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愛するつもりなぞないんでしょうから
07. 驚いても叫ばない人
しおりを挟む朝食を摂りながら、ディアナはラキルスの様子を窺っていた。
ラキルスはディアナのことを気にかけてくれていて、食事が進んでいるかを確認したり、こまめに話題を振ってくれたりしている。
偏見だとは思うが、家の格から考えたらもっと傲慢でもいいはずなのに、たとえ表面上だけのことであったとしても、他人を尊重しようと心掛けていることは立派なことだ。好青年という世間の評価も納得がいく。
普通にいいヤツだからこそ、余計に痛々しさが際立ってしまうのかもしれない。
でも、お任せいただきたい。
ディアナが一肌脱ぐことにより、その痛々しさを軽減してみせようぞ。
大人しく食事をしつつ、ディアナはこっそりと、指先で軽く何かをはじく。
何かを感じたのか、ラキルスが僅かに顔を上げた瞬間、ラキルスの目の前のサラダに何かが飛び乗った。
ちょこんと鎮座ましますのは、1センチくらいの緑色の物体。
ウェッティな表皮に、まん丸の飛び出た目玉。両掌と両足の裏をぺったりと地面につけたガニ股のポーズ。そう、カエルである。
「―――――」
ラキルスは声も出せずに固まった。
カエルは動かない。全く動かない。咽喉の上下動もない。
なぜなら、おもちゃだからである。
ラキルスもすぐに、そのことに気づいたようである。
生きたカエルであれば、野菜か何かに紛れ込んでいたと考えるのが普通だろうし、これは不運な事故だとでも思えただろうが、おもちゃは自ら飛んで来たりはしない。物理的に飛ばされて来たことになる。
ディアナの動きに気づいていたかは不明ながら、公爵家の使用人ともあろうプロ中のプロが、仕える家のご嫡男にこんなことするワケがない。
まあ普通に考えて、疑わしい人間と言ったらディアナしかいないだろう。
ラキルスは困惑したような様子で、ディアナに視線を送ってきている。
そんなラキルスを横目に、ディアナは冷静に分析していた。
(公爵令息は、驚いても固まるだけで、叫びはしない。)
言うまでもないが、カエルのおもちゃを飛ばした犯人はディアナである。
食べようとしたサラダからおカエル様が顔をのぞかせていたら、さしもの理性派仮面ラキルスとて「ぎゃあっ!!」くらい言うんじゃないかと思ってやってみたことだった。
当然、サラダの上には狙って落としている。
ラキルスの方へは視線を送ることもなく飛ばしたが、この程度のコントロールはディアナには赤子の手をひねるより容易なことだ。
辺境の女性は、力で男性に劣る分、コントロールを磨く。
ディアナも辺境伯家の人間として恥じることのないよう、ごりっごりにコントロールを磨いてきた。
おかげさまでディアナは、辺境随一のコントロールを誇るに至っており、風の影響を受けない室内であれば、針の穴を通すようなコントロールを披露することが可能である。
止まっていてくれればティースプーンの上にだって落とせたのだ。面積の広いサラダディッシュなんてノールックでいける。
コントロールは楽勝だったのだが、ラキルスが無反応じゃ何ら意味がない。
思っていたよりも直ぐに気づかれたのも想定外だった。手をのばしもせずに目線を送るだけで終わるとは思ってもみなかった。
大変口惜しいが、この作戦も失敗したと言っていいだろう。
(奴め…なかなかやりおる…)
ディアナは、『王都のヒトは驚いても叫ばない』ということを学習したと同時に、辺境の脳筋たちとは明らかに反応の違うラキルスとの交流が、ちょっと面白くなってきていた。
とはいえ、
驚かせても叫ばない以上、これ以上『驚かせる』作戦で挑んでも無駄だろう。
『怒らせる』は、関係がギスギスするだけな気がするので、できれば避けたい。
ディアナへの暴言がオッケーなのは、ディアナは暴言を吐かれたところで痛くも痒くもくすぐったくもなく、突き詰めれば暴言にあたらないからであって、ほんの僅かにでも痛みを感じる人に対して吐いてしまえば、それは紛れもなく暴言になってしまうので、ディアナが口にする方に回るのは却下だ。
わかりにくいかもしれないが、ディアナは決してイビられたいわけではない。
イビるという行為によって相手方にストレスを無くしてもらい、結果として円満な関係を築きたいと思っているだけだ。
修復不可能な関係性を目指しているわけではないのだ。
(となると、怖がらせる…かな?)
怖がらせたり怯えさせたりするということは、相手の嫌いなもの、苦手なものに踏み込んで行くということになる。
つまり、向こうからしてみたら弱点を晒すようなものなので、ストレートに「教えて~」とか訊いたところで、簡単には答えて貰えないだろう。
公爵家の方々からヒアリングするにしても、まだ何の信用も得ていないディアナなんぞに、正直に教えてくれるとも思えない。
自力でラキルスの弱みを握るしかあるまい。
(いっちょ、やってやりますかあ!)
そもそもの目的から何だかズレてきているということに気づくはずもなく、
新たな目標を得たディアナは、やる気にみなぎっていた。
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