの頭にぽんと手を置くと、軽く一撫でして手を放した。
言葉はなくても、『わかってるから大丈夫』と言ってくれているように感じて、
ルコルは、泣きそうになる自分を懸命に抑えたのだった。
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