聖女と嘘は君のせい

真朱

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16. もう一人の

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ルコル、エフェ、ノノの三人は、王子から姫の様子を聞いていた。

催眠の解けた姫は、最近の記憶はあやふやなところも見受けられたが、占い師と出会った当初のことは鮮明に記憶していた。

占い師の天気予報は、確かになかなかの精度ではあったが、だからと言って鵜呑みにはしていなかったと、姫は言ったそうだ。
幸運のアドバイスも、良いことがあるのは嬉しいが、だからと言って簡単に信用を寄せてはいけないと理解していたと。

それが、何度か会ったころからの記憶は靄にかかったようにはっきりしないそうで、夜中に王宮から出て行こうとしたことも、聖女を抱えて走り去ったことも覚えてはいなかったという。

そんな中、姫が一つだけ、重要な手がかりを覚えてくれていた。

『聖判定で闇属性が確認された場合、闇魔法の保有者はその後どうなるのかを知らないか』というようなことを尋ねられたことがあると言うのだ。

姫はもちろん知らなかったし、王子も知らないそうだ。

でもルコルは、エフェは知っているのだろうと感じていた。
闇魔法の精神操作に屈することなく対処可能な人物なんて、そう何人もいない。まずは発見者たる神殿の司祭が対処するのだろうが、その後は必ず国に報告があがる。王宮筆頭魔導士のエフェが関与しないなんて考えられない。

「エフェ、そなたが仕えはじめてから、闇属性が発見された例はあるのか?」
「ございますね」

ふと訊いてみたというニュアンスの王子に、エフェはあっさりと首肯した。
ルコルはびくっと体を揺らしてしまったのだが、完全にエフェの陰に入っていたおかげで王子からは見えなかったらしく、ルコルの様子について気に留めた気配はなかった。

エフェは当然、ルコルの動揺に気づいていたが、王子から遠い方の手でこっそりとルコルの背中をポンポンと叩いて、落ち着くように促してくれたので、ルコルのことではないのだと察することができた。

「筆頭の引継ぎの際に聞いたことで、直接立ち会ってはいませんが、
 五年ほど前、聖判定で闇属性の魔力が確認された少女がいたそうです。
 魔力はごく弱いもので、人を操れるほどの力はなかったと聞いています。」

この国に、ルコルの他にも、闇の魔力の持ち主がいた。
数十年に一人確認されるか否かというごく稀な存在が、同世代にいるなど想像もしていなかったルコルは純粋に驚いたが、それと同時に、その人が今ここにいないという事実に切なくもなった。

「そうか…。エフェは、その少女のその後を知っているのか?」
「はい。王子には、王位継承時にお伝えいたします。」
「わかった。ではここでは訊かずにおく。」

王子はそこで話を打ち切ったが、その場に居合わせた全員が同じことを感じたのではないかと思う。

きっと占い師は、その闇属性の魔力が確認された少女の関係者なのだ。
親族か、ご近所さんか、良い関係性にあった人なんだと思う。

少女は、聖判定に出かけて以降、姿を消した。
聖女が見つかったという発表はない。
同行していたであろう少女の両親が口を噤んだのだとしたら、考えられる原因なんて限られている。

占い師は、少女が闇属性だと判定されたのだと確信し、その後の行方を追っているのだろう。

闇属性は禁忌の存在。
闇魔法の保有者が、いま身近に存在しているというだけで、不安になる人もいる。疑心暗鬼になり、過剰反応を示す人もいる。その結果、根も葉もない噂を立てられて日常生活に支障をきたす人まで現れる。
本人だけでなくその家族までも、闇の魔力を持っているのではないかと疑われ、いわれのない誹謗中傷を受けたりもする。

だから世間には、闇属性に関する一切が公表されない。
見つかったとも、見つかっていないとも。
生きているとも、いないとも―――――。

「私はこれから占い師のところに行きますが、
 ノノさんにはもう少し大人になってからお話しますので、お留守番頂けますか。
 ルコルさんは一緒に来てください。あなたには聞いていただきたい。」
「…はい」


ルコルは誰にも闇属性を悟られることがないまま、既に家族のもとを離れている。
だから、ルコルは勿論のこと、家族も迫害を受けたことはない。

それは本当に運が良かっただけなのだ。
ルコルが火属性も保有していたから。両属性ともに司祭を上回るほどの強さがあったから。神殿に火属性の司祭がいなかったから。司祭はルコルが複数属性を保有していることに気づかなかったから。
いくつもの幸運が重なった結果、奇跡的に見逃がされたに過ぎない。

占い師が探しているであろう、その闇属性が発覚した少女は、
本当ならルコルが辿っているはずの道を歩んでいるのだ。

いまルコルは、エフェが守ってくれているおかげで穏やかに過ごしているけど、
その少女はここにはいない。
同じ闇属性なのに、きっとルコルとは違う思いをしている。


ルコルは、今のこの幸せが、
エフェとノノと三人で過ごす穏やかで優しい日常が、
今日で終わるかもしれないという哀しい予感に、やるせなさを覚えた。

けれども、ルコル自身がきちんと受け止めなければいけないことなのだと理解もできていたので、未練がましい自分をぐっと抑えて、エフェの後に続いた。


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