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愛するつもりなぞないんでしょうから
06. 何も考えず叫べばいいのに
しおりを挟む無心で木刀を振り回して汗をかき、それなりにスッキリしたことで、ディアナは少しだけ理解できた気がした。
ラキルスは『ただ何も考えずに叫ぶ』なんて経験をしたことがないのだろう、と。
ああいう頭脳派っぽい人種は、叫ぶという行為自体を、脳筋だけがする愚かな振る舞いかのように思っている節がある。
叫んだからって、脳みそまで筋肉だとか何とか、そんなわけあるかい。
叫びはただの叫びでしかないっつーの。
叫びに限ったことではなく、とにかく何かに全力をぶつけるという一種の八つ当たりは、ストレスの解消には間違いなく一役買っている。ディアナの木刀振り回し然りである。
ただ叫ぶだけのことで若干なりともスッキリするという、素晴らしくお手軽な手段がそこにあるというのに、ラキルスは理性的であろうと努めるがあまり、その機会を逸しているようにしか思えない。
そうやって発散しきれず積もり積もった何かによって、あんな表情になってしまうのではないか。
なら、とりあえず「わー」でも「ぎゃー」でも何でもいいから、まずは叫んでみるだけでも、何かが違ってくるように思えてくる。
そう、叫んだことがないから叫びの持つ底力を知らないだけで、一度知ってしまえば、気軽に叫べるようになると思うのだ。
(ここはひとつ、強制的に叫ばせてみるってのはどうかしら。)
ディアナが、叫びやすそうな文言までお膳立てしたというのに、ラキルスは身に沁みついた『好青年とはかくあるべき』的な矜持で、断固拒絶してきやがった。
ディアナに言わせれば、そのプライドはいらない。
自発的に叫ばないのであれば、叫んでしまう状況を作り出してしまえば良い。
そういう手段なら、いくらでもあるではないか。
驚かせるとか怒らせるとか怯えさせるとか。
ごちゃごちゃ考えたって何も変わりゃぁしない。
そうと決まれば、行動に移すのみである。
辺境伯家の行動力をナメないで頂きたい。
翌朝ディアナは、まずは手始めとばかりに、超絶安易な手段を取ることにした。
とりあえず、驚かせてみることにしたのだ。
驚かせるだけだったら、なんの準備も道具もいらない。声ひとつでいい。
武器はただの声にすぎないが、ディアナにはもちろん勝算がある。
辺境の人間は、王都の人間には決して出せないであろうレベルの、すさまじくデカい声が出せるからだ。
辺境では、遠くの仲間に危険を知らせたり、指示を出したりするために、声帯だって鍛えているし、肺活量も間違いなく多いし、そもそもの体の使い方からして違う。体を楽器にできるとでも言えばいいのか、より声を響かせる方法を身に着けているのだ。
更にディアナは、気配を消すのもとても上手い。
人間とは桁違いに五感の優れた魔獣を相手にしてきたのだ。ふと気を抜いた瞬間に魔獣に気取られたりしないよう、常日頃から気配を消す訓練をしてきており、歩行も食事も物音ひとつ立てずにこなせるに至っている。
それでも魔獣相手では気取られることの方が多かったが、安穏と暮らしている王都の人間が相手だったら、空気になれる自信がある。
つまり、全く気配のないところから、とんでもなく大きな声をお見舞いすることができるということなのだ。
おまけに、ディアナに与えられている客室の立地も良く、少し長い廊下の先に独立してあつらえてあって、イメージとしては離れに近い。
しかも、客人のプライバシーを尊重するためか、部屋のドアは角を曲がった位置にあり、廊下の向こうからは直接見えない造りになっていた。
出会い頭という、驚きやすいシチュエーションにまで持ち込めるのだから、大層驚いていただけるに違いない。
これが勝ち筋ってものだとすら、ディアナには思えた。
客室内で意識を集中し、廊下の先の気配を探り続けることしばらく。
本命の気配を察知したディアナは、素早く廊下の角に身を潜めた。
コツコツと足音を響かせて近づいてくる御仁の爪先が廊下の角にちらりと姿をのぞかせた瞬間を狙い、ディアナは全身をフルに使った渾身の大声を放った。
「わっ!!」
「!?」
言葉で表現すると『わ』にすぎないのだが、空気の揺れを伴うとでも言えばいいのか、ホールでもないのに反響しているかのように感じられる、まさに響き渡るような声。
何の気配もなかったはずの、しかも至近距離から、突如それを食らわされたラキルスは、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
物凄く驚いていたのだが、声が出ることはなく、つまるところ固まった。
「おっはよ―――っ!!」
「……ああ、うん。 …おはよう」
元気ハツラツと挨拶をしたディアナに、ラキルスは、驚いたんだか驚いてないんだか曖昧な表情で挨拶を返した。
テンションは全く普通である。あまりにも、普通である。
ディアナにしてみたら、これっぱかしも手ごたえがない。
「………大声、得意?」
思わずディアナは素丸出しで問いかけた。
「得意…ではないと思う」
「でも驚いてないよね?」
「いや、驚いているが」
「え~………」
納得がいかないと顔面に大きく描き出しつつ、ディアナは即座に、『なぜ勝ち筋が狂ったのか』を分析しはじめていた。
王都の貴族のお坊ちゃまのことだから、大して肝も据わっちゃいないだろうと、無意識のうちにナメてかかっていたのかもしれない。
相手の力量を見誤るなんて、ディアナとしたことが痛恨の極みである。
ディアナはラキルスへの認識を改めると同時に、気を引き締め直した。
それは、エスカレートしていくことは免れないという意味であり、ラキルスにとっては不幸と言ってもいいかもしれなかった。
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